第16話 この感じが好き




 ここはキャバクラでもガールズバーでもなく、スナックだ。

 そもそもキャバクラにカウンター席はなく、ガールズバーにはテーブル席がない。

 年齢は20代前半といった感じの色気ある服装のキャストが3名。

 そんな彼女たちとは異なったオーラのあるのが、サヤがオネエと呼んだ人物だった。

 ドレスでも肌を露出した服でもなく、高身長の者しか着れないレザージャケットにジーンズ。


 一目で男性だとわかったが、男性にしては綺麗すぎた。


 その人物は丸イスから立ちあがると、ゆっくりと夜斗へと近付き、足の先から頭の天辺までを吟味するようにじっくり観察する。




「いくつ?」


「え……」


「君、いくつなの?」


「……15、ですけど」


「へえ、その年でもう完成されてるのね」




 真剣な表情のまま夜斗の腰や腕を触る男性。

 身長は夜斗も大きい方だが、目の前の男性は同じくらい大きい。

 鍛えた感じのがちムチ系ではなく細身で、顔は薄く化粧をしているものの男でも羨むほどのイケメンだ。

 想像しやすいオネエ像というよりは、ファッション的なオネエに見える。




「うん、いいわね。合格よ」


「は、合格?」


「そっ、合格。サヤ、いい男見つけてきたじゃない」




 男性はサヤに向かって軽くウインクする。




「でしょー。って、そういう意味の紹介じゃないから」


「あらそうなの? 今まで一度も男を連れて来ないあんたがお店に来て『紹介したい人がいる』なんて言うから、てっきりあんたの男だと思ったんだけど」


「残念でした。ヨルっちはお友達ですー。いこっ、ヨルっち」




 サヤに空いたテーブル席へと引っ張って連れて行かれる。




「あれれ、サヤちゃんがお店に男を連れ込むなんて珍しいね!」


「違いますー」




 他のキャストの女性が、サヤと夜斗を見てニヤニヤする。




「え、サヤちゃんが、俺のサヤちゃんが男を!? 彼氏、ってコト……ッ!」


「お客さんのサヤじゃないです!」


「わあ、サヤちゃんいい男見つけたね!」


「だから違うってばあ!」




 既に飲んでいた客のサラリーマンらしき中年男性と若い女性たちが謎の盛り上がりをみせる。

 そして店中の注目を集めながら、テーブル席のソファーに腰掛ける。

 サヤから「はい」とおしぼりを渡され、置いてあったコップにトングで氷を突っ込む。




「なに飲む?」


「え、ああ、水で」


「お冷? こういうお店でお冷だけ注文すんの?」


「じゃあ、コーラで」


「はーい」




 状況が掴めなくて困惑している夜斗を置いて、サヤはコップにコーラを注いでいく。




「じゃあ、乾杯しよっか」


「あ、ああ」


「かんぱーい!」




 コーラを飲んで一息つく。

 キャストは女性で、どこにでもあるスナックだ。

 ただ客層は男性だけというよりは女性もいる。むしろ今の比率だけ見れば女性の方が多い。

 そして、スナック菓子を持ってきてくれた男性はサヤの隣に座る。




「サヤ、はいお菓子」


「ありがと」


「今はいいけど、団体のお客さんが来たら奥の休憩室に移動しなさいよ?」


「えー、あたしもお客さんだよ?」


「お金を落とさないがきんちょはお客さんって言わないのよ。それより」




 サヤの隣に座った男性はお酒の注がれたグラスを前に出す。

 乾杯の合図だと思い、夜斗も手に持っていたグラスを前に出し突き合わせる。




「はじめまして、わたしはこの子の兄のシュウよ。よろしくね」


「兄?」


「そう、兄。一応言っておくけど、姉じゃないわよ?」


「そうなんですね。サヤがお姉って呼んでいたので」


「この子が勝手に言っているだけで、別にそっちの人間ってわけでもないのよ」


「だってその喋り方でお兄って呼ぶのも変じゃん。だったらお姉でいいかなって」


「まったく。夜斗くん、この恰好と喋り方は職業病みたいなものだから気にしないで」




 ウインクされ、苦笑いを浮かべる夜斗。




「お姉、彼はクラスメイトのヨルっち!」


「紹介するならちゃんとフルネームでしなさい」


「え、あー、あれ。フルネームなんだっけ?」


「この子は……」


「来栖夜斗です」


「ふふ、妹が迷惑かけてごめんね。よろしく、夜斗くん」


「迷惑って失礼な。別に迷惑なんてかけてないよ。ねえ、ヨルっち」


「そうやって圧力をかけて聞く時点で迷惑かけてるのよ。まったく」




 姉妹? 兄妹?

 兄妹で合っているのだろうが、本当に仲良しなのが見て伝わる。

 それにシュウといるサヤは、学校や夜斗に見せる彼女とは少し違った、どこか幼い妹の印象を受ける。




「ここはわたしのお店だからくつろいでちょうだい。なんならカラオケ使ってもいいわよ?」


「いや、俺は」


「えー、いいじゃん歌ってよ! あっ、もし一人で歌うのが恥ずかしいとかなら一緒に歌う?」


「それは遠慮しておく。どうせ俺が知ってる曲とか歌わないだろ」


「わかんないよ? ねえねえ、いっつもどんなの歌うの?」




 デンモクを持ち隣に座るサヤ。

 歌う気はないが「ねえねえ」としつこいので、こういう曲を歌うと教えると。




「うわ、古いなー! さすがおじいちゃん」


「うるせえ、最近のは知らないんだよ」


「だからってこれ、あたしのお父さんお母さん世代のじゃん。お姉、知ってる?」


「どれどれ。あらこれ、いい曲よね。お客さんとよく一緒に歌うわよ?」


「え、そうなの?」


「でもこれ、わたしの少し上の世代の曲よね。よく知ってるわね?」


「親父によくこういうお店に連れて来られて、常連のおっさんが歌っているのを聞いていたら覚えたんです」




 田舎にも夜遅くまで開いているお店はある、それがスナックだ。

 とはいえ都会のスナックと違い、言い方は悪いがキャストの質はそこまで良くはない。

 なにせ自分に自信のある女性は、客があまり来ない田舎ではなくより稼げる都会へさっさと出て行ってしまう。


 そんな田舎のスナックに、夜斗は毎晩のように父親に連れて行かれていた。




「へえ、ヨルっち子供の時からスナック通いしてたんだ。不良じゃん」


「不良って。ただ飯食いに行っていただけだ」


「ご飯?」


「うち母親がいなかったから、親父が飯作る代わりに連れて行かれてたんだよ。ガキに飯食わせつつ、自分は酒呑んでカラオケで歌える。一石二鳥だろ?」




 夜斗の父親はよく「今日もスナックに連れて行ってやる! 毎日、外食できていいだろ!」と恩着せがましく言うが、今思うと自分がただスナックに行きたかっただけなのだろう。




「なるほど、ヨルっちのお父さん頭いいね」


「どこがだよ。給料のほとんどをスナック代に溶かしていたんだぞ」


「それは、うん……」


「でもまあ、楽しかったな。仕事とかでこっちに来た知らない人と話したりすんの」


「いいよね、知らない人と喋るの。どうせ今後は関わらないから気兼ねなく話せる」


「ああ。だが常連はうっせえけどな」


「そうそう。常連はすぐデカい顔する」


「こら、サヤ。その常連さんがちらちらこっち見てるから止めなさい!」




 さっきの中年男性がチワワのように潤んだ瞳でサヤの方を見る。




「サヤちゃん、それおじさんのコト……?」


「ふふん。どうかな?」


「愛想笑い!? サヤちゃん……」




 狭い部屋。酔っぱらいの客。

 誰も気を使わず、さっきまで他人だった人と笑いながら会話する。

 この適当な感じを、夜斗は懐かしいと思った。




「もう、ヨルっちが変なこと言うから、あのちいかわおじさん泣いちゃったじゃん!」


「俺はなんも言ってねえよ。ってか、指差すなって」


「わァ……ァ……」


「もう社長! ちいかわ系おじさんは需要ないから止めましょう? ねっ?」




 連れの女性たちが笑いながら慰める。

 その様子を見ていたサヤはクスクスと笑いながら、夜斗の肩を何度も叩く。

 釣られて笑っていると、シュウと目が合った。

 彼はサヤの楽し気な表情を見て、兄とも姉とも言える優しい表情で微笑んでいた。





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