第7話 複数人相手でも構わないぞ?




 ──次の日。


 夜斗は相変わらず一人窓際の席で過ごしていた。

 授業中は寝て、たまに起きたと思ったら窓の外を眺める。

 そんな退屈な一日も半日が過ぎた。昼休みに入るとすぐ、生徒たちはそれぞれ好きな場所でお昼ご飯を楽しむ。

 食堂へ向かう者や屋上や外で食べる者も多く、教室にはいつも半数ほどしか残らない。


 教室に残っている者は大人しくてグループに所属していない者が多く、夜斗や雨奈も、クラスではこの分類に該当する。

 ちなみに優枝は、いつも陽キャグループに屋上へ連れて行かれている。


『誰にも誘われないあなたが羨ましい』


 と、皮肉を言われたこともあった。




「ねえ、君。倉敷さんだよね?」




 なのでこの時間帯は人が少なく、絶好のナンパタイミングといえた。




「え、はい、そうですけど……」




 静かな教室だからこそ男の声がよく響く。

 夜斗が向くと、後ろの扉から派手な見た目の男数名が雨奈に手を振っていた。




「おっ、聞いてた話より結構かわいいじゃん。ヤリマンっていうから顔は微妙かと思ったけど」


「バカお前、聞かれるだろ」


「大丈夫だろ、別に。まっ、俺に任せておけって」




 遠くにいる夜斗にまで聞こえる内緒話。

 雨奈は椅子に座ったまま縮こまっていた。




「急に話しかけてごめんね。えっとさ、良かったら俺たちと一緒にご飯食べない?」


「えっと、あの……」


「場所もう取ってあるからさ。ほらほら、行こうって」




 雨奈のお弁当を奪うように持つ男。

 強引にもほどがあるが、それを見て助けようとするクラスメイトはいない。

 雨奈も、何か言おうとするが俯いたまま黙ってしまった。




「お前、さすがに強引すぎじゃね?」


「あ? いいんだってこれぐらいで。ねっ?」




 目を合わせようとしゃがんで顔を覗かせる男。

 見た目の雰囲気からも上級生だとわかる。おそらくは雨奈の悪い噂を聞き声をかけたのだろう。


 夜斗が登校してから、同級生であってもここまで強引で露骨な誘いはなかった。

 それはたぶん、夜斗がいつも教室にいるのが理由だろう。そもそも昼休みにこのクラスだけ生徒が教室に残らないのも、夜斗がいるせいかもしれない。


 ──入学式前日、複数人の大人を病院送りにして停学くらった不良。

 という事実に加え、キレたら何しでかすかわからない、中学時代は少し騒がしくしただけで半殺しにしていた……なんて嘘が流された。

 だから同級生だろうが上級生だろうが、夜斗はキレさせてはいけない存在だと認知して夜斗のいる場所を避けていた。




「ほらほら、騒がしくしたらお友達の迷惑だから。ねっ、行こって」




 だが、夜斗が周りに無関心だという噂も広まったことで、少しずつ警戒心が薄れていった。

 その結果、我慢していた連中が教室に来るようになってしまった。




「あ、もしかして心配してる?」


「え、心配って……?」


「俺たちさ、けっこう上手いって評判なんだよ?」




 雨奈の顔の前で中指と薬指を曲げ、左右に高速で動かす男。

 仲間たちもそれが何を意味しているかわかり、教室に男たちの下衆な笑い声が響く。




「おまっ、それセクハラだって」


「馬鹿、セクハラっていうのはエッチに興味ない子にしたらなの。この子は違うから。ねえ?」


「……」


「聞いたよ。複数人相手でも余裕なんでしょ? 最高七人同時に食べちゃったとか」


「え、マジ? そう聞くと……たしかになんか見た目、ビッチっぽいかも」




 ゲラゲラ笑い出す男たち。

 雨奈は黙って俯いたまま。




「だからほら、昼休みの間でちゃちゃっと相手してよ。俺たち四人ぐらい余裕でしょ?」




 その時、雨奈は夜斗を見た。

 大きな瞳は涙目で、言葉は発しないが助けてほしいと言っている気がした。




「はあ……」




 夜斗が立ち上がると、周辺に座っていたクラスメイトたちが一斉にビクッと反応する。

 気付いていないのは、雨奈の周りでゲラゲラ笑っている男たちだけだ。




「おい」


「ああ? ……ふぐっ!?」




 リーダー格っぽい男の髪を掴み後ろへ引っ張る。

 しゃがんだまま顔だけを上げた男は口を開け、震えた黒目が夜斗を見上げる。




「お前、さっきからうるせえんだよ」


「え、あ……」


「こっちは飯食ってんだよ。騒ぎてえなら一緒に外行くか?」




 声を荒げることなく淡々と話す夜斗。

 髪を掴まれた男は口をパクパクさせ、周りにいた仲間たちも後退りする。




「お前ら、この女に複数人で相手してほしかったんだろ?」


「いや、その、僕たちは──」


「俺が代わりに相手してやるよ。すっきりするぞ、違う意味でだが」




 そう脅すと、一人、また一人と逃げていく。

 たった一人取り残された男に、夜斗は小さな声で伝える。




「次また教室に来て騒いだら、殺すぞ」


「ひゃ、ひゃい! しゅみましぇんでした!」




 情けない声で叫びながら走り去っていく男。

 夜斗は舌打ちすると、そのまま席へ戻る。

 クラスメイトたちも、急にブチギレた夜斗に困惑していた。




「あ、あの!」




 雨奈は夜斗の背中に頭を下げる。

 その声は震えていたが、はっきりとした声だった。




「助けてくれて、ありがとう!」




 夜斗は雨奈の礼を無視して席に座った。

 そしてまた一人、窓の外を眺めながら飯を食い始めた。


 ──夜斗が上級生の髪を掴んで脅した件は、すぐに学校中で広まった。


 噂が流れ出した最初は雨奈を守ったという”良い感じの噂”だったが、その良い部分もすぐになくなり『来栖夜斗が急に機嫌が悪くなり、上級生を学校裏に呼び出してボコボコにした』という、突然変異のような噂に変わった。

 お陰でクラスメイトには前より怖がられるようになってしまった。


 その日の帰り道。

 一人で帰っていると、今日もまた後ろから付いてくる者がいた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る