第4話 優等生な彼女とやった後






「──あなたの家に、泊めてほしいの」




 あの日、優枝は夜斗にそう頼んだ。




「は? なに馬鹿なこと言ってんだ」




 だが当然、夜斗は断った。

 なにせ二人は夜斗が優枝を助けたときに顔を合わせたが、その時は話さなかった。だからこうして面と向かって話したのは初めてだ。

 そんな相手に「家に泊めてほしい」なんて、普通に考えて冗談でしかない。




「おねがい。できれば高校を卒業するまでずっと」


「いや、はあ? お前、大丈夫か? 何か事情があんなら、さっきの担任に相談した方がいいぞ」




 昨夜、街中で酔っぱらいから援助交際の金額交渉をされているのを目撃したこともあって、何かあると感じた。

 家庭環境か、はたまた交際相手か友人とのトラブルか。

 だから担任に相談しろと言ったが、優枝は首を左右に振った。




「だめ。先生に言ったら、親に相談される」


「親に……。だったら、相談所とか。そこなら」


「むり」


「お前なあ。だったらなんで俺ならいいんだよ」


「あなたなら、誰にも言わないでくれると思ったから。今回みたいに……」


「……」


「おねがい。誰にも知られないで、寝泊りできるところを探しているの。お金、もうない」




 何かを抱えているのはわかった。

 このまま無視するのは簡単だ。走れば撒ける。だが彼女の表情には嘘偽りなく真剣に悩んでいるのだということが伝わってくる。


 そんな表情で誰かから頼られることに夜斗は弱い。

 少し考え、




「わかった」




 そう答えて、優枝に条件を出した。




「お前の抱えていることに興味はない。ただ、面倒事には巻き込むな」


「う、うん!」


「あと、お前ご飯作れんのか?」


「少しなら」


「だったら俺の飯を作れ。あと命令には従え。言うこと聞かなかったら追い出すからな」


「わかったわ」


「そんなところだが」


「こ、こっちからもお願い。このこと、誰にも言わないで……。親にも、友達にも。先生には特に」


「ああ、わかった」


「あと、その……お金、ないから」




 夜斗は大きくため息をついた。




「わかった、金はいい。その代わりどんなクソみたいな環境でも文句言うなよ」


「言わない。ありがと……本当に、ありがとう」




 何度も感謝された。

 この時の夜斗は家出程度のものだと思っていた。

 数日もすれば抱えている問題を解決していなくなるものだと、そう思って軽い気持ちでいた。

 だが一日、一週間、一カ月、そして二カ月。

 時間が経っても優枝は帰る素振りも見せず、むしろこれからも居座るつもりでいた。


 彼女の問題は、初めて出会ったときから何も解決していなかった。














 ♦













「……外、暗い」




 気付くと明るかった窓の外は暗くなっていた。

 気怠そうな表情の優枝はシーツで肌を隠しながら体を起こす。




「一回だけって言ったのに」


「仕方ないだろ、気分が乗ったんだから」


「だからって三回もしないでよ。アシ、イタイ。ノド、カワイタ。ツカレタ……」


「なんでカタコトなんだよ」


「なんとなく」




 優枝は立ち上がり冷蔵庫を開ける。

 ペットボトルを取り出すと、勢いよく喉を鳴らして水を飲む。


 ふう、と息を吐くと、ペットボトルを渡された。




「さんきゅ」


「そういえば、あなたって顔に似合わず優しいわよね」


「顔に似合わずは余計だが、いきなりどうした」


「アレしてるときも──」


「──セックスな」


「……こほん。アレしてるときも私のこと心配してくれるし、嫌がることしないでくれるから。なんとなくそう思っただけ。初めてしたとき、あなたに乱暴されるんだろうなって覚悟していたもの」


「なんだ、乱暴されたかったのか? だったらそう言ってくれれば良かっただろ」


「絶対に嫌」


「ったく。まあ、処女相手にゲスな笑い浮かべて乱暴する趣味はねえからな」


「うん。だからあなたって意外と優しいのねって。クラスのみんなにも優しくすればいいのに」


「優しくするもなにも、話しかけようとしたら逃げられるからな」




 停学明け初日はそこそこクラスに馴染もうとしたが、教室に入ってすぐ「これは無理だな」と感じた。

 視線は冷たく、側を通ると脅えられ、うっすらと感じる程度に陰口を叩かれる。


 そんな警戒心を持った奴らと、どう仲良くしろっていうのか。




「あなたの噂、誇張されて広められちゃったものね」


「だからいいんだよ、俺は」


「そう。話せばわかるのに」




 夜斗の前にしゃがんだ優枝は、ため息混じりに微笑む。




「なんだ急に」


「別に。純粋にそう思っただけ」


「もしかして、まだしたかったのか?」


「バカ」




 むすっとした彼女は電気を付ける。




「先にシャワー浴びていい?」


「ああ」


「ありがと。ご飯はその後で作るから」


「いいけど、炊飯器のスイッチ押したか?」


「え……ああっ!」




 優枝は慌てて炊飯器を確認するが炊飯のボタンは消灯したまま。もちろん、開けてみても炊けてない状態だ。




「最悪」


「言っておくが俺のせいにすんなよ。お前だって俺と同じぐらい楽しんでたんだからな」




 勢いよく睨まれた。

 夜斗は大きくため息をつき立ち上がる。




「仕方ねえ、米だけ買ってきてやるよ」


「ほんと? 助かるけど、いいの?」


「別にいいよ。おかずはいいんだろ?」


「ええ、おかずはすぐ作れるから」


「じゃあ、行ってきてやるから、料理の支度頼んだぞ」


「うん。あっ、ちょっと待って」




 財布を取り出すと、大量のカードをテーブルに置く。

 そのカードのほとんどが、ネットカフェやカプセルホテルの会員カードだった。




「お前、まだこんなにネカフェとかのカード持っていたんだな」


「ああ、これ? うん。いつあなたに追い出されるかわからなかったから一応ね」


「なるほど」


「あった。これ、スーパーのポイントカード」


「おい、このスーパー家から遠いだろ。コンビニじゃ駄目なのか?」


「ダメよ、コンビニのお米高いし、量も少ない。あなたいっぱい食べるんだから」




 はい、とポイントカードを渡された。

 夜斗は諦め、服を着て部屋を出て行く。




「寒っ……昼間は暖かかったのに」




 早足でスーパーへ。

 この大型スーパーは学校から近く、ゲームセンターやカラオケ、ボーリング施設なんかも併設されているため制服姿の生徒の溜まり場になっていた。

 とはいえ話しかけてくる者もいないので、到着するなり安くなっていた白米を買い、ついでにアイスを二つ買う。




「あれ」




 帰ろうとしたとき、カラオケ前で揉めている集団がいた。

 明るく派手な見た目の大学生らしき三人の男が、一人の女子高生の手を引っ張りカラオケ店に連れ込もうとしている。

 ただ、女子高生は嫌がっているのかどうか表情からはわからなかった。




「いいじゃんいいじゃん、行こうって!」


「えっと、その」


「何もしないって。ねっ? 二時間だけ、休憩感覚でさ」


「おまっ、休憩って馬鹿。いや、あれだよ。休憩って言ってもホテルの休憩とかじゃないから!」


「そうそう、歌うだけだからさ」


「あ、あはは、えっと……」




 話したことはなかったが、あれは同じクラスの倉敷雨奈だった。





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