第11話 彼女の居心地の良さは猛毒だ



「ああ」




 電気を付けるがこちらを振り向く様子はない。

 それに声のトーンも、なんとなく機嫌が悪いように感じた。




「何かあったのか?」


「……別に。ご飯は?」


「まあ、食べるけど」


「そう。じゃあ、先にシャワー浴びてきて」


「あ?」


「臭いから」




 はっきりと臭いと言われ自分の匂いを嗅ぐ。

 やっぱり変な匂いはしなかった。というより、どちらかというといい匂いだ。

 そもそも優枝に今まで臭いなんて言われたことはなかった。それは行為の後、どんなに汗をかいていてもだ。


 だから変な感じがした。




「何の匂いだよ?」


「さあ」


「なんだ」




 匂いどうこうではなく、単純に機嫌が悪いのだろうと夜斗は思った。

 学校で何かあったのか、それとも親から連絡が来たのか、それはわからない。

 ただこういう場合の優枝にダル絡みするのはあまり良くない。機嫌が直るまで触れないのが一番だ。


 夜斗はそう思い、シャワーを浴びることに。

 だが、ご飯を食べて、眠くなって寝て、次の日に目を覚ましても優枝の機嫌が直ることはなかった。




『夜斗くん、どしたの?』

『今日はおやすみ?』

『もしかして風邪?』

『ご飯とかなかったら作って持って行こうか?』

『具合悪くて寝てたらごめんね。気付いたら、メッセージもらえると嬉しいです』


「これ、スマホ壊れるんじゃねえのか?」




 目を覚ますと大量のメッセージが送られていた。

 その全てが雨奈からで、夜斗が学校に来ないことを心配しているようだった。




「もう昼かよ」




 高校生になって初めての寝坊。

 そして優枝に朝起こされることもお弁当が置かれていることもなかったのは初めてだ。




「マジでなんかあったのか、あいつ。機嫌悪かったし、寝る前にやろうとしたら断られたし」




 今までは二人が交わした約束があったから、どんなに忙しくても夜斗がセックスを誘えば断らなかった。

 だが昨夜は初めて断られた。

 おそらく何かあったのだろう。理由はわからないが、早く機嫌が直るのを祈るしかない。


 夜斗は雨奈に『寝坊』とだけ連絡して学校へ向かった。

 別に学校なんて行っても行かなくてもどちらでもいいが、ここまで無欠席で来たので勿体ない気がした。

 それに休んだとして何かすることがあるわけでもない。


 学校に到着すると、後ろの扉から教室へ入る。

 全員が夜斗を見て、ほとんどの生徒がすぐに顔を前に向ける。

 唯一ずっと見ていたのは、安堵したように目を輝かせる雨奈と、ムスッとした表情の優枝だけだった。


 授業は5時間目が始まったころ。

 いつもの授業とは違い、担任が黒板の前に立ち何かを決めていた。




「じゃあ、再来週からの体育祭について説明するから。ちゃんと話を聞いておけよ」




 6月の末ごろに行われる体育祭についての説明が始まった。

 徒競走や綱引き、騎馬戦なんかといった定番の種目が黒板に書かれる。

 中には全員参加の種目もあるが、個人種目のものがいくつもあり、生徒それぞれが参加する仕組みになっている。




「よしっ、ぜってえ勝つぞ!」


「うおおおおおッ!」




 運動部に所属している生徒や運動神経のある生徒がやる気をみせる。

 一年の男子にとってこの行事は、女子たちにアピールする絶好の場だ。




『おはよ! 夜斗くんが寝坊なんて珍しいね!』




 体育祭の話を聞いていると、メッセージが届いた。

 確認すると雨奈からで、彼女へと視線を向けるとにっこり微笑んでいた。




『まあな』


『もしかして昨日、頑張りすぎた?』


『頑張ったって何がだ?』


『それはほら、アレのこと! 言わせないで!』


『お前から言ったんだろ』


『そうだけど。あっ、今日って空いてる? もし良かったらなんだけど、今日もお家に来てほしいなって』




 少し考え、不機嫌な優枝の顔を思い出した。

 どうせ彼女の機嫌は直っていないだろうから、真っ直ぐ帰っても狭い部屋で沈黙の時間を過ごすことになる。

 であれば、別の場所で時間を過ごした方が互いに良いだろう。




『ああ、行く』


『ほんと!? 嬉しい! じゃあ、一緒に帰ったら誰かに見られるかもだから、また付いてくね!』


『ストーカーかよ』


『うっ! じゃあ、今日は夜斗くんに絶対バレないようにする! バレなかったらストーカーじゃない?』


『いやストーカーだろ。ってか、バレないは無理だな』


『できるもん! じゃあ、誰もいないときにいきなり声かけてびっくりさせる!』




 机の下でスマホを操作する雨奈は一人でニヤついていた。

 そんな怪しい生徒を見て、担任の先生が大きくため息をつきながら近づく。




「倉敷」


「は、はい! あっ……」


「授業中にスマホを使うのは禁止だ。ほら、没収」


「え、あ……はい」




 しょんぼりとしながらスマホを先生に渡す雨奈。

 教室中にクスクスと笑い声が広がり、中には「どうせ男への連絡でしょ」とか「体育祭よりも今日のお相手への連絡の方が大事なんでしょ」という声が飛び交う。




「はい、静かに! 静かに! 倉敷は、放課後になったら職員室まで取りに来るように」


「はい……」




 悲しそうに俯く雨奈と目が合うと、彼女は誰にも気付かれないように夜斗へ向かってため息をつくアピールをした。











 ♦











 茶色の髪を振り乱しながら、夜斗の上に跨る彼女は艶めかしい声を響かせる。

 豊満な胸が上下に揺れ、全身からは汗が吹き出す。

 火照った顔は赤く染まり、彼女は幸せそうな表情を浮かべながら、下腹部の快感を全身で味わっていた。




「ん、ああ……っ!」




 腰の動きをゆっくりとさせた彼女は、そのまま夜斗へと倒れ込む。




「少しだけ、休憩。来栖く……夜斗、くん……休ませてくれないから」


「別に休みたかったら休みたいって言えばいいだろ」


「休ませてくれるの?」


「気が向いたらな」


「もう、それ絶対に休ませてくれないでしょ」


「気分次第だって」


「ふふ……まあ、そういう夜斗くんの男らしくて強引なとこ好きだけど」




 体をくっ付けたまま夜斗の胸に頬擦りする雨奈。

 髪を撫でると、彼女は弾んだ声で「もっと撫でて」と漏らす。




「そうだ、夜斗くんに報告!」


「あ?」


「今日ね、夜斗くんが寝坊して学校にいないとき、男の子に誘われたの。だけどはっきりね「もう誰ともそういうことしないから!」って断ったんだあ!」


「へえ、断れたのか」


「うん! そしたらその男の子も、クラスのみんなも驚いてたんだ。これでもう誘われなくなったらいいな」


「でも、スマホ没収されたときまた噂されてたぞ」


「なんて?」


「男へ連絡してたって」


「がーん。やっぱり一回だけじゃダメかあ……」




 しょんぼりとした雨奈だったが、すぐに夜斗を見つめる。




「でも、もう一人の時でも流されたりしないよ。誰ともでもエッチなこととか絶対にしない」


「俺としながらそれを言うのか?」


「うん。夜斗くんとだけ、特別なの。だって夜斗くんとのエッチ、すっごく幸せな気持ちになれるから……他の人とは、もう絶対にしない」


「なんだそれ」


「ふふん、だから構ってくれないとイヤだよ? 夜斗くんとのこの二人っきりの時間だけが、わたしの幸せなんだから」




 どうやら彼女の寂しさを夜斗一人で埋められたらしい。

 一緒にいるときに見せる表情も、どことなく幸せそうに見えた。

 そしてこの顔を見ると無性に興奮する。男としての性だろう。




「じゃあ、またしてやるよ」


「え、あっ!」




 上下ひっくり返ると、押し倒された雨奈は首を傾げる。




「び、びっくり、したあ……夜斗くんに乱暴されちゃった」


「嬉しそうにしながら言うな」


「えへへ、だって嬉しいもん。たぶん夜斗くんにだったら、乱暴なことされても喜んじゃうかも」


「変態だな」


「うーん、今の発言は自分でもそう思う。でもでも、夜斗くんは変態なわたしでも嫌いにならないって知ってるから。……それで、もしかして休憩はもう終わり?」




 そうあってほしいと言わんばかりの表情の雨奈。

 夜斗はささっと準備をすると、彼女の肉付きのいい脚を持ち上げる。




「休憩したいなら帰るぞ?」


「ダメダメ! まだ帰っちゃ、やだ! 休憩いらない、もう十分おやすみしたから大丈夫!」


「じゃあいいだろ」


「うん、いいよ! またいっぱい、幸せな気持ちにし……あ、んんっ!」




 腰を突き出すと、雨奈は体を反り返らせながら甲高い声で鳴いた。




※ブックマーク・いいね・評価よろしくおねがいします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る