第32話 高校生のお祭り
多くの生徒がジャージで登校していた。
もちろんバスや電車に乗って来る者の中にはジャージ登校が恥ずかしいからという理由で制服を着てくる者もいる。
教室には、一年を意味する赤色のジャージに白色のTシャツ姿のクラスメイトばかり。
談笑したり、黒板に「絶対優勝!」と文字を書いたり絵を描いたりしている者もいて、始まる前からお祭り騒ぎだった。
優枝は教室に入るなり、クラスメイトたちに囲まれた。
彼女に振られる話題の多くは父親──里崎市長は来るのかという質問だった。
優枝はその質問一つ一つに丁寧に答えていく。
学校での彼女は誰がどう見ても優等生だ。話し方すら、夜斗の知る優枝とは別人だ。
雨奈は相変わらず席に座ってスマホを操作していた。
ナンパ野郎の先輩と夜斗の一件があってから、校内校外問わず雨奈に声をかける者はいなくなった。
もう、誰とでも寝る女という噂も消えかかっていた。
そんな彼女にできた新しいあだ名は「来栖夜斗の愛人」というものだった。
このことは雨奈本人から夜斗は聞かされたが、彼女は「誰とでも寝る女から、自他共に認める愛人に昇格しちゃった!」と、何故か嬉しそうに報告された。
そんな愛人は、夜斗をチラチラ見ながらスマホでメッセージを送ってくる。
相変わらずメッセージの速度が尋常じゃない。
話したくてうずうずしている様子が、文面からも伝わってくる。
そして、サヤはというと……。
「えっ、西門さんまだ来てないの?」
「うん。参加するって言ってたよね?」
「はあ、なんなのほんと。急に参加するとか言い出しといて、当日になったら来ないって。さすがに自己中すぎ」
クラスメイトたちが騒然とする中、夜斗はサヤにメッセージを送った。
するとすぐに返事が届く。
「寝坊。あと少しで着くって言っておいて」
サヤのあと少しは信頼できないことを知っているので、あとどれぐらいで着くと説明したもんかと心の中でため息をつく。
夜斗は立ち上がりサヤからの伝言を伝えようとしたが、
「サヤちゃん、もうすぐ着くって!」
夜斗が報告しようとした文言と同じことを、雨奈が伝えた。
クラスメイトたちは驚き短い言葉で頷く。
席に戻った雨奈を見ながら、クラスメイトたちは不思議そうにしていた。
「えっ、なんで倉敷さんが知ってんの?」
「あの二人って仲良かったの?」
そんな疑問が飛び交う。
夜斗自身も知らなかったから驚いた。
サヤからも、雨奈からも、お互いの名前が出たことは一度もなかった。
疑問は残るが、担任がやってきたので一旦忘れることに。
──それから体育祭は始まった。
クラスの主に運動が得意な男子生徒が中心になってクラスを盛り上げ、そんな彼らに女子たちが声援を飛ばす。
普段は冴えない男子も、他クラスや上級生に勝利して目立つと冴えて見える。
中には、誰々ってあんなかっこよかった? と、数時間にして人気者になる者もいた。
「ヨルっち、調子どう?」
日陰からクラスメイトたちの眩しい青春姿を眺めていると、サヤに声をかけられた。
体育祭が始まって一時間後の登場。やはりサヤのあとちょっとは信用できない。
「暑いし眠いし退屈だ」
「あはっ、一緒。ヨルっちって何の競技出んの?」
「徒競走、騎馬戦、二人三脚、後は全員参加の種目で終わり」
「うわ、誰もやりたがらない種目ばっか。押し付けられたねー」
「別に。俺が空いてる競技を選んだだけだ。どうせ誰もやりたがらないだろうなって思って」
「大人だねー。ちなみにあたしは玉入れ! 走るのも筋力いるのも無理だけど、玉入れならできるかなって」
「一種目だけか?」
「うん、そうだよ」
一種目だけのエントリーというのはアリなのかと驚いた。
まあ、サヤだけの特別ルールだろう。
と、そんな会話をしていると夜斗の初競技である徒競走が始まるようだ。
「やっと出番か」
「おっ、なんか気合い入ってるね」
「まあな。こう見えて、競技系は好きなんだよ」
「え、殴り合いじゃないよ? ちゃんと他の生徒に肩ぶつけないで走るんだよ?」
「んなの、わかってるよ」
「へえ、意外とヨルっち熱い男なんだ」
「まあな」
夜斗は気合いを入れて歩き出す。
「応援してるから、頑張ってね! 一位取ったら、おっぱい触らせてあげるからねー!」
背中に向けられた声援。
まるで夜斗がサヤの胸を触りたくて頑張るみたいに聞こえる。
もちろん、そのご褒美は貰うが。
「ああ、行ってくる」
応援は応援なので、一応だが答えた。
「夜……来栖くん!」
「あ?」
待機所で順番待ちしていると名前を呼ばれた。
振り返ると、周囲をキョロキョロと警戒した雨奈が小走りで駆け寄ってくる。
胸元の1ーCの表記が縦に横に大きく揺れる。
他の生徒と同じはずの短パンも、雨奈のだけは妙にエロく見える。
「どうした?」
「ご、ごめんね、他の人がいる前で話しかけて」
待機所には数名だが他クラスの生徒もいる。
はっきりとした視線は感じないが、何度か見られているような視線はあった。
こういう他の者がいるときは話しかけてこない雨奈が話しかけてきたということは、何か大切な要件でもあるのだろう。そんな気がした。
「気にするな。それよりどうした?」
「えっとね、これ」
手に持っていたのは赤と黄色のミサンガだった。
「手作りだから形悪いけど、良かったらその……」
お店で売っているミサンガ自体をそこまで知らないからわからないが、毛先なんかはほんの少しだけ長さが違うようにも見えた。
ただほんの誤差レベルだ。
雨奈が丁寧に作ってくれたのは見てすぐにわかった。
「俺にか?」
「うん」
「そうか。ありがとうな」
夜斗の言葉に、不安そうな表情がパアッと明るくなった。
そして、左手を前に出すと雨奈は不思議そうに首を傾げた。
「こういうのって自分で付けるより作ってくれた相手が結んだ方が効果あるんじゃないのか?」
「えっ、そうなの?」
「知らんけど。というより、こういう小さいの自分で付けるの苦手なんだ。付けてくれないか?」
「うん、わかったよ。じゃあ願い事を考えながら」
雨奈は口を小さく動かしながらミサンガを結ぶ。
結び終わっても口をパクパクさせていたので、おそらく長い、もしくは何個も願い事をしたのだろう。
叶う保証なんてないのに。
こういうとこでも素直で馬鹿正直な雨奈らしくて、つい笑ってしまった。
「なんて願い事したんだ?」
「えっと、来……夜斗くんが、怪我しませんようにって」
「ミサンガって切れた時に願いが叶うんじゃなかったか?」
「あれ、そうだっけ? えへへ、切れる前に叶ってほしい願い事いっぱいしちゃった」
「ったく。まあ、何かしら効果あんだろ。ありがとな、雨奈」
そう言うと、雨奈は顔を真っ赤にしながら何度も頷く。
「うん! じゃ、じゃあ、写真撮る準備するから、またね!」
逃げるように走っていく。
まさか写真を撮るというのは、夜斗の走っている姿では……?
あまり撮られたくはないなと思いながら待機所を見ると、他のクラスの生徒や上級生が夜斗に敵意を向けていた。
どうやら彼らは共に競う相手らしい。
顔には澄ました感じを出しながらも、夜斗はこの敵意に、消えかかっていた不良魂と負けず嫌いの魂を燃やす。
「じゃあ次の組、レーンに入ってください!」
歓声湧く舞台に立つ。
クラスメイトたちは誰一人として夜斗の応援はしていない。
ただ数名は夜斗を応援していた。
日陰からぴょんぴょん跳ねるサヤ。
スマホを向けて拳を強く握る雨奈。
クラスメイトが別の方を向いている中でただ一人ジッとこちらを見つめる優枝。
目が合うと、優枝は誰にも気付かれないように口を動かす。
──がんばれ。
そう言っている気がした。
夜斗は口端を上げ、小さく頷いた。
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