第33話 漢として燃えた


 中学時代。

 夜斗の通っていた学校の生徒数は都会の学校と比べて少なかった。その為、部員が足りない部活もちらほらと存在した。

 生徒全員が部活に所属すれば問題はなかったが、家庭の事情や身体能力から無理強いはできない。

 それでも、大会には出たいと考える部活は多かった。

 そんな状況の中、クラスメイトに頼まれて夜斗は助っ人としていくつかの部活を兼任していた。


 身長も高く運動神経もいい。

 勉学は学年で下の方だが、体育の成績だけは良かった。




「絶対に、テメェだけには負けねえ」


「漢の決闘前に女からミサンガ貰って浮かれてるような奴に負けん。ビリにさせて恥をかかせてやる」


「あの女、すげぇおっぱい揺れてたなぁ……」




 と、言葉にしてはいないがそんなことを思っているんじゃないかなとわかるほどに対戦相手が夜斗を睨んでいた。

 普段廊下ですれ違ってもビクビク震えて道を譲ってくれそうな相手がだ。

 どうやら都会の体育祭では、男はみんな強気らしい。




「それでは位置に付いて!」




 夜斗は腰を屈め──。


 ──パンッ!


 合図と共に駆け出す。


 股下の長さが違えんだよッ!

 と、言わんばかりに足を大きく前に出して一歩一歩駆ける。

 インコース寄りかアウトコース寄りかによってスタート位置は違う為、スタートしてすぐだと誰がトップかわからない。


 だが、




「うおおおおッ!」




 アウトコースの生徒が優勢のように見えた。

 だが、この学校の徒競走という競技はトラック一週──400mも走るので、体力調整が必要だ。


 なので、




「ぐっ、うう……なんで、なんで体育祭の徒競走で400mも走るんだよ!」




 アウトコースを走っていた男は半分のところで早々に脱落した。

 というより、優勢だと思っていたのはアウトコースというリードがあっただけで、彼はそこまで速くはなかった。


 自分のペースで。

 戦う相手は自分自身だ。


 夜斗は沈んでいくアウトコースの生徒へ、背中で伝えた。


 そもそも徒競走で400mは長すぎる。

 多くの生徒が失速していくなか、夜斗と他1名の生徒がペース配分を考えて走っていた。




「なるほど、キミのことを舐めていたよ」




 走りながら視線だけをこちらに向けてくる優等生っぽい見た目の生徒が、そんなことを夜斗に言っている気がした。




「だけど残念だったね。既に僕の頭の中では答えが出てる。キミは、僕に勝てない!」





 残り100m手前。

 ここからはインやアウトなんか関係ない。

 数歩前を走る男を抜き去る為、夜斗は一気に加速した。




「……かけっこはな、頭でするもんじゃねえ。体でするもんなんだよッ!」


「馬鹿な、キミの体力はもう0に近いはず! どうして、どうしてキミは加速できるんだ!?」




 そんなやり取りをお互いの頭の中でしてから、勢いよく抜き去る。


 影すらも踏ませぬ速さに歓声が湧く。

 だがそれは夜斗に向けてではない。どうやら次のレースに、サッカー部キャプテンとバスケ部キャプテンが隣同士のレーンで走るらしい。

 多くの生徒はゴール地点ではなく、反対側のスタート地点を見ていた。




「……」




 一位を取ったが達成感は乏しい。とはいえ次の大注目のレースが始まるので、一位を取った余韻を味わうこともできず夜斗はすぐさまはけた。

 去り際、雨奈がずっと拍手しながら目を輝かせているのと、サヤが「彼が一位を取れたのは、あたしのおっぱい効果だ」と謎のドヤ顔をしているのが見えた。


 少ない観客だが、頑張って良かったと思えた。



 それからも体育祭が続き、夜斗が参加する二つ目の競技──騎馬戦が行われた。


 四人一組で行われる騎馬戦。

 夜斗が組むことになった三人は運動が苦手なタイプの者たちだ。

 おそらくは運動神経の良い者たちから順番に組んでいき、残った者が夜斗と組まされたのだろう。




「よ、よろしくおねがいします、来栖くん」




 何度か練習したが、いまだに敬語が抜けない三人が脅えながら言った。

 クラスとしては、夜斗たちのグループに活躍なんてしていないだろう。

 夜斗自身も何度か練習したが、彼らと共に活躍できるとは微塵も思っていなかった。


 その大きな理由が、彼らが夜斗に脅えているからだ。

 早く夜斗から解放されたいからか、それとも夜斗が怖くて手が震えているのか、試合が始まるとすぐに負ける。

 わざとにも見えなくもないが、それを追求して急に勝てるわけでもない。

 優しくしても逆に怒っているように見えるのか効果はない。むしろ悪化していた。


 おそらく今回も、何もせず負けてしまうのだろう。

 練習の時はそれでいいと思っていたが、徒競走での死闘で火が付いた。




「おい」


「はっ、はい!」




 大将の役割を勤める男の肩を叩くと、誰にも聞かれないよう耳元で告げる。




「落ちたら殺す。ハチマキ取られても殺す。死ぬ気で戦え、いいな……?」


「ひゃい!」




 こんな脅しで効果あるとは思えないが何もしないよりはいい。

 夜斗の人生で行う勝負事に、負けていい試合は存在しない。


 屈んで組を作る。

 身長差があるから組みにくく、上に乗る男子はぐらくらと揺れる。

 落ちそうになり、男子は慌てて夜斗の髪を掴む。




「わわっ、ごめんなさい!」


「気にすんな。移動中は俺の肩でも頭でもどこでもいいから掴んでろ」


「で、でも」


「ああ?」


「は、はぃ!」




 肩を力強く掴みながら前進する。

 クラスの作戦としては勝てる見込みのないチームから突撃して、取っ組み合いをしている背後から運動神経のいいチームがハチマキを奪うというもの。

 なので、夜斗たちのチームは先陣をきって敵に突っ込む捨て身チームだ。




「行くぞ!」




 夜斗は声をかけ突撃する。

 敵チームは夜斗たちに注意を向けるが、大将が明らかに弱々しいとわかると捨て身チームだと考え、向こうも捨て身チームをぶつけてくる。




「舐めやがって、ぶつけるぞ!」


「ええ!?」




 夜斗たちを迎え撃とうとする敵チームの大将は、夜斗を視界に捉えると不安そうな表情を浮かべた。

 それは頭の奴と後ろの二人も同じ。

 痛いのが嫌いな平和主義なタイプか。

 そんな者たちがどうして騎馬戦に参加しているのか。

 おそらくは、自分から志願したわけではなくクラスメイトに参加させられた連中だろう。

 夜斗のチームの三人と同じ境遇。

 可哀想に思ったが、フィールドに立った以上は情け無用だ。


 夜斗は一切の躊躇いもなく体をぶつける。




「ひぐッ!?」




 頭の男が弱々しい声を漏らすと、体勢を崩して全体的に傾く。

 その瞬間を見逃さず、夜斗は大将に声をかける。




「今だ、殺れッ!」


「え、えいっ! ……や、やった!」




 練習では一度も取れなかったハチマキを手にして大喜びするクラスメイト。

 その喜びようを見ていると、夜斗まで嬉しくなってくる。




「喜んでる暇ねえぞ、次だ!」




 次のチームが夜斗たちに襲いかかる。

 練習の時の三人であれば弱腰になっていたはずだ。




「よし、やってやるぞ!」




 だが、一つの成功体験ができて自信が湧いたようだ。

 夜斗たちは次のチームも倒し、その次も倒していく。

 このまま全員倒してしまうのかと思ったが、疲れがピークになって後ろの二人が動けなくなってしまった。




「来栖くん、ごめん、僕もう……」


「気にすんな。後は時間切れまで堪えるぞ」




 制限時間までハチマキを取られなかったチームの数で勝敗が決まる。

 動けなくなったのを見て狙ってこようとする敵チームもいたが、夜斗が睨みを効かせると後退りした。


 ピーッ!


 笛が吹かれ、試合が終了した。

 クラスとしては敗れたが、チームとしては勝利した。




「あ、あの、来栖くん!」


「あ?」




 組みを解いて肩を回す。

 そんな夜斗に、大将の男子が声をかける。




「ありがとう。来栖くんのお陰で勝てたよ!」


「チームでの勝利だ、別に俺のお陰じゃねえよ」


「それでも、ありがとう」




 他の二人にまで礼を言われた。

 いつの間にか敬語も無くなり、脅える様子もない。




「気にすんな」




 高校に進学して初めて男子とまともに話した気がして、変な照れが出た。

 夜斗は短い返事をして立ち去る。


 そこで、午前の部が終わった。


 親が来ている生徒はそのまま家族と外で昼食を楽しむ。

 夜斗のように親が来ない生徒は教室に戻ったり食堂に行ったりする。




「マジか」




 教室にはたった三名しかいなかった。

 その中には優枝はもちろん、雨奈とサヤもいなかった。

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