第17話 隠れ家で彼女と
常連と話をしたり、サヤとシュウと話をしたり。
時にはサヤに無理矢理カラオケに誘われて歌った。
団体客が来ればカウンター席に移動して、一人や二人の客が来れば今度はテーブル席に移動する。
この店の店長であるシュウは制服姿のガキがいても何も言わず、客たちも夜斗たちのことを煙たがる様子はない。
このお店は裏路地の奥という立地も影響してか一見の客よりも、何度も来る常連やその紹介で来る客が多く感じた。
そして、時間が経つにつれ客も増え、混み始めた。
「じゃーん、ここがあたしの隠れ家!」
サヤに呼ばれ、二人は店の奥──休憩室へ。
「俺が入って大丈夫なのか?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ここ休憩室だけど、そんな使ってないから。お姉もキャストの子も、休憩の時でも向こうで休んでること多いんだよね」
それは休憩と呼べるのか?
そう思ったが、このお店はかなり緩い方だと思った。
客とキャストが良い意味でフレンドリーで、接客中にスマホを触っているのを何度も見た。
来慣れた客が多くて、変に気を使わないのが理由だろう。
そこまで広くはない普通の休憩室。
長テーブルに丸イス。あとは無駄に幅を取る一人掛けのソファー。
キャスト用のロッカーはあるが数も少なく、無造作に開けっ放しにされたロッカーの中には読み終わった雑誌なんかが置かれていた。
「ここ、あたしの特等席!」
そう言って、サヤはソファーに座った。
周囲に散乱している雑誌も、彼女が読んだ物なのだろうか。
「学校行かない日とか、よくここで時間潰してんの」
「それは営業中ってことか?」
「ううん、営業外。朝から。いってきまーすして、真っ直ぐここ。もちろん、お姉とかいないから一人でね」
夜のみの営業が基本のスナックなので、シュウやキャストが昼間にいないのは当たり前だ。
学校に行かず一人で街をぶらぶらしているのかと思っていたが、どうやら落ち着ける場所があるようだ。
「お菓子食べ放題に、ジュース飲み放題。どう、羨ましい?」
「まあ、それだけを聞くと羨ましいな。毎日ここにいんのか?」
「うん、そう!」
「飽きたりしないのか?」
ここには雑誌があるだけで他に暇を潰せるものはない。
朝から一日中ここにいるのは退屈じゃないか。そう思ったのだが、
「飽きたら外にふらーって。一人でカラオケ行ったり、ゲーセン見てたり」
「なるほど」
「まあ、学校に行くよりは少しだけマシかなって。眠たくなったらほら、こうやって緩く座って寝ればいいし」
溶けるように座ったサヤ。
前に夜斗が座っているのが見えていないのか。
微かに開いた脚に短くしたスカートのため、見えてはいけないものが見えた。
「見てるねー」
と、にやりとしたサヤと目が合う。
「見てねえよ」
「ほんと? 視線を感じたんだけど。ほんとに見てない?」
「ああ」
「ふぅん、ヨルっちなら見てもいいのに。ほら」
ソファーに座った彼女は更に緩く座ると、白い太股をゆっくりと開く。
見ていないと誤魔化した夜斗だったが、徐々に開いていく脚に自然と注意が向く。
「あ、見た?」
「見せてんだろ」
「あはっ。うん、見せた。パンツぐらい別にいいかなって。ヨルっちには特別にいくらでも見せてあげる」
おもちゃを見つけたかのように、サヤは悪い笑みを浮かべながら夜斗を誘う。
夜斗はため息をつきながら顔を背ける。
「ヨルっちって面白いよね」
「どこがだよ」
「うーん、無口そうに見えてお喋りさんなとことか、見た目はオラオラ系の不良なくせに意外と優しいとことか」
「なんだそれ。それのどこが面白いんだよ」
「うーん、それもそっか。でも、あたしと同じ感じがするのがいいなって。ぼっち同士、仲良くしよっ?」
ぼっちというのは学校でのことなんかを言っているのだろう。
確かに学校での夜斗は一人だし、本来のサヤも一人だ。
似た者同士。波長が合ったから、サヤは夜斗を気に行ったのか。
「ぼっちって言われるのは気に食わないが」
「あはっ、事実じゃん」
彼女は楽しそうに笑う。
それから少し話して、夜斗は時計を見る。
「もうこんな時間か。そろそろ帰るかな」
「えー、もう帰るの? 別にまだいいじゃん!」
昨夜は止められなかったが、今日はなぜか止められた。
「まだって、もうこんな時間だぞ」
「そうだけど。そうだけどー。あとちょっと。ねっ?」
立ち上がり帰り支度をする夜斗を止めようとサヤが駆け寄ってくる。
だが急に立ち上がり走ったことでふらついたのか、転びそうになった。
「っと、大丈夫か?」
「あ、うん……ありがと」
抱きかかえるように支えると、サヤは珍しく恥ずかしそうに小さな声を漏らす。
まるで少女のような反応に、夜斗はつい笑ってしまった。
「ちょ、なに笑ってんのさ」
「いや、さっき俺にパンツ見せてきた奴とは別人みたいな反応してっから、ついな」
「こ、こういう、いきなりのはアレなの。女の子には反則なの」
「はあ、そうなの。で、もう一人で立てるか?」
サヤの両手が夜斗にしがみついているから離れられなかった。
だから聞いた。だが、サヤはその手を離さなかった。
「あ、うん、その……」
「どうした?」
声が小さくてよく聞こえなかった。
身長差もあったため、夜斗は彼女の顔の側に自分の顔を持って行く。
「え、あ、ううん! なんでも、なんでもない!」
サヤは何か言いたげな様子だったが、慌てて夜斗から離れた。
顔を真っ赤にした彼女は、そこまで暑くもないのにパタパタと手で顔をあおぐ。
「そ、それより、ヨルっちの髪の匂い、いいねっ!」
「いきなりなんだよ」
「シャンプー、なに使ってんの!?」
「名前は忘れたけど、地元の後輩に紹介してもらったやつだな」
「へえ、そうなんだ。うん、この匂い好きかも。ねえ、教えて。あたしも使いたい」
「男性用だけどいいのか?」
「えー、そうなんだ、残念。じゃあヨルっちの匂いを嗅いで我慢しよっと」
サヤは背伸びして夜斗の匂いを嗅ごうとするが、その仕草はキスするようで二人の顔が近付く。
「あ……」
寸前のところでサヤは気付き、目が合う。
その可愛らしい反応に、夜斗自身も少し恥ずかしいと思い逃げた。
「じゃあ、俺は帰るぞ」
「え、ああ、うん。やっぱ帰っちゃうんだ。あっ、そうだ」
サヤが手を叩く。
「ヨルっちも学校行きたくないときとか、ここ使ってもいいよ?」
「ここ? ここって休憩室のことか?」
「そっ。今まで他の人をここに入れたことないけど、ヨルっちと話したり一緒の時間を過ごすのは変に気を使ったりしなくていいし楽しいから特別。カギはあたし持ってるから、メッセージしてくれたらいつでもどうぞ。」
家に一人でいるのとそこまで変わらないので、正直なとこ魅力的とは言えない誘いだった。
「考えておく」
「あっ、それ絶対に来ないやつ。あたし、行けたら行くと考えておくは信じないことにしてるんだー」
「俺も同じだ」
「じゃあ言わないでよ、まったく! まあ、また来てよ。一人でいるより、ヨルっちとお喋りしてる方が楽しいからさ」
そう言うなら学校に来いと思ったが、そういうことではないのだろう。
夜斗は短く「ああ」と返事をすると、休憩室を出て行く。
サヤに見送りされると、カウンター席にいたシュウに声をかけられた。
「あら、もう帰るの?」
「はい。明日も学校なので」
「へえ、偉いのね。サヤも夜斗くんを見習ってほしいのだけど?」
「ふん、あたしはヨルっちみたくエセ不良にはならないの!」
「まったく。夜斗くん、また遊びに来てね」
「ありがとうございます。じゃあ、これで」
「バイバイ、ヨルっち。また夜に!」
手を振るサヤ。
彼女はきっと、明日も学校に来ないのだろう。
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