第5話 流されやすい彼女のお礼




 全体的にゆるくふんわりした印象を受ける見た目の彼女。

 色白な肌に茶色に染めた明るい髪を肩まで伸ばした髪型。

 同級生の誰よりも大人びた体型をしていることもあって、派手なバッグに緩めた胸元や短くしたスカートはコスプレ感が強い。




「あいつ、何やってんだ?」




 優枝を助けたときと似た状況。

 違うのは、男たちにカラオケ店へ連れ込まれそうになっている雨奈が喜んでいるのか嫌がっているのか、遠目で見ただけではよくわからないところだ。


 嫌よ嫌よも好きのうち。

 ではないが、学校での雨奈は、男に誘われても言葉では嫌がるが表情や態度では嫌がっていないことが多い。

 だから今回も。




「めんどくせ」




 どっちかわからない。

 ただここで無視して何かあったら目覚めが悪い。

 もしそういうシチュエーションとかだったら、後で「悪い」と言えばいい。

 夜斗は雨奈のもとへ向かう。




「おい」


「あ? ──ッ!?」




 振り返った男が見上げる。

 その顔はどんどん青ざめていき、固まっているのがわかった。




「何してんの?」


「え、いや……その」


「……」




 嫌がっているかわからなかったから「彼女、嫌がってんだろ!」という言葉を使うのはおかしいだろう。

 声をかけたまではいいが、ここからなんて言うべきか迷っていた。

 その無言の圧力が良かったのか、男たちは逃げるように走り去っていった。




「えっと……」




 雨奈が掴まれていた手首を触りながら夜斗を見る。




「もしかして、そういうシチュエーションだったか?」


「え、シチュエーション……? あっ、ううん、違うよ!」


「そうか。じゃ」




 夜斗は帰ろうとした。




「待って!」




 振り返ると、雨奈は勢いよく頭を下げた。




「その、助けてくれて、ありがと!」


「ああ」


「ま、また学校で! えっと、えっと……名前、なんだっけ」




 名前、憶えられていなかった。




「ああ、じゃあな」




 夜斗は名乗ることはせず立ち去った。














 ♦












 ──次の日。




「起きて」


「あ?」




 体を揺すられ目を開ける。

 既に制服を着ていた優枝は、呆れた表情を浮かべていた。




「もう7時30分だけど?」


「まだ7時30分だろ」


「いいから早く起きて準備する。遅刻しても知らないから」




 体を起こして伸びをする。

 こう見えて夜斗は遅刻欠席をまだしていない。といっても停学明けから登校してまだ数日だが。

 それでも無遅刻無欠席なのは、いつも優枝が学校に出るタイミングで起こしてくれるからだ。




「お弁当、あなたの分ここに置いておくから」




 テーブルに置かれたお弁当が二つ。

 優枝のはかわいらしい弁当箱に入ったお弁当で、夜斗のは黒一色の味気ない弁当箱。

 中身の色合いも違うが、よく見れば同じ具材が入っていたりする。見比べる者がいないので誰も気付かないが、そう思って見てみると似ている。




「じゃあ、私もう行くから」


「ああ」




 優枝は自分のお弁当箱をカバンに入れると、外を警戒しながら扉を開けて出て行く。




「意外と律儀だよな、あいつ」




 おかずの多くが昨日の夜ご飯の残り物とはいえ、新しく朝から作ったものもある。

 最初にご飯を作ってくれと約束したが、お弁当を作ってくれとは言っていない。なのでお弁当に関しては、完全に優枝の優しさだ。

 途中で約束を反故にして追い出されたくないという魂胆もあるだろうが、それでも有難い。




「めんどくせえけど、お弁当作ってもらったし、学校行くか」

 



 夜斗は大きなあくびをして学校へ行く準備を始めた。


 教室に入るのはいつも担任と同時ぐらいぎりぎりで、教室に入るとクラスメイトたちは席についている。

 夜斗は後ろを通って席へ。話しかけてくる者も、ましてや顔を合わせて挨拶してくる者もいない。


 いつも通り窓の外を眺めて一日を過ごす。


 と、思ったが視線を感じた。

 同じく一番後ろの席の雨奈が、机に突っ伏しながらこちらを見ていた。




「──ッ!」




 目を合わせると勢いよく顔を背けられる。


 なんだあいつ。

 そう思っていたが、今日一日はやたらと雨奈に見られることがあった。

 ホームルーム中も休み時間も、教室での授業中や体育の時間なんかもずっと。

 そして夜斗が雨奈の方を向いて目が合うと、彼女は慌ててそっぽを向く。


 一日経っても話しかけてくる様子はなく、学校が終わると夜斗は帰ろうとした。


 だが、




「あ、あの!」




 学校を離れてから少し歩いたところ。

 人気の少ない住宅街で、ふと声をかけられた。

 振り返るが、夜斗に声をかけたであろう相手は遠く離れたとこにいた。




「……なんだ」


「えっと、その。近く、行っていい?」


「は? いいけど」




 俺は猛獣かなんかか?

 そんなことを思ったが、弱々しい雰囲気の彼女から見たらそうなのかもしれない。

 小走りで近付いてきた雨奈は目の前に立ち、勢いよく頭を下げる。




「昨日は、助けてくれてありがとう! 来栖くん!」




 茶色の髪と甘ったるい香水の匂いが風に舞う。

 昨日もお礼されたのに、今日もまたお礼をされた。




「昨日と同じこと言う為に、今日ずっと俺のこと見ていたのか?」


「え、あっ……気付いてたの!?」


「いや、目合っただろ」


「でもでも、すぐ顔背けたよ!」


「いや、背けても目が合ってんなら無駄だろ」




 わざわざ同じお礼をする為に。

 このまま帰ろうとした夜斗だったが、つい気になって聞いた。




「それより、昨日のあいつら、お前の知り合いか?」


「ううん。お買い物してたら、いきなり声かけられて」


「ナンパか」


「最初は一人だけだったんだけどね。気付いたら、お友達も集まっちゃって」


「はっきりと断るなり逃げるなりすれば良かっただろ」


「それは……」




 雨奈は困り顔を浮かべる。




「わたし、断るの苦手だから」



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