第29話 体育祭前夜
何日も前から練習していた体育祭を明日に控え、夜斗はとある人物から呼び出しを受けていた。
「……泊まってくるとか、言わないわよね?」
家を出る時、嫌な顔をされた優枝に聞かれた。
優枝は朝早くから二人分のお弁当を作ってくれる予定だった。そんな彼女に「今日は帰らない」とは言えないし、夜遅くまで遊びに行くわけにもいかない。
どうせ夜斗が帰ってくるまで、彼女は寝ないでいるはずだ。
だから「遅くはならない」と答えた。はずだ、を付ければ良かったかもしれない。
──19時。
夜斗は約束の場所であるスナック
ここへ来るのは久しぶりだった。というより、学校に来ない彼女と会うの自体が久しぶりに感じる。
「あっ、やっと来た!」
スナックには場違いな制服姿のサヤが、ソファーに座って客と談笑していた。
客といっても男性はおらず二人とも女性で、夜の街で働いているのが一目でわかる恰好をしていた。
「ん、あれが噂のサヤちゃんの彼氏くんね」
「へえ、イケメンじゃん! いい男捕まえたね!」
「だから、彼氏じゃないってば。ほら、あっち行くよ」
サヤに腕を掴まれ、お店の奥へと連れて行かれる。
お兄さんであるシュウは夜斗を見てひらひらと手を振る。
「明日、体育祭なんだって? 応援しに行くから」
「え、ああ、ありがとうございます」
客たちは、夜斗とサヤを見てニヤニヤしていた。
「壁薄いから、あんま激しくしちゃダメよー!」
「あっ、なんならお姉さんたちも交ざろうか?」
スナックらしい下衆な言葉を投げかけられると、サヤはべーっと舌を出す。
相変わらず雑誌やらが乱雑している休憩室。
鉄パイプの椅子に座ると、サヤは特等席のソファーに腰掛ける。
「そういえばお前、体育祭休むんじゃなかったのか?」
「だから、お前って言うなってばあ。まあ、最初は休もうと思ってたんだけどね。運動とかダルいから」
この一週間、サヤは大して学校に来ていなかった。
体育祭の個人競技にサヤの名前はない。団体競技でも、サヤは休むつもりでクラスでは話し合いがされていた。
「行ってみようかなって。競技に出るかは微妙だけど」
「急だな」
「だって昨日決めたから」
「なんでだよ」
「んー、ヨルっちのかっこいい姿が見たいからとか?」
「なんだそれ」
「特に深い理由はないよ。ただ見るだけでも楽しいかなって思っただけ。それに、友達になった子に誘われたから」
「友達になった?」
他のクラスに新しい友達でもできたのだろうか。
深くは聞かず「へえ、そうか」と相槌を打つ。
「それに、お姉が見に来たいんだって」
「そういえば見に来るって言っていたな」
「その為に明日はお店休みにするんだってさ。しかも、よくお店に来るお客さんも見に来るって。あっちではその話で大盛り上がりだよ」
気怠そうな座り方の彼女は店内を指差す。
わざわざやる気のない妹の体育祭を見に来るなんて変わっているなと思ったが、他に理由があるらしい。
「さながらビアガーデン、ううん、競馬観戦みたいだよ。合法的に昼間から呑めるからね。あたしがいなくても来てたんじゃないのって感じ」
「なるほど、単純に呑んで騒げる場所が欲しかったわけか」
「そういうこと。だからあたしは、あの人たちにとってのお馬さんなの。しかも出走する可能性の低いオッズ激高の。どう、ヨルっちも賭けてみる?」
「そうだな。じゃあ、出走する方に賭けるかな」
「おー、大穴狙いだね。まっ、当たったかどうかは明日ね。そういえば、ヨルっち打ち上げ参加すんの?」
何の打ち上げだよ、と思ったが優枝と雨奈がそんな話をしていたのを思い出した。
体育祭が終わったらクラスで打ち上げをするのだとか。
焼肉食べ放題を楽しんでから、行く人はそのままカラオケへ。
今日のホームルームでは、体育祭よりも打ち上げの方を楽しみにしている者が多かった。
「まあ、誘われたからな。とりあえず食べ放題だけ参加するかな」
「へえ、ヨルっち誘われたんだ」
「なんだよ」
「いやー、意外だなって。ヨルっち見た目とか怖いから、ヨルっちにだけ話が行かないよう仕組まれてたりしてそうだなって思ってた」
「……」
「え……? もしかして、されそうだったの?」
「否定はしない」
実際には、優枝と雨奈に誘われるまで打ち上げがあることを知らなかった。
ホームルームで打ち上げの話題が出た時も、仲の良い者だけで行くのだと思っていた。
『クラス全員参加だけど、あなたは……まあ、私が誘ったことにするから来たら?』
『た、たぶん、クラスの人、誘い忘れたのかな。じゃあ、夜斗くんはわたしが誘ったことにしておくねっ!』
と、二人に気を使われた。
正直なところこんな扱いされたのに行くのはどうかとも思ったが、むしろこんな扱いされたから行くことを決めた。
「女を口説こうとしている男の隣に座ってやるつもりだ」
「うわっ、そのテーブル冷え冷えじゃん、かわいそう。そういう陰湿なことするから、ハブられるんだよ?」
「されてねえ。されそうになっただけだ」
「同じことなんだよなー、あはは。ってか、そんなことしてないで、あたしと一緒のテーブルでお肉突っつこうよ?」
「サヤと?」
「そっ、あたしと友達と」
サヤの友達といったら、いつもいるあの取り巻き連中のことだろうか。
弱い者には面と向かってうじうじ言うくせに、夜斗には陰でコソコソ悪口を言っている印象がある。
あまり印象は良くない。というより、クラスで一番嫌いな連中だ。
前は好きじゃないとサヤは言っていたが、他に思いつかない。
「いや、やめておく」
そんな連中と飯を食うぐらいなら、一人で黙々と焼肉を楽しみたい。誰も座らないようなテーブルで、腹一杯食べたい。何せ久しぶりの外食であり食べ放題だ、元は取りたい。
「そっか、残念。あたしとだけじゃなくってその友達とも仲良くなってほしかったのに」
「悪かったな。俺は一人で肉食ってるよ」
「じゃあさ、焼肉終わったら二人で抜け出そうよ」
「カラオケ行かないのか?」
「えっ、どうせヨルっち誘われてないでしょ」
「どうせってなんだよ。事実だけど」
「ほら。だから二人で抜け出すの。二人でカラオケ行こっ!?」
優枝は既に陽キャグループに捕獲されているので二次会に行くことが決定されていて、雨奈はわからないが、クラスの誰かに誘われる可能性はある。
一人で真っ直ぐ帰ってもいいが、帰ってもやることは特にない。
「まあ、いいぞ」
「やった! 意外と誘ってみるもんだねー。あっ、そうなると、ヨルっちと私服で会うの初だね」
「私服? ああ、そういえば一回帰るのか」
「汗臭いままはイヤでしょ。それに学校指定のTシャツ短パンで街行くの恥ずいしね」
それからも、サヤは明日の体育祭──いや、打ち上げ後の話しばかりしていた。
そこそこ時間が経ち帰ろうとすると、
「あっ、待って待って! 本題まだだった!」
と、呼び止められた。
理由を聞く間もなくサヤにソファーへ座らされた。
「はい、目隠し。外しちゃダメだよ?」
なぜか目隠しさせられた。
真っ暗な視界で、衣服が擦れる音が聞こえる。
着替えているのはわかった。なぜ着替えるのかはわからないが。
「目隠ししなくても、更衣室そこにあんだろ」
「ん? あー、あれね。荷物置き場になってて使えないの」
何のための更衣室だと思ったが、従業員のほとんどが女性だから更衣室は不要なのだろう。
だが、男性であるシュウもいるので、そこはどうしているのだろうか。
彼には見られてもいいのか。それともシュウは休憩室自体を使わないのか。そんなこと考えていると、
──ペチッ!
ソックスかタイツを指で弾く音が聞こえた。
しかも、顔の真横で。
「こういう音、男の人って好きなんでしょ?」
「いや、別に」
「えー、ウソだあ! 雑誌に書いてあったよ?」
「何の雑誌だよ、それ」
「ヨルっちは普通の男じゃないと、メモメモ。あっ、もう外していいよ」
許可が出たので目隠しを外す。
すると、サヤは夜斗と目が合うと、少し顔を赤くさせた。
「どう、似合う? ミニスカナースのコスプレなんだけど」
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