第3話 泊めるかわりにした約束……。
制服とは違うグレーのスウェット姿の優枝は、座椅子に腰掛けたままこちらを見る。
「おかえり」
「お前、俺が帰ったときにまだ教室に残ってなかったか?」
「そうだけど、あの後すぐ私も出たのよ」
「コンビニ寄っている間に抜かれたのか」
ブレザーを脱ぎ捨て、ベッドに座る。
それを横目で見ていた優枝は大きくため息をつく。
「制服、シワになるからハンガーにかけなさいよ」
「ああ、後でな」
「まったく」
タブレットに描いていた作業を止め、ペンシルを置く。
そのままハンガーを手に取ると、夜斗が脱いだブレザーを手に取る。
「下、脱いで」
「後でやるって」
「いいから早く。あなたいっつも後でって言ってやらないでしょ」
少し間が空き、夜斗はズボンを脱ぐ。
「立ったついでにシャツも脱いで洗濯機に入れてきて。明日、まとめて洗濯するから」
「わかったわかった」
言われるがままにシャツを脱ぎ捨て洗濯機に投げ入れる。
解放的なパンツ姿になった夜斗は、そのままベッドに腰掛ける。
「服、着て」
「後で」
「はあ……。汗かいてないでしょうね。そのシーツ、昨日洗濯したばかりなのよ?」
「どうせいつもシーツ洗濯してんだからいいだろ」
「そうだけど」
「それに毎日のように洗わなくちゃいけないの、お前の汗だとか汁だとかで濡れるからだろ」
「──ッ!」
無言で睨まれた。
白い頬が真っ赤に染まり、普段から大きな瞳は潤んでいた。
「そういう気持ち悪いこと、言わないでもらえる……?」
「はいはい。それよりアイス食うか?」
「食べない」
不機嫌になった優枝を無視して、夜斗は先程コンビニで買ってきたアイスをむしゃむしゃする。
静かな部屋に、ペンシルでタブレットに絵を描く音と夜斗のむしゃむしゃ音が響く。
「うるさい」
「本当は食べたいんだろ」
「……作業中だから」
「少しぐらい手を止めればいいだろ」
「だめ。手、べたべたする」
「我が儘だな。ほら」
作業中の優枝の口にスプーンですくったアイスを運ぶ。
「ん」
彼女は顔だけを向けると、パクリと食べた。
「なんでチョコなの」
「俺がチョコ好きだから」
「私、このアイスならイチゴの方が好きなんだけど」
「知らねえよ。もう一口いるか?」
「ん」
「食うのかよ。ほら」
差し出せば差し出すほど、優枝は文句を言いながら食べる。
「なんか、鯉の餌やりみてえだな」
「誰が鯉よ」
「お前だよ。ほら」
「……ん」
そのやり取りが面白くて何度も食べさせていると半分以上食べられ、気付くと無くなっていた。
夜斗は大きく伸びをして、畳んで置かれていた服を着る。
「ご飯、いつもの時間でいい?」
「ああ。お前の作業がひと段落したらでいいぞ」
「そう、それは助かるわ」
「ってか、昨日と違う絵を描いてんだな」
タブレットの画面を覗きこむと、可愛らしい女性キャラの絵が描かれていた。
「うん。今日は別作品の。昨日の夜に見せたアニメの」
「あ? ああ、冒険物のな。あれはお前がいつも見せてくるアニメの中ではけっこう面白かったな」
「本当!?」
目を輝かせて振り返る優枝。
「ああいうの、好き!?」
「まあ。物語も面白かったし、バトルシーンも迫力あったからな」
「そうなの! あのアニメを制作している会社、ミナギシ・ステーションっていってね、そこが本当、戦闘シーンの作画にすっごい力を入れているの! 前クールだけどいせララとか蜃気楼シリーズとかも、ミナギシ・ステーションが担当しているのよ!」
「そ、そうか」
「あそこの会社が担当しているアニメに外れはないってぐらい凄くて。同じクールの作品をいくつも担当しているのにどれも作画崩壊してなくて完璧で──」
と、そこまで熱弁して目が合った。
夜斗の呆れたような表情を見て、優枝は恥ずかしそうにタブレットに視線を戻す。
「ご、ごめんなさい」
「もういいのか? 暇だからまだ聞くぞ、お前のうんちく」
「うるさい! もう話しかけないで!」
耳まで真っ赤にさせた優枝
学校ではいつも澄ました感じの彼女だが、誰にも言っていない趣味のことになるとオタク全開になって語り出す。
そんな優枝を見て、つい魔が差した。
「おい」
「なに……んっ!?」
抱き寄せて唇を奪うと、優枝は驚いたように目を大きく開けたが、すぐ観念したように抗うのを止めた。
数秒。舌を絡ませると、優枝はとろんとした瞳で見つめてくる。
「ん、はあ……ちょっと、いきなりは止めてって言っているでしょ」
「したくなった」
「キスのこと?」
「いいや」
「……夜、寝る前じゃ、ダメ?」
「俺とお前がした約束、覚えているか?」
そう問いかけると、優枝は一つ一つゆっくりと溢していく。
「……高校卒業するまで私をこの家に泊めてくれる。私とあなたの関係は誰にも言わない」
「ああ」
「その代わり、私はあなたの言うことを……何でも、聞く」
「じゃあいいな?」
そう問いかけると、優枝は「わかったわよ」と持っていたペンシルを置き、観念したように小さく頷いた。
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