第41話 賢者トーク
初めてしたキスをサヤは「息できないからこれ嫌い」と言った。
数秒後に二度目のキスをすると、サヤは「だから嫌いだってば」と言いながらもさせてくれて、三回目以降はコツを掴んだのか「キスしよっ」と自分からするようになった。
身体を触ると「ちょ、笑っちゃうから止めて」と手を叩かれた。
だけど情事が進んでいくとサヤは「もっと、触って……」と求めてくるようになった。
初めての行為は「痛い!」と怒られた。
二回目の行為は「まだ少し痛いんだけど!」と眉を寄せた。
三回目の行為は「これ、好きかも……」と喜んでくれた。
四回目の行為をしようとしたら「いい加減、休ませてよ!」とまた怒られた。
気付けば0時を過ぎていた。
一人掛けのソファーに座った夜斗の前にサヤが座る。
お互いに裸だから、汗ばんでペタペタくっ付く。
「んっ、んっ、んっ、ぷはぁー! 久しぶりにこんな運動して汗かいたかも! はい、ヨルっち!」
開けたばかりのペットボトルの飲み物が一気に半分近く無くなる。
サヤは後ろに座る夜斗の手を掴み、自分の体を抱きしめさせるように離さない。
「ねえ、ヨルっちみたいにみんな、あんな連続で何回もするもんなの?」
「ん、他の奴のは知らねえけど、5回ぐらいするんじゃねえのか?」
「えー、5回も? みんな体力あるなー。ってことは、まだ平均以下なのか。なんかショック」
「初めてだから気にすんな」
「だね」
絶対に合っていないであろう適当な返しをすると、サヤは夜斗に寄りかかる。
「でも、男に抱かれるのってあんな気持ちだったんだ」
「感想は?」
「んー、悪くはない、むしろ三回目からは気持ち良かったから好きかも。なんか、自分が女だってわからされた気がする」
「なんだそれ」
「あたしってさ、お前って言われるの嫌いじゃん」
「だな。何回も注意された」
「それは、ヨルっちが物忘れ激しいおじいちゃんだから悪いんだけどね。こんな注意しても止めない人、ヨルっちぐらいだもん」
サヤは顔を上げて笑う。
「読モ時代さ、撮影するってなったら、あんま同年代の人いなくて。一緒に撮影する人って年上ばっかだったの。女の先輩は『サヤちゃん、サヤちゃん』って呼んでかわいがってくれたんだけど、男の人はなんでか『お前』って呼んでくること多かったんだよね」
「なんで」
「さあ? 年下の、それも中学生の女の子相手に、お前呼びする俺かっこいいとか思ったんじゃない。あたしのことお前って言う人、みんな無駄にプライド高かったし」
「それでお前って呼ばれるの嫌なのか?」
「んー、それもあるけど少し違うかな。向こうのプライドを傷つけないようあたしが我慢すればいいだけのことだから。たださ、読モ時代にとある先輩モデルと変な噂が流れたわけ、あたしがその先輩の彼女みたいな」
サヤは当時のことを思い出したのか、大きくため息をつく。ただイライラしているというわけでも、悲しんでいるわけでもなく、懐かしい笑い話みたいだ。
「それでその先輩に言ったの。『変な噂出ちゃってすみませーん』って。別に申し訳ないとか思ってないから適当に。そしたら向こうも『お前との噂ならオッケーだよ』って笑ってくれたの。で、話しはそこで終わり、になるはずだったんだけど」
「けど?」
「なんと、その噂を流してたのがその先輩本人だったというオチ。どう、よくある展開でしょ?」
「よくあるかどうかはわからねえけど、なんでその先輩はそんなことしたんだ?」
「さあ? 噂ではその先輩、あたしのこと好きだったんだって。で、その噂を機会にお近づきに……みたいな。というか、そんなことする人の考えなんて理解できないって」
「まあ、そうか」
「でもそれからかな。男の人にお前って呼ばれると、なーんか自分がその人の女にされた感じがして嫌なんだよね。所有物みたいな。別に向こうにはそんなつもりないかもしれないけど、上から目線でイラッてする」
たしかに人の呼び方には感じ方がいくつかある。
名字だと他人。
名前だと親しい間柄。
君だとかお前だとかは、少し上から目線に感じる。
別に呼んでいる方にその気がなくても、受け取る方次第で変わる。
夜斗はなるほどなと相槌を打つ。
「でもさ、ヨルっちとエッチしてるとき何度もお前って呼んだじゃん? その時はなんでか知らないけど、なんとも思わなかった。というより、そう呼ばれるのなんかいいなーって思ったの」
「なんでだ?」
「だからわかんないんだってば。だけどたぶん、ヨルっちに求められてるときに自分の女扱いされるのも、ヨルっちの所有物にされるのも嫌いじゃなかったんだと思う」
「変な性癖に目覚めたか」
「自分でも知らなかったけど、そうかも。意外とMだった?」
ほお、と夜斗は歓喜の声を漏らす。
そのまま豊満な胸に手を運ぶと、優しく揉み始める。
「じゃあ、お前がこう呼ばれるのが好きになったということで──」
だが、その手を叩かれた。
顔だけを振り返らせたサヤは怖いほどにっこりとしていた。
「今はお前って呼ばれるの興奮しないんだよね。むしろイラッとする。たぶん、エッチしてるとき限定だと思うんだ」
「……チッ」
「こら、舌打ちすんな。その代わり、エッチ中は好きに呼んでいいよ。あっ、ただ気のせいかもだから慎重にね」
めんどくさい奴だなと、夜斗は天井を見つめる。
「そういえばさ」
そのままの話の流れで、サヤは聞く。
「ヨルっちって手慣れてたけど、彼女とかいんの?」
「いたらサヤとしてねえだろ」
「……ふぅん」
「あ?」
「なんでもない。でもそう答えんの、なんか意外。彼女いても女遊びするタイプだと思ってた」
「どんな偏見だよ。さすがに彼女いたらしねえよ」
でも、と夜斗は言葉を続ける。
「彼女を作る気はないけどな」
「……ふぅん。それ、やった後にその相手に言う?」
「お前だって付き合うとかよくわかんないって前に言っていただろ」
「だからって……って、またお前って言った」
お腹を肘で突っつかれるかと思ったが、されたのはキスだった。
なぜされたかわからないが、せっかくならと応えて返した。
「ん、ちゅ……はあ、むっ……。で、なんで彼女作る気ないの? 好きな時に好きな相手とできる都合のいい関係のままがいいとか?」
「それだけ聞くと俺、クズ野郎みたいだろ」
「え、ヨルっちクズ野郎じゃん。もしかして自覚無し? それ、底辺クズ野郎だよ?」
「……そこまで言われると、少し傷付くな」
「嘘付くな。どうせ寝たら忘れるでしょ。で、じゃあなんでいらないの?」
「なんでか、か。まあ、親を見てきたからな」
「親? そういえばヨルっちって父子家庭だよね」
夜斗は話すかどうか迷って、サヤの体を抱きしめた。
「俺の両親、高校在学中に俺を産んだんだよ」
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