第30話 ギャルナースは未経験
こんなナースいてたまるか。
それが一番最初に出た感想だった。
コスプレの定番であるピンク色ナース服は胸をはだけさせ、ミニスカートに白のストッキング。
金色の髪を頭上で束ねた髪型。
病院にこんなギャルナースいたら、おじいちゃんが気絶しそうな色気があった。
「どう?」
と、聞かれても返事に困る。
こういうこと前にもあった、雨奈の家に泊まったときだ。
コスプレに縁があるのか。とりあえず。
「似合ってる……と、思う」
そう言わないとずっと「どう?」と聞かれる気がした。
「期待してたのと違う!」
「は?」
「もっとこう、顔をタコみたいに真っ赤にして、鼻息荒くしながら「べ、べつに、俺そういうの興味ないし」って言うはずだったのに!」
「俺がそんな風になると思っていたのか?」
「だって、見掛け倒しの不良じゃん!」
不良は飾りじゃない。
そう言おうとすると、サヤは夜斗の背後に移動する。
隣を通ったとき、いい匂いがした。
彼女はそこまで強い香水を付けてはいない。
雨奈の付ける甘ったるい香水とは違い、柑橘系のほのかに感じる香り。
「肩、揉んであげる!」
細くて長い指が夜斗の肩を弱々しく揉む。
肩もみなんて今までしたことないのだろう。これでは肩揉みではなく、ただ撫でているだけだ。
「なんで急に肩もみなんだ?」
「んー、特に理由はないよ。理由を無理やりに作るなら、体育祭の練習で疲れてるだろうから?」
「なんだそれ」
「このコスプレを買ったはいいけど、見せるタイミング無かったから。誰かさん、全然遊んでくれないんだもん!」
力を入れて痛がらせようとしたが、元が弱いので気持ちいいだけだ。
「悪かったな、全然構ってやれなくて」
「なにそれ。そうやって謝られると、あたしがヨルっちに会えなくて寂しがってるみたいじゃん」
「違うのか?」
「調子に乗るな、不良もどきが。あたしは、寂しくなんてない!」
「そうか」
意外とサヤに好かれてたんだなと少し嬉しく思う。
それからも、猫がペタペタと触ってくるような肩もみを堪能した。
とはいえ、コスプレ衣装のミニスカナースのギャルに体をぺちぺちと触られて、何も期待しないわけがない。
……肩もみじゃなく、あっちを期待したんだがな。
夜斗は口にしないものの、男なら当たり前のことを思っていた。
「はい、次は腕……って、おっぱいばっか見すぎ」
立ちながら肩もみは疲れたのか、気付くと丸椅子を用意して座りながらしていた。
後ろから左横へ。気怠そうに前かがみになりながら夜斗の左腕を揉むから、視線が勝手に胸元に吸い付いていた。
「見せたくないならそんな格好すんな」
「うわ、逆切れ! ヨルっちってもしかして、痴漢しても「お前がそんなエロい恰好してるのが悪い! 俺は無実だ!」って言うタイプ?」
「いや、それは駄目だろ。ってか、痴漢なんてしねえよ」
「……もしかして、触りたい?」
谷間を隠していた服を捲って強調するサヤ。
その表情は生意気な感じがあって、どんなに触りたくても触りたいなんて口が裂けても言えない。
「いいや、別に」
「えー、ほんとに? あたしのおっぱい、高一にしては大きいと思うんだけどなー?」
「知らねえよ」
まあ、めちゃくちゃ大きいよ。心の中で思った。
「しかも、めっちゃ柔らかくて形もいい。お風呂上りとか、自分で見惚れちゃうぐらい」
「へえ」
「あっ、また見た……? ほんと、ヨルっちって変態だなあ」
サヤは夜斗の左腕を掴むと、胸へと引き寄せる。
勝手に指がピーンって開く。夜斗の大きな手でも包み切れないほど豊満な胸を触れるのかと意識したら、大きく唾を飲んだ。
「……ダメ!」
だが、寸前のところでサヤは体を後ろに離した。
雪のように真っ白な頬が、気付くと真っ赤に染まっていた。それに切れ長な目もとも、今は大きく開いて微かに潤んでいた。
「や、やっぱダメ、触らせてあげない!」
「別に触りたいなんて言ってねえだろ」
「そう、だけど。あたし、見た目ほど簡単な女じゃないから!」
自分から誘惑したくせに恥ずかしがってるその反応を見ただけで、こういうことに慣れていないのは明らかだ。
「もしかして、男性経験ないのか?」
「さ、さあ? ないと思う?」
「ああ」
「ムカッ! あるよ! もう、ヨルっちが引くぐらい男慣れしてるよ!」
「無理しなくていいぞ。お前のその顔を見たらわかるから」
「だから、お前って言うなって何度も何度も……このエセ不良が」
夜斗の左腕を持ったサヤは、その腕に何かしようとしたが止めた。
代わりに腕を放り出して「もう終わり!」と切り上げられた。
「ヨルっち嫌い!」
「悪かったって、サヤ」
「『お店にお金を落とさない女の子の耳元で囁くホスト』みたいな声出しても許さない!」
「なんだその例え」
「ふんっ! せっかくヨルっち疲れてると思ったから癒してあげようと思ったのに」
不機嫌なサヤ。
見た目とは違い中身はかなり子供な彼女。
夜斗が不良もどきなら、サヤはギャルもどきだ。
そう思うと、自然と笑ってしまった。
「なに、笑ってんの」
「いや、見た目とのギャップがちょっと面白くて」
「もう……」
お互いに立ち上がると、サヤは少し躊躇いつつも、夜斗の前に立ちギュッと抱き着いてきた。
「サヤ?」
「マッサージの、締め。これぐらいなら、しょうがないからしてあげる」
ただ抱き合うだけの行為なのに、はっきりとサヤの激しくなった心臓の音が聞こえる。
別に変な意識していないのに、サヤの緊張が伝染するのがわかる。
「……おっぱい、触りたい?」
「だから」
「もし体育祭で活躍したら……一回だけ、触らせてあげてもいいよ?」
胸というのは特別な魅力がある。
優枝や雨奈のを何度も触っているからといって、サヤのも同じだとは思わない。それぞれ違う魅力がある。
なので「たかが胸ぐらい」なんて思わない。
こんな身持ちが固い同級生ギャルの胸を触れる機会に興奮しないわけがない。
「いいのか?」
「うわ、露骨に食いついてきた」
「お前が……サヤが触っていいって言ったんだろ」
「そう、だけど……。まあ、ヨルっちになら、いいかなって。わかんないけど。でも、おっぱいだけだよ? 他はダメだからね?」
「ああ」
「じゃあ明日、活躍してね。あたし、応援してるから」
どうしたら触らせてくれるかなんかの条件を言わなかったサヤは背伸びをする。
「くんくん……。やっぱ、ヨルっちのシャンプーの匂い好き」
「そんなに匂いするか?」
「する。どんな匂いかはわかんないけど、これぞヨルっちの匂いって感じ。近く通っただけでもわかるもん」
「なんだそれ」
「ふふん、なんだろうね」
体を離す。
顔を近付けたまま見つめ合っていると、サヤは勢いよく離れて何度も自分の髪を撫でる。
「も、もう帰んなさい! ガキがいていいとこじゃないの、ここは!」
「いや、お前も……」
「お前って言うなって何度も言ってるでしょ、まったく。学習しないなあ、この不良もどきは!」
脇腹を突っつかれながら休憩室を追いやられていく。
最初こそは「お前」と呼ばれることを本気で嫌がっていたが、最近はそこまで嫌な顔をしなくなった。
訂正させられるのは変わらないが。
そして休憩室を出ると、大勢の客がこちらを──サヤを見て、にんまりとした表情を浮かべた。
「サヤちゃん、その格好どうしたの!?」
「どうしたのって、何が……あ! こ、これはその」
元の制服に着替えずにナース服のまま出てきてしまったサヤは、赤面しながら胸元と足下を隠そうとしていた。
「もしかして、彼氏くんと休憩室で……?」
「あのクールでツンツンしたサヤちゃんがナース服でなんてねぇ! おい彼氏、お前いい趣味してんなあ、オイ!」
「体育祭の前夜祭で、ナースさんのご奉仕プレイってコト……? いいな、おじさんの学生時代には、そんなことしてくれる彼女いなかったなァ……」
「だから、この人は彼氏じゃないってばあ、もう!」
サヤは夜斗の背中を力一杯に押す。
店の外へ放り出された夜斗に、サヤは潤んだ瞳で見つめる。
「約束、忘れないでよ! バイバイ、ヨルっち!」
店内では、サヤが客やキャストにからかわれているのが聞こえていた。
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