第12話 夜遊びサヤちゃん




 家を出るとき雨奈から「今日も泊まっていけないの? お母さん、帰ってこないんだけど……」と悲しがられた。

 今日ばかりは泊まっても良かったかもしれない。そう、家に帰ってから思った。

 なにせ優枝の機嫌はまだ直っておらず、むしろ悪化しているような気がしたからだ。


 ──なんで朝起こさなかったんだよ。

 ──起こさないといけない約束なんてしてないから。


 そんな会話をしていると、同じ空間にいるのがめんどくさくなった。

 なぜ家主が出て行かなければいけないのかとも思うが、彼女にはここしか居場所がないのを知っているので仕方ない。

 結果、夜斗は20時に家を出て夜の街をさまよっていた。


 煌びやかに光り輝く街並み。

 夜斗の住んでいた地元であればとっくにほとんどの店は閉まり、まばらに並んだ街灯の輝きしかなかった。

 だがここは違う。

 昼間と同じ場所なのに、全く異なる大人の世界に変貌していた。




「この時間でも制服の奴いんだな」




 そこにはまだ大人になりきれていない学生もちらほらいた。

 様々な見た目の男たちに声をかけられた女子は迷う素振りも見せず付いて行く。

 おそらく遊び慣れているのだろう。




「来てみたはいいが、やることねえな」




 元から何かしたいことがあるわけではなかった。

 来てみたら何か面白いものが見つかると思ったが、それもなさそうだ。

 夜斗は適当なとこに座り、スマホを取り出す。


 雨奈の家にでも転がり込むか。

 高一ながら腐った発想だなと笑う。




「あれ、きみ……」




 そんなときだった。

 お洒落な飲み物を手にした彼女は、夜斗の前で足を止めた。


 顔を上げると目が合った。

 明かりに照らされて光輝く金色の長髪が風で靡く。

 160ほどの身長で細身な体型だが、ブラウスの胸元を開けた先には、派手な色合いのブラに包まれた豊満な谷間が見える。


 彼女は立ち止まったまま、切れ長な目で夜斗をジッと見つめていた。


 …………。


 ……。


 こちらを見たまま数秒ほど固まる彼女。




「なんだよ」


「え、あー、うん。名前、なんだっけ?」


「は?」


「同じクラスだよね。でもごめん、人の名前覚えるの苦手でさ」




 なんだコイツと思ったが、夜斗も彼女のことをクラスメイトだとはわかるものの名前は憶えていなかった。

 お互い様だと、ため息混じりに答える。




「来栖」


「来栖くん? 下は?」


「夜斗」


「よると、ヨルト……へえ、変わった名前だね」


「そうだな。で、そっちは?」


「あたしは西門にしかどサヤ。ヨルっち、なんでこんなとこいんの?」


「ヨルっち……」




 初めてそんな呼び方をされた、それも初めて話した相手に。

 サヤは目の前に立つと、ストローに口を付ける。




「特に理由はねえよ。ただの散歩だ」


「へえ、そうなんだ。でもここ、パパ活女子の縄張りだから離れた方がいいよ」


「は?」




 言われて思ったが、夜斗の周辺にやたらと着飾った女性が多かった。

 待ち合わせ場所か何かだと思っていたが、そういうことだったのかと気付く。




「あっ、もしかしてヨルっちもパパ活中だった? じゃあ声かけて、ごめん」


「んなわけねえだろ」




 この場を離れようと歩き出すと、サヤは静かに笑った。




「どこ行くの?」


「適当にぶらつくだけだ」


「へえ、じゃあ付いてこっと」




 なんでだよ、と言うよりも早く既に隣を歩いていた。




「よくここら辺、来るのか?」


「んー、毎日いるかな。目的もなく、ぶらーんぶらーんって。ヨルっちは……初めてっぽそうだね。パパ活女子の縄張り知らなかったし」


「ああ」


「いいでしょ、ここ。うっさくて」


「うるさすぎだろ」




 宣伝車が騒音を鳴らし、そこら辺を徘徊する酔っぱらいが叫び続ける。

 どの店が一番賑わっているかを背比べしているようにあちこちのビルが輝く街並みは、夜斗にとってはネガティブな感想しか抱かない。

 だけどサヤは、そのネガティブな部分を気にいっているようだ。




「そこがいいんじゃん。明るい場所の空気を吸ってると、こっちも明るい気分になんない?」


「別にならないが」


「ふぅん。じゃあ、あたしのオススメポイント紹介してあげる」


「オススメ? いや、別に」


「はい、行くよー」




 夜斗の返事を無視して前を歩き始めたサヤ。

 動かないでいると振り返り、ストローに口を付けながら永遠に手招きしてくる。

 変なのに捕まったと思いながらも、やることのない夜斗は付いて行くことにした。




「何処に行くんだ?」


「付いて来たらわかるよ。もしかしてヨルっち、見た目と違って意外と細かい系男子なの?」


「見た目は関係ないだろ。ってか、お前、こんな時間に出歩いて補導とかされないのか?」


「お前じゃない。サヤ。はい、呼んで」


「あ? ……サヤ。これでいいか?」


「よくできました。お前って言われるの嫌いなんだよねー」


「はあ。で?」


「ん、なんの話してたっけ?」




 マイペースなのか自由奔放なのか。

 どちらにしろ彼女のペースで話すのは避けられないようだ。




「補導」


「あー、そうそう。ないよ、この時間ならまだね」


「この時間?」


「ヨルっちも見たでしょ。そこら中に制服着た子がうじゃうじゃいるの。そんな子一人一人相手してたらおまわりさんも大変でしょ」


「まあ、そうだな」


「だからよっぽどヤバそうな感じじゃなければ見逃がしてくれたりする。でも、すれ違ったらさすがにアウトね。職質されちゃうから」


「しかも俺たち制服だしな」


「そうそう……っと、噂をすれば」




 大きく広がった歩行者道を歩いていると、前の方から二名の警官がこちらを歩いてくるのが見えた。




「ヨルっち、こっち」




 小道に入っていくサヤに付いて行く。

 広いところから一本外れると、急に薄暗くダークな雰囲気に変わる。

 危ない取引がされていそうな廃れた裏道を、サヤは堂々と歩いて行く。




「お前、こういうこと慣れてんだな」


「……」


「おい?」


「……」


「……サヤ」


「ん、なんか言った?」


「はあ。慣れてんだな、こういうこと」


「まあね。今みたいなおまわりさんとのかくれんぼもプロ並みだよ」




 振り返った彼女はニッと笑う。

 どうやらサヤの夜遊び講座はまだまだ序の口のようだ。





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