第40話 いいよ、させてあげる
「まだ食ってんだろ」
「そうだけど、別にいいじゃん。ジュース奢るから」
「いや、ドリンクバーあるんだが」
目の前の肉たちとの死闘に夢中な夜斗。
気付くとこのテーブルには二人以外おらず、網で焼かれているのも夜斗の肉ばかりだ。
「じゃあ、食べ終わったら?」
「食べ終わったらだ。ほら、いいからお前も食え、美味いぞ」
ぎっとぎとの脂身の肉を取り皿に乗せられ、サヤは「ねえ、野菜は?」と聞く。
「野菜は後。まずは肉だ」
「よくそんなにお肉ばっか食べれるね。じかも脂身多いし」
それからも夜斗はお肉に食らいつく。
定員も忙しいらしく空いた皿が回収されないので、気付いたら何段にも積み上がっていた。
他のクラスメイトより何倍も食べるわんぱく小僧を見ていると、つい笑えてきた。
「仕方ないなあ、あたしが焼いてあげるから食べるのに集中していいよ」
「いや、お前も食えって」
「あたしもちょこちょこつまみ食いするから大丈夫。あと、お前って言うなって何度も言ってるでしょ」
さっきまで苛立ちとか嫉妬で一杯だったのに、お肉を頬張る夜斗を見ていると段々薄れていく。
いつになったらお腹一杯になるのか、それを見守るのが楽しくなっていた。
「美味しい?」
「ああ」
この時のサヤは、夜斗が時間制限ぎりぎりまで食い続けるとも、自分が永遠に焼かされ続けるとも思ってもいなかった。
♦
「いいか、明日は学校休みだからって寄り道しないで真っ直ぐ帰るんだぞ」
お店の前で担任の先生が言う。
生徒たちは「はい!」と素直に頷く。
おそらく先生も、この後に友人同士で遊びに行く者もいるだろうと勘付いているはずだ。けれどこれ以上は業務外。一人一人帰ったのを確認するなんて無理だ。
教師として建前で注意したが、一回の注意以上は何も言わなかった。
生徒たちはそれぞれ一度は解散する。
この後どこかで待ち合わせして再会する段取りがついているのだろう。
もちろん、夜斗にそんな二次会の誘いは来ていない。
「いっぱい食べた? もう満足?」
「時間がなくてデザート食えなかったのが心残りだな」
「まったく。あたしが『デザートはいいの?』って聞いたときに頼まないから」
元より一人で黙々と食べ放題を満喫する予定だった夜斗。
そんな食べるだけの退屈な男と一緒にいたがる変わり者のサヤは、今日はなぜか距離が近い。
今も夜斗の腕を組んで離してくれない。
「なあ」
「ん?」
何度注意しても、その時は離れるが少しして気付いたら腕を組まれる。
注意するのも馬鹿らしくなる。だが、クラスメイトの視線はずっと痛い。夜斗の耳には届かないが、何か噂されているのはわかった。
「行くぞ」
「えっ、待ってよ」
これ以上ここにいても何かあるわけではない。
夜斗は目的地も知らず歩き始めた。
背中を向けたとき、優枝と目が合った気がする。
「ん、忘れ物か?」
隣を見ると、サヤが顔だけを後ろに向けていたのに気付いた。
だが彼女は前を向くと「ううん、なんでもない」と、なんだか機嫌良さそうに笑っていた。
「変な奴だな」
「ヨルっちほどじゃないよ。あっ、目的地はこっちね」
「目的地なんてあんのか。これ何処に向かってんだ?」
「秘密。着いたらわかるよ」
言われるがままに足を運ばせる。
お店が建ち並ぶ明るい街中から外れ、暗い路地裏を進む。
この道に見覚えがあった。
「ここ……」
「そう、お姉のお店。行こっ」
組んでいた腕を離され、今度は手を掴まれる。
そういえば体育祭でシュウとあまり話せなかった。
体育祭の話をあの居心地のいいお店でできるのは少し楽しみだった。
だが、お店の前の看板に明かりは付いておらず、普段は開いているはずの扉の鍵をサヤが開けた。
「今日は休みなのか?」
「ねえ、前に今日は休みだって話したよね? お姉が体育祭見に来たいって、それでお店休みにしたって」
「ああ、そういえばそんなこと言っていたな」
「もう、ヨルっちってすぐ忘れるよね」
お店の電気を付け、そのまま休憩室へ。
サヤは休憩室の冷蔵庫からペットボトルのコーラを二つ取り出す。
「はい」
「ああ、ありがとう。えっと金……」
「いいよ、別に。飲んだことお姉に内緒にしておくから」
「そうか。じゃあ」
「乾杯!」
いつもは店内の声やBGMがこの休憩室まで聞こえてくる。けれど今日は静かで、サヤの喉を鳴らしてコーラを飲む音が聞こえる。
営業時間外のスナックの裏側みたいで、なんか新鮮だ。
「シュウさんは俺たちがここに来ること知ってんのか?」
「ん、知らない。でもなんとなく察してんじゃない?」
「察してる?」
「そっ、今日はヨルっちと夜遊びするからお姉の家に泊めてって言ったから。ちなみのこれ、うちの親へのアリバイ作りね」
「もしかして、シュウさんのとこ泊まるって親に言ったのか?」
「そういうこと。夜遊びしたいときとか、お姉のとこ泊まるってアリバイに使うの。ちなみにお姉、モデルの彼女さんと同棲してんだよ」
サヤは自分のことのように誇らしげに言う。
あれほどのイケメンならいて当然だとは思う。
「だから今日はさ、時間とか気にしなくていいから」
サヤはそう言うと、夜斗の裾を掴む。
どうした、と聞いても摘まむように引っ張るだけで何も言わない。
立ち上がると、そのままサヤお気に入りの一人掛けのソファーに座らされた。
「サヤ、どうした?」
「約束、覚えてる?」
「約束?」
「物忘れ激しいおじいちゃんなのは知ってるけど……このことを忘れたとか、言わせないから」
夜斗の脚と、ソファーの肘置きの隙間。
サヤはそこに片脚を入れ、もう片方の脚も入れる。
夜斗の太股を彼女がお尻を撫でるように跨り、頬を赤く染めた彼女は一気に上の服を脱ぐ。
「活躍したら、おっぱい触らせてあげるって。思い出した?」
「別に忘れてたわけじゃねえよ、ただいきなりだから驚いただけだ」
「ふぅん、じゃあそういうことにしといてあげる。……ねえ、触りたい?」
下着姿のサヤは、夜斗の肩に手を置く。
派手な赤と黒のブラに包まれた胸は、微かに汗で艶がかっていた。
サヤの荒くなった呼吸と合わせて上下に動くそれを見て、夜斗ははっきりと答える。
「ああ、触りたい」
「こうもはっきり言われると、なんか照れる。どれぐらい触りたい?」
「どれぐらいって──」
「──今、あたしのおっぱいを一番触りたい? 他の女じゃなくて、あたしの」
夜斗に跨り、部屋の明かりに背を向けたサヤの表情は暗い。
ふざけているだとか、からかっているのとは違う、真剣に聞いているようだった。
どうしていきなり。そう思ったが、深く考えるのを止めた。
「ああ、お前のが触りたい」
「……変態」
「いきなり俺のこと押し倒したやつに言われたくねえよ」
「別に、押し倒したわけじゃ──あんっ!」
サヤの軽い体を抱きかかえテーブルに寝かせる。
「人のこと誘ったんだから、覚悟できてんだろ?」
「覚悟って、その……一応言っておくけど、触っていいのは、その」
普段の彼女らしくない動揺した表情。
揺れた瞳が夜斗を見つめ、だがすぐに背け、また見つめる。
弱々しい彼女を見せられて「やっぱなし」は通用しない。
「あたし、その、処女だから……」
「そうか、それは楽しみだな」
「ちょ、楽しみって。……したいの?」
「当たり前だ」
「あたしと?」
「ああ」
「じゃあ」
サヤは嬉しそうに微笑み、夜斗へと両手を伸ばす。
「いいよ、させてあげる」
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