第42話 子供らしさ
高校の同級生だった夜斗の両親。
付き合ったのは高校一年のときで、親から聞かされたことはなかったが行為をするのにそんなに時間はかからなかったのだろう。
そしてすぐに母親の妊娠がわかると、父親は言った。
「親父は高校を辞めて働くって向こうの両親に言ったらしい。めちゃくちゃ殴られて、何度も追い返されて。だけど親父も母親も諦めなかったんだってよ。それで中絶できる期間を過ぎて向こうの両親が根負け。親父も母親も高校中退して俺を産んだ」
これからは二人三脚で頑張っていく。
気付いたら反対していた母親の両親も、孫である夜斗を抱っこするときには笑顔を浮かべるようになっていた。
父親は土木の道に進み、母親は一人子育てに奮闘した。
「だけど、そんな生活も長続きしなかったわけだ。母親が親父と俺を捨てて飛んだんだ」
笑いながら、夜斗はサヤに言った。
「当時はまだ親も18才になってなかったから結婚もしてなかったんだ。だから母親も、ノーリスクで第二の人生を歩めた」
「……なにそれ、最低じゃん。自分で産んだくせに」
「どうだろうな。同級生が学校行っている間、母親はずっと家で赤ん坊の面倒。親父も働き始めたばっかで忙しくて、なかなか話せてやれなかったって言っていた。……そんな生活が嫌になったんだろ」
これらの話は父親から直接聞いたわけではない。
夜斗を連れて行った馴染みのスナックで、夜斗が眠っていると思って父親がこぼした愚痴だ。
けれど話し終えると、決まって『俺が悪いんだ』と口にしていた。
どう考えても逃げた母親が悪いのに、父親は母親の辛さを理解して歩み寄れなかったことを悔いていた。
「結婚してないから離婚もない。残されたのは、まだ言葉もろくに喋れないガキだけ。それから、親父は一人で俺を育ててくれた」
「いいお父さんだね」
「口は悪いし、よく殴られたけどな」
「それで、お母さんは……?」
「さあな。母親の両親も、娘が今何処で何をしているのかも知らないらしい」
母親の両親は、夜斗の父親に娘を逃げるまで追い込んだことを怒ることはしなかった。
むしろ逆だった。
──娘が迷惑をかけてすまなかった。
そう、謝られたらしい。
おそらく夜斗の父親が泣き言一つ吐かず妻と子供のために頑張っている姿を見ていたからと、娘の変化を自分たちも気付いてやれなかったから謝ったのだろう。
それから夜斗は、父親とその両親、それから母親の両親の手によって育てられた。
「って、何の話してたんだったか」
「ヨルっちが彼女作らない理由。両親のことがあってしない感じ?」
「まっ、そんなとこだな。俺は別に母親がいないことに不満とかなかったけど、親父と母親の両親がな。大変そうだったんだよ、色々と」
失敗例と表現するのは間違っているかもしれない。
だけどもし、高校在学中に妊娠と出産を経験していなかったら父親は高校を卒業して、好きな仕事ができていたかもしれない。
母親の両親も、今も娘との縁を切らず仲良くいれたかもしれない。
母親に関しては、夜斗はなんとも思っていない。
父親も母親も避妊しなかった。責任を取れない年齢でした馬鹿な行為だと、自業自得だと言われればその通りだが、父親はその責任をしっかりと取った。
だが自分を捨てた母親は責任を放棄した。だから夜斗は母親に同情したことは一度もない。
「なるほどね」
サヤは理解したように頷く。
「ヨルっち、ママが恋しいんだ」
「は……?」
「ママが恋しいから、女を抱くんだ」
初めてそんなことを言われた。
普段なら「そんなことねえよ」とすぐ否定するのに、少し考えてしまった。
「だってさ、もしも両親の二の舞になりたくないんならあたしとエッチしないでしょ。妊娠しちゃう可能性だってあるんだから。だけどしたのは、寂しかったんじゃない? 女の安らぎを求めてたんじゃない?」
「そんなこと、ねえと思うけど……」
サヤは振り返り座ると、大きく手を伸ばす。
「おいで、夜斗。ママだよ」
にんまりした表情を浮かべたサヤ。
夜斗は一瞬だけ固まったが、すぐに笑ってサヤのおでこを押す。
「何馬鹿なこと言ってんだよ」
「もう、ヨルっちを甘やかせてあげようとしたのに」
「母親に甘えたがる歳じゃねえよ」
「そうかな? まだまだマザコンで許される年齢だと思うけど。……でもまあ、そういうことならいっか」
「あ?」
今度は優しく微笑むサヤが、夜斗の両頬に手を触れる。
「このままの、都合のいい関係で。一緒にのほほんとした時間過ごして、どうでもいい会話して、エッチしたくなったらさせてあげる。そんな、ヨルっちにとって都合のいい関係」
「それだと、なんか俺だけが悪いみたいだろ」
「いや、その通りだけど。逆になんでヨルっちが悪くないみたいになんの」
「それは、まあ」
「ふふ。でも、もしあたしが妊娠したら、お父さんみたいに責任取ってね」
サヤはそう言いながら、使われた避妊具を撫でる。
「もし責任取らなかったら、お姉と、お店のお客さんと、いろんな夜の街の悪い人たちを使って追い回すから」
「怖い脅しだな」
「当たり前でしょ」
「まあ、そうならないことを祈るさ」
「うん、そうして。……あたしも、もしそうなったら責任取るから。ヨルっちから逃げないから」
言い終わったと同時に、お互いがお互いを求めた。
一回目とも二回目とも三回目とも違って、心なしかサヤは優しかった気がする。
頭を撫でてきたり、ギューッと抱きしめてきたり、首に唇を這わせたり。
その最中。
自分はずっと寂しかったのだと自覚した。
こうして女を抱き、快感を味わうと満足する。
いつまでこんな曖昧な関係が続くのかはわからない。
優枝が父親と仲直りして家を出るかもしれない。
雨奈が他の男に目移りしていなくなるかもしれない。
サヤがふらふらと何処かへ行っていなくなってしまうかもしれない。
いつか必ず、この関係にも終わりが訪れる。
その終わり方は、もしかすると彼女たちの誰かに関係を持った責任を取ることを迫られてかもしれない。
そうなれば男らしく責任を取ろう。
”はい”か”いいえ”か。
今はどう答えるかなんて考えられない。今はただ、この我が儘な関係を続けていたかった。
居心地と気持ちの良い、この関係を。
それが、何の生きる目的も見出せない”今”の夜斗の、ほんの小さな幸せだから。
※これにて一章終わり。
無事に予定していた一章の十万文字(少しオーバー)を毎日投稿できて良かったです。
これもブックマークや評価を入れてくださった読者さんの応援のお陰です。
やっぱりランキングに乗れると、執筆のモチベーションが上がるので。
二章では、夏休みのお話を予定しています。
海と夏祭り。夜斗はきっと、それぞれにいろんな場所へ連れだされるのでしょう。いいな。海でエッチ。浴衣エッチ。はあ。
最後に、良かったら下の【星で称える】のとこから評価をお願いします。
ではまた!
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