二章 やりたいことを見つけに海へ
第1話 夏休み前
蒸し暑い空気に、痛みすら感じそうなほどの日差し。
これから夏本番だと言わんばかりの7月の中旬。授業中にうちわであおぐ者が目立つようになった教室で多くの生徒たちが浮かれ気分だった。
それもそのはず。
ようやく一区切りである一学期が終わる。
クラスで行われる話題のほとんどが、一ヶ月ほどある夏休みに何するか、何処へ行くかだった。
けれど、生徒たちのそんな緩み切った気分を落とすように期末試験が行われた。
体育祭の練習をしながら多くの生徒が試験勉強をしていた。
なにせこの学校では試験結果と順位が廊下に貼り出されるのだから、あまり下の方に名前は載りたくない。
「うわっ、ぎり中間より上だったわー」
「あー、もう少しで一桁順位だったのに」
大勢の生徒が貼りだされた結果に一喜一憂する。
そんな中、普段は周りの人間に良く見えるように振る舞う彼女──里崎優枝は、クラスメイトに囲まれ、珍しく満足気な表情を顔に出していた。
「さすが里崎さん、学年一位だって!」
「やっぱ凄えなあ。全教科ほぼ満点じゃん」
「みんな、ありがとう。答え合わせしたときに少し不安だったところもあったけど良かった」
聞く者によれば嫌味っぽくも聞こえるが、普段の学校での優枝を見ていればそう思う者はあまりいないだろう。
そんな彼女にクラスメイトたちは「これでみんな赤点無し! プールと夏祭り行けるね!」と。
「そ、そうだね……」
優枝は一瞬だけクラスメイトの言葉に引きつった表情を見せた。が、誰も気付いていないので話はそのまま進む。
そんな中、優枝は貼りだされた表のずっと下を見て「バカ……」と、ため息をついた。
「あっ、サヤちゃん、わたしたちの名前あったよ!」
「いや、雨奈。試験受けたんだからあるのは当たり前じゃん」
人が少なくなったのを見計らって試験結果を確認する倉敷雨奈と西門サヤ。
体育祭が終わってから、二人は教室でも一緒にいるようになった。
最初こそ不思議がったクラスメイトから注目を浴び、いろんな噂が流れた。
西門グループの取り巻きと喧嘩したのか?
もしかして西門さんも倉敷さんと一緒にパパ活始めた?
けれど無視を続けていると、いつの間にか気にする者はいなくなった。
学校を休むことが多かったサヤも、最近は休むよりも学校へ来ることの方が多くなった。
「えっと、順位順位……がーん、なんで学校あんま来てなかったサヤちゃんの方が上なの!」
「高校の内容はわからないこと多かったけど、一学期の期末試験って中学の内容めっちゃ出たじゃん? だから意外と簡単だったよ」
「簡単? 簡単じゃないよ、はあ……」
お互いの順位と成績を確認してから、二人は順位表を下に下に見て行く。
探している名前はおそらく二人とも一緒だと思うが、どちらとも無言だった。
「あ……」
「うわ」
お互いの目的の名前を見つけたのは右端の、それも足下を見るぐらい顔を下げたときだった。
二人は揃って声を漏らす。どちらも、ため息混じりだった。
♦
「……おかえりなさい、遅かったのね」
学校が終わり、家へ帰ってきた夜斗。
体育祭が終わってからも家に住み続ける優枝。
変わったことがあるとすれば、部屋着が地味な色合いのスウェットからTシャツ短パンに変わったことぐらいだろう。他にはない。
「ああ」
「それで、補修と追試の話しはちゃんと聞いてきたでしょうね?」
「一応な。夏休みに何回か補習して、そっから追試だってよ」
夜斗は一学期の期末試験で赤点を取った。しかも三教科。
家で優枝から「テスト勉強しなくていいの?」と聞かれたが、夜斗は「まあ、なんとかなんだろ」と聞かなかった。
結果、ボロボロだった。まあ、勉強していたとしても結果が変わったかどうかは不明だが。
「そう。追試はちゃんと受かってよね。留年して退学するって言われたら困るから」
「わかってる。はあ……なんで高校には赤点とかいう制度あるんだろうな」
「義務教育じゃないからでしょ。ほら、どういう感じの追試があるか教えて」
制服を脱いでひと眠りしようかと思ったのだが、優枝は作業していた手を止める。
「なんだ、勉強教えてくれんのか?」
「逆に私が教えないで少し補修しただけで追試受かる自信あるの?」
「まあ、なんとか──」
「──なんとかならなかったから赤点取ったんでしょ、しかも三つも」
ぐうの音も出ない正論。
「それに、補修と追試が長引いたら夏休み削れて実家に帰れなくなるでしょ」
「実家か」
「えっ、もしかして帰らないつもり?」
夜斗は担任から渡された補習と追試の説明が書かれた紙を優枝に見せる。
優枝は髪を耳にかけ、資料に目を通す。
「考え中。別にこっち来てまだ三ヶ月とかだしな」
「顔を見せるだけでも、親としては嬉しいんじゃない?」
「そっくりそのまま、お前に返すぞ」
「……お母さんには会いに行くつもりよ」
「親父には?」
そう問いかけると、優枝は資料をテーブルに置いて少し考える。
「もし家にいたら、話してみるつもり……。向こうが話を聞いてくれるとは思ってないけど」
「そうか。じゃあ、もし仲直りできたら家に帰るかもしれないのか」
「え……?」
顔を上げた彼女は驚いたように固まるが、すぐに見終わったはずの資料に目を向ける。
「そうね。もしそうなったら、寂しい……?」
「寂しい? さあな。ただ間違いなく栄養不足にはなるだろうな。あと、朝起きれないで遅刻だらけになる」
「人を家政婦扱いしないでよ」
まったく、と優枝はため息混じりに笑った。
「どのみち、あなたがこの追試に落ちたらこの関係も終わりなんだから、ちゃんと勉強してよね?」
「わかってる。ってか、もしかして夏休み中、お前ずっとここにいるつもりか?」
「そうだけど。ああ、友達と遊びに行ったりはするわよ。プールだとか夏祭りだとか、今からなんか計画立ててたから」
「それでも、ずっとか……」
「何よ」
「いや、別に」
学校があって短い時間とかならいいが、一ヶ月間、朝昼夜とこの狭い部屋でずっと二人っきりというのは、考えただけでも少し憂鬱だ。
『ねえ、掃除の邪魔だからどっか行ってくれない?』
『はあ、ご飯の準備しないと。ねえ、何もすることないなら手伝ってよ』
『暇なら何処か出掛ければ?』
熟年離婚というのは、こういう気持ちから来るのかと少し考えた。
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