第2話 まだ他人の彼女たち



「今日みんなでお買い物に行くんだけど、優枝ちゃんも行かない?」


「あ、えっと……ごめんね、今日も家の用事があって」


「そっかあ、残念。あっ、もしかして家の用事って里崎市長のお手伝いとか?」




 ──六月。


 入学式から二ヶ月が経ち、一年C組の教室ではいくつかのグループが生まれていた。

 成績も容姿も良く、明るい者が集まった男女グループ。

 そのグループが一人の女子を囲う。

 大勢の視線を向けられた彼女は胸元まで伸ばした黒髪を撫で、整った眉を下げる。




「ううん、父の仕事とは関係ないの。ただの習い事だから」


「へえ、そうなんだ。それにしても優枝ちゃんっていっぱい習い事してるよね。塾に書道にピアノに茶道。あとは……」


「待って待って、そんなにたくさんはしてないから」


「あれ、そうだったっけ? あはは、でもいつも学校が終わると急いで帰っちゃうから」


「それは、まあ……」




 困り顔を浮かべた少女はそれからもクラスメイトたちの追及を受け続けていた。




「あ、あの、倉敷さん!」




 別のグループでは、数名の男子が帰り支度をしていた女子に声をかけていた。

 男たちは顔を赤くさせ、周囲の視線を気にしているのかそわそわと何度も確認していた。




「ん、なに?」




 声をかけられたピンク色のカーディガンを着た少女は、ゆったりとした声で返事をすると首を傾げた。




「あの、これから俺たちカラオケ行くんだけど、倉敷さんも一緒にどうかな……?」


「カラオケ? えっと、その」


「俺たち奢るからさ! 倉敷さんは来てくれるだけでいいんだ。えっとその、男だけだとほら、盛り上がらないっていうか、なんというか」


「そうそう、倉敷さんが来てくれたら、俺たちやる気出るっていうか、その……」




 本音を嘘で塗り固めた言葉。

 少女はすぐ本心に気付き、恥じらうように頬を赤く染めながら男たちの目を見つめる。




「えっと、その、カラオケって歌うところだけど、合ってる?」


「「「はい、合ってます! 歌います!」」」


「本当に? いやらしいこととか、考えてない?」


「「「考えてません!」」」




 揃った声で返事するが膨らんだ股間は正直だった。

 そんな嘘を見抜いた少女は少し考える素振りを見せたが、イルカのぬいぐるみを何個も付けたカバンを持ち、男たちに手を振る。




「ごめんね、今日は用事があるの」


「えっ、用事!? 用事ってそれ、他のおと──」


「──そういうことなので、また今度。みんなばいば~い」


「あっ、待って倉敷さん!」




 去っていく少女に手を伸ばすも、彼女が振り返ることはなかった。

 そんな怪しいクラスメイトたちに軽蔑の眼差しを向ける派手な見た目の女子グループがあった。




「男子、キモッ!」


「あれ絶対ヤリ目でしょ。7対1って、8P!?」


「ピザかっての。ってか倉敷もわかってて男子のこと煽ってるし、ほんとクソビッチきもすぎ。どうせ用事って、金くれるパパ相手に股開きに行くんでしょ」


「あたし、あいつが街中で男二人と歩いてるの見たよ。いかにもちゃらそうな男」


「うわ、これからラブホ直行で3Pじゃん、うける!」


「マジであの噂本当だったんだ。倉敷が中学の頃──」


「──んじゃ、お先」




 悪口で盛り上がっていた空気に水を差すように、グループの一人が帰ろうとしていた。




「ちょ、サヤ! 帰んの!?」


「え、うん。ダメ? なんかあんの?」


「いやいや、これからみんなで遊ぶ約束してたじゃん……」


「うん、してた。だけど行く気なさそうだったから、あたし帰ってもいいのかなって」


「もう少しここでだべってから……」


「向こうで話せばいいじゃん。で、行くの? 行かないの?」


「行く行く! ねえ、今日は何処のクラブ行く?」


「何処でもいいよ。騒がしいとこなら」




 帰り際、少女はカースト上位グループに「じゃねー」と声をかける。

 そんな彼女の態度と見た目に不満に似た声が溢れる。




「いっつも騒がしいし、見た目も校則違反だし。なんであの子たちみたいなのが高校うちに入学できたの」


「ほんとほんと。優枝ちゃん、あの子たちとは関わらない方がいいよ。絶対に足引っ張ってくるから」


「え、あはは」




 クラスメイトの愚痴が止まらない。

 誰かが上で、誰かが下で。

 彼ら彼女らは自分が上だと思っているのだろう。

 中学からの友人関係もあるが、まだ二カ月しか経っていないのにいくつものグループができつつある。

 そしてグループに所属していない、あぶれ者も数名いた。中でもいつも一人でいたのは、彼一人しかいなかった。




「なんで入学できたのかって言ったら……あいつもじゃない?」


「あー、確かに。ってか、なんで暴力事件起こしたくせに退学になってないの」


「さあ、先生たちのこと脅したとか?」


「それありえそう。ほんと最悪、なんで同じクラスかな」




 その視線がこちら──来栖夜斗くるすよるとに向けられた。

 視線や陰口に気付き連中を見返すと、慌ててそっぽを向き、別の話題を話し出す。

 それは別の者たちも変わらない。

 目が合えば誰もが顔を背け、距離を取るようにありもしない用事を思い出してどこかへ行く。


 まるで犯罪者扱いだ……。

 いや、間違ってはいないが。


 気付くと教室端にある夜斗の席の周りに人がいなくなった。


 立ち上がり教室の後ろから出て行く。

 茶色に染めた派手な髪に190ある高身長の彼が通ると、誰も彼もが見上げ、脅えるように避けてくれる。


 それは学校だけではなく外でもだ。




「いらっしゃいま……せ」




 コンビニに入ると店員がビクッと反応する。

 ただアイスを買いにレジに並んだだけなのに、まるで怪物が来たかのような怖がりようだ。




「袋は……」


「いらないです」


「は、はい!」




 冷たいアイスを手に持ちながら家へ。




「やっぱり袋、貰えば良かったな」




 そう思い急いで自宅へと向かった。

 高校入学と共に地元から離れ、都会に引っ越して来た。

 学生向けマンションは一人で暮らすには十分で、元から無趣味の夜斗には広く感じた。


 そう、一人であれば。


 ……ガチャ。


 カギを開け部屋の中へ。

 すると中から物音がした。




「なんだ、先に帰っていたのか」




 そこにいたのは、数分前までクラスメイトに囲まれていたクラス委員長──里崎優枝だった。




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