第31話 朝の営み

 体育祭当日。

 優枝の料理する音で目を覚ました夜斗。




「ごめん、起こした?」


「いや」




 まだ外は薄暗い。

 二度寝しようかとも思ったが、包丁でまな板を叩く音が気になって眠れない。

 キッチンに目を向けると、キッチンのライトだけを付け、優枝はお弁当作りをしていた。




「何か手伝うか?」


「このまま寝るのは気まずい?」


「別に」




 図星だった。

 夜斗は起き上がると、大きく背伸びをした。

 キッチンに移動すると、優枝は顔をこちらに向ける。




「いつもより茶色いでしょ、お弁当」


「だな。一日中体動かすんだから、これぐらいがいい」


「普段からこれぐらいの方が好きなんじゃなくて?」


「かもな」


「タコさんウインナーにしてあげよっか?」


「小学生の運動会じゃねえんだぞ」




 規模としては小学生の運動会に近い。

 大きなグラウンドを囲うように保護者が陣取る。

 六学年ある小学校とは違って高校は三学年だけだが、それでも保護者の存在は気になる。

 学校によっては保護者を呼ばず生徒だけ、それも球技だけ行う高校もある。

 全国的にどちらが多いのかは不明だが、保護者を呼ばなくてもいいだろと夜斗は思う。




「両親、来んのか?」


「……お母さんはね。お父さんは来ない」


「そうか」


「あなたは?」


「体育祭があることすら教えてねえ」


「そこは教えてあげなさいよ。久しぶりに会いたいとかないの?」


「ねえな。電話はちょくちょく来るぞ、いつも酔っぱらった状態で」




 父親は「顔見せに帰ってこい!」なんて言うタイプじゃない。なんなら、生きてるなら帰ってこなくていいと言うようなタイプだ。

 放任主義と言われればその通りだが、別に嫌とは思わない。

 週一でかかってくる電話で十分ぐらい話す。

 これぐらいが、父子家庭の父と息子のちょうどいい距離感だ。




「残念、もし来るんだったら挨拶しようかと思ったのに」


「お前が? なんで」


「いつも彼の家に泊めていただいております、里崎優枝です。彼のご飯や身のお世話をさせていただいておりますって」


「なんだそれ。もしそんな挨拶されたら、親父きっと大喜びするぞ。息子を貰ってもらえるって勘違いするかもな」


「それはごめんね。ふふっ、でも挨拶はしたかったわね」




 普段なら絶対にしないような悪ノリ。

 父親は来ないが母親が見に来るのが嬉しいんだろう。

 夜斗が知る中で、優枝が母親と会うのは久しぶりだったはずだ。




「良かったな」


「は? いきなりなに」


「別に」




 母親と会って、何か父親とのことでも進展があればいいなと思った。


 それから、夜斗も弁当作りを手伝うことに。

 最初は邪魔とか軽口を叩かれたが、進めていくにつれて言われなくなった。

 それに今日は口数が多い。

 機嫌が良い日の優枝は、会話が楽だと再認識する。




「よし、できた」




 夜斗が手伝ったことで予定よりもずっと早く完成した。

 まだ時刻は5時。

 二度寝するには時間は無く、かといってボーッとしてるには長すぎる。




「寝るか?」


「ここで寝たら、起きれないと思う。というより寝れる気がしない」


「確かにな。眠気覚めちまった」




 そう言いながらも、夜斗はベッドで横になる。

 優枝は少し迷いながらもベッドに座った。




「隣来ればいいだろ」


「イヤ。あなた、変なことするでしょ」


「しねえって。ほら」


「……」




 渋々といった感じで横になる優枝。

 こうなってしまえばもう、夜斗の思うままだった。




「ちょっと、胸触んないでよ……」


「当たっただけだ」


「あんっ! 今、揉んだ!」


「指に力が入っただけだ」




 嫌がりながらも決して逃げる様子のない優枝。

 寝返りこちらを向いた彼女は、ネコのように丸まった。




「寝るつもりないけど、念のため目覚ましかけた方がいい?」


「寝るつもりないならいいだろ」


「でも、ただ横になってたら寝ちゃわない?」


「まあな。じゃあ」




 じゃあと言っただけなのに、優枝の全身がビクッと反応した。

 さすが、何度も経験してるだけある。




「……しないからね?」


「まだ何も言ってねえだろ」


「言わなくても、何となくわかった。これから体育祭なのよ?」


「だな」




 優枝に覆い被せさると、彼女は弱々しく抵抗する。




「筋肉痛になる!」


「いつもなってねえだろ。三、四回ぶっ続けでも平気だったろ」


「あれはその、本当は筋肉痛酷かったの! だから今日は……」




 唇を重ねると、眠るように大人しくなった。

 求めれば応え、気付くと優枝の方からも求めてくる。

 トロンとした瞳で見つめてくる彼女は「今日の夜じゃ、ダメ……?」と可愛らしい声で問いかけてくる。

 妥協案なのだろうが、夜斗が今まで妥協案を飲んだことは一度もない。




「今だ。抵抗したら遅刻するぞ?」


「……わかったわよ、もう。体育祭で動けなくても知らないから」


「たった一回で体動かなくなるほど、やわじゃねえよ」




 そう言った夜斗に、優枝はきょとんとした表情で首を傾げる。




「一回だけでいいんだ」




 口を滑らせた。

 つい本音を漏らした。

 よくわからないが、優枝は自分で吐き出してしまった言葉の意味に気付いて口に手を当てる。

 もう聞いてしまったから手で抑えても意味はない。

 夜斗は笑みを浮かべる。




「学校では優等生の里崎優枝は、たった一回のセックスじゃあ満足できないと。なるほどなるほど」


「ち、ちがっ! 別に今のは……あなたが、いっつも何回も続けてするから、その」


「何回もしてくれるもんだと期待していたと。なるほどなるほど」


「──ッ!」




 涙目で赤面した優枝。

 こんな風になる彼女は珍しく、いいものを見れたと夜斗は満足して、彼女の望みとは反して一回だけ夫婦の朝の営みを楽しんだ。




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