第13話 モデルと不良と野良猫サンポ




「っと、ここら辺にはおまわりさんいないね」




 裏道を少し歩いて表に出る。

 居酒屋や風俗店のキャッチが客引きしている横を、サヤは堂々と通り抜けていく。

 すると、一人のキャッチがサヤに視線を向けた。




「おっ、サヤちゃん! 今日も散歩?」


「そっ、散歩中。でも今日は新入りの野良猫に道案内してんの」


「野良猫? ……ほお」




 キャッチの男は夜斗を見る。

 普段は夜斗を見ただけでも目を逸らして逃げていく者ばかりなのに、男は感心したように何度も頷く。




「君、デカいね。高校生?」


「そうですけど」


「どう、うちでバイトしない? 君みたいな背高いのちょうど欲しかったんだよね!」


「いや、俺は」


「はいはい、勧誘禁止! 条例違反!」




 キャッチからの謎のバイト斡旋されていると、サヤが看板を叩く。


『街中での客引きは条例で禁止されています』


 その看板を見て、男は腕を組んで笑う。




「これは客引きじゃない、スカウト! スカウトはオッケーなの」


「ダメダメ! というか、彼まだ高一なんだから!」


「えっ、高一!? マジ? 超有望じゃん……どう、うちで働かない? 普通に働くよりずっと給料いいよ?」


「こら!」


「うっ……サヤちゃんの前だと厳しそうだなあ。じゃあこれ、もし働きたくなったら連絡して。週一とかでもオッケーだから!」




 キャッチの男から強引に名刺を受け取る。




「ヨルっち、ああいうのに耳貸したらダメだよ?」


「そうか? いい奴っぽかったが」


「当ったり前じゃん。表ではああやってニコニコしてんの。ただでさえ煙たがられてる客引きが、知り合い相手でも横柄な態度取るわけないでしょ? もしそれをお客さんに見られたら逃げられちゃうじゃん」


「まあ、そうだな」


「だからこうして顔見知りにもニコニコすんの。ちなみにあたし、あいつに風俗で働かないかって何回も誘われたから」


「マジ?」


「マジマジ。ここでは優しい言葉と胡散臭い笑顔には気を付けなよ」


「ああ、そうす──」


「──あれ、サヤちゃーん!」




 と、数歩動いただけでまた声をかけられた。

 今度はホスト風の男だった。




「なにしてんの?」


「いつも通りふらーって。そっちこそ何してんの。指名入ってないの?」


「そうそう、それで店長から女連れて来いって言われちゃってさあ。あっ、サヤちゃんどう? これからうちで飲まない? サヤちゃんには特別で安くするよ?」


「いや、あたし高校生。誘わないで」


「残念。って、え!? サヤちゃんが男といるなんて珍しい! なになに彼氏?」


「違う。夜の街の新人野良猫。夜の厳しさを教え込んでんの」


「へえ」




 ホストの男は客にならないサヤにはそこまで興味なかったのか、早々と見切りをつけて夜斗の全身をチェックする。




「君、いくつ?」


「……15ですけど」


「15!? 15でそんなデカいの? マジか……え、君、ホストとか興味ない? うちで──」


「──はいはい、15歳はお酒飲めないのでホストにはなれません! いくよ、ヨルっち」




 サヤに背中を押されて前へ。

 ホストの男から胸ポケットに何かを入れられ「もし稼ぎたくなったら言って、俺いつでも店長に紹介するから」と言われた。




「今のも知り合いか?」


「知り合いといえば知り合いだけど。ヨルっち、さっき入れられた名刺、帰ったらすぐ捨てるんだよ」


「あれも誘いに乗ったらマズいのか?」


「マズいね。あいつに連絡したら、ヨルっちのことをあいつがお店に紹介する。で、ヨルっちが無事にホストとして稼げるようになったら、紹介料としてあいつの懐にいくらか入る。稼げなかったら、まあ、雑用として先輩面したあいつにコキ使われる」


「あの笑顔と善意の裏にも、めんどくせえ下心があんだな」




 貰ったばかりの二枚の名刺を手に取り握りつぶす。

 それを見ていたサヤは「よくできました」と何度も頷く。




「優しい言葉には裏がある。学生には難しいね」 


「だな。じゃあお前の……サヤのこの優しさにも裏があんのか?」


「え? あー、そうなっちゃうか」




 隣を歩くサヤは、んーと唸りながら考え込む。




「ない、って言ったら余計に胡散臭くなっちゃうか。んー、何か考えよっ」


「なんだそれ」


「あれだ。あたしの話相手にしたかったってことで」


「話相手か。それだったら他にいんじゃないのか? クラスに仲いい奴いただろ」





 優枝の周りに集まる生徒たちからは、サヤたちのグループは西門グループなんて呼ばれていた。

 サヤが学校にいるときはよくその彼女らと一緒にいる。だから仲がいいのだと思っていたが。




「あー、あいつらね」




 夜風に黄金の髪を靡かせたサヤは、少しだけ冷めた表情に見えた。




「あれ、別に友達じゃないから」


「そうなのか?」


「そう。よく一緒にいる。よく話してる。そういうのが友達って言うなら、まあ、友達なんだろうけど。もしそうなら、あたしは別に友達なんていらないかな」


「……嫌いなのか?」


「んー、嫌いというか興味ない。好きじゃない。だってあいつらがあたしと一緒にいるのって、別にあたしと一緒にいるのが楽しいとかじゃないから。ただ、あたしにいろんなのが集まってくるから一緒にいるだけなのさ」




 難解な答えに返事が遅れると、サヤはスマホを取り出し画面を夜斗に見せる。


 画像に映っていたのは、昼の街中で堂々とポーズを決める女性だった。

 モデルのようにスラッと長く細い脚に、魅力的な胸元。

 糸のように細く綺麗な金色の髪に、長く一本一本が上を向いたまつ毛。

 スマホの小さい画像でも見惚れるほど綺麗な立ち姿。そして、その画像の人物がサヤだとすぐわかった。




「これ、サヤか?」


「そっ、読モ時代のね」


「ドクモ?」


「ドコモの親戚じゃないから。読モ、読者モデル」




 名前を聞いてもパッと内容が浮かばなかった。

 そんな夜斗の表情を見て、サヤははっきりと呆れた様子だった。




「もしかして、読者モデルのこと知らない?」


「モデルなら知っているが、読者モデルってのはよくわからんな」


「ヨルっちってさ、もしかしてタイムスリップしてきた? その見た目で読モしらないって……」


「俺の見た目が関係あんのか?」


「あー、はいはい。ヨルっちが見た目に反して流行とかに疎いってのはよくわかったよ」




 それから、サヤは流行のずっと後方で匍匐前進している夜斗に読モについて優しく教えてくれた。




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