第18話 怒ってる理由




「ただいま……って」




 玄関の扉を開けると、真っ暗な部屋でタブレットを見つめる優枝。

 無表情でペンシルを持つ彼女を見て、夜斗は大きくため息をつく。




「電気、付けるぞ」




 返事がなかったので勝手に付けた。

 明るくなった部屋。優枝はビクッと反応するとこちらを見る。




「帰ってたのね」


「気付かなかったのか?」


「少し集中してたから。……ご飯は?」


「いや、いい。お前は? 食ったのか?」


「まだ」


「そうか」




 夜斗はささっと着替えを済ませるとキッチンに立つ。




「何か作ってやるよ」




 優枝が家に来てから今まで、夜斗が料理をすることはなかった。

 別に料理ができないわけではない。ただ、何も言わなくても優枝が料理してくれるからしないだけだ。

 見栄えは良くないが、味はいいと思っている。




「え、あなたが?」


「そんな状態のお前が自分で何か作って食うとも、まともな料理できるとも思わねえからな」




 キッチンで手を洗いながら話すが、優枝からの返事はない。

 部屋の中に沈黙が生まれる。

 夜斗はその空気に堪えられず、鞄からある物を取り出す。




「これ、やるよ」


「え、これって……」




 それはアニメのブルーレイディスクだった。

 中古ではなく発売されたばかりの初回生産版らしく、かなりいい値がした。




「お前、前にこれ欲しいって言っていただろ」


「言った。もしかして、覚えてくれてたの?」


「まあな。そういうの売ってるお店にたまたま立ち寄ったらあったんだよ」


「たまたま立ち寄った?」




 夜斗を見て首を傾げる優枝。




「あなた、CDショップとかアニメショップなんて行かないでしょ」


「……だから、たまたまだよ」


「へえ、そう」




 また黙ってしまうのかと思った。

 だが、優枝は久しぶりに学校で見せる作り笑いとは違う素の笑顔を見せた。




「噓、ほんと下手ね」


「あ?」


「なんでもない。ありがと、嬉しい」


「そうか」




 スナック紫雨に来ていた常連が、妻の機嫌が悪いときは問答無用で高価なプレゼントをするのがいい、と言っていたのでこうしてプレゼントを買ってきた。

 別に夜斗が何かしたわけじゃないが、このままずっと機嫌が悪いのは色々と面倒だった。

 これで少しでも機嫌が直ればいいと思った。


 すると、優枝が隣に立つ。




「あなたに任せるの不安だから、私も手伝ってあげる」


「あ? だったらお前が作れよ」


「自分で作ってくれるって言ったんでしょ。だったらやってよ。あくまで私は手伝い」


「チッ。不味くても文句言うなよ」


「わかってる」




 洗い物を手伝うことはあっても、こうしてキッチンに並んで料理をすることはなかった。

 なんともいえない空気に、無言でいるのに堪えられず口を開く。




「明日の朝ご飯は作ってくれよ。あと、お弁当も」


「わかってる。でも、朝食とお弁当を作ってもらえる有難み、これでわかったでしょ?」


「ああ。意外とお前の茶色一色の弁当が好きだったらしい」


「失礼な言い方。あなた、お肉ばっかの方が好きでしょ?」


「まあ」


「じゃあ、明日からは緑一色のお弁当にしてあげよっか?」


「それは遠慮しておく」


「だったらこれからも茶色のお弁当ね」




 ふふん、と鼻で笑う優枝。

 こんなにプレゼントの効果が絶大だったとは思わなかった。

 というより、優枝は意外にちょろいのかもしれないと、夜斗も違う意味で笑う。




「なに笑ってるのよ」


「お前もな」




 それからも、数日会話しなかった分を取り戻すかのように、二人は会話を続けた。

 さほど意味のある内容ではなかったが、二人にはこういう会話がいいのかもしれない。

 そんな他愛もない会話をしていると料理は完成していて、いらないと言っていた夜斗の分まであった。

 お腹一杯だが「せっかく作ったのに、食べないの?」と言われたら食べるしかない。


 気付いたら深夜0時。

 明日も学校がある平日の夜、二人でここまで起きていたのは初めてかもしれない。




「で、何があったんだよ」


「え?」




 食事を終え、シャワーを浴び、部屋を暗くする。

 この家にベッドは一つしかない。寝る場所も、ベッドしかない。

 自然と二人はシングルベッドで一緒に寝て、同じ天井を見つめる。




「ずっと機嫌、悪かっただろ」


「それは」


「親父から連絡あったんだろ?」


「……」




 そうだと思って聞いた。

 だが、顔をこちらに向けた優枝は少しだけ不機嫌だった。




「なんだよ」


「別に。気付いたとかじゃなかったのね」


「は? 何にだよ」


「なんでもない。それと、お父さんから連絡なんて来るわけないでしょ」




 優枝の父親である里崎孝一は、この滝野市の市長をしている。


 今年で5年目となる里崎市長。

 4年目の任期を終えて行われた選挙では、投票数で他の候補者に圧倒的な大差を付けて当選した。

 里崎市長の誠実さと優秀さは、この4年間の任期で行った功績で市民に強く印象付けた。


 ──ただ頑固なだけよ。


 と、娘である優枝は言うが。




「心配してんじゃねえのか? お前が帰ってこないこと」


「あの人が? まさか。家出中の娘のことなんて、これっぽっちも気にかけてるわけないでしょ」


「お母さんとは? 連絡取り合ってるのか?」


「一応ね。いつも帰っておいでって言われる」


「だが、帰らないわけか」


「帰らない。お父さんが認めてくれるまでね」




 優枝が家出した理由は、彼女がこの家に住みついた1ヵ月後に聞いた。





 ※ブックマーク・いいね・評価よろしくおねがいします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る