第23話 いい人



「ねえ、なんの話してんの?」




 三人に声をかけた西門サヤは、不思議そうに首を傾げる。




「えっ、サヤ、どうしてここに……?」


「ん、買い出し。お店で出すお菓子切らしたから買ってこいって、お姉が。その途中で三人とそこの子を見かけたから付いて来たの。で、なんの話してんの?」


「これはその……」




 明らかに先程までの威勢がない。

 どこか脅えたように、三人が雨奈から離れていく。




「あんたら、パパ活の斡旋とかしてんの?」


「いや、あれは」


「そのこと、三人がご執心なお兄さんたち知ってんの?」



 学校での彼女と変わらない氷のように冷たい表情で、口調も淡々としていて変わらない。

 綺麗だと、雨奈は思った。

 だけど三人には、その綺麗なサヤを怖いと見えているのだろうか。




「知らないなら教えてあげよっか。お兄さんたちと遊ぶ金欲しさにパパ活の斡旋してるって」


「ちょ、ちょっとサヤ、待って!」


「さっきのはほら、間違いというか……。だから、ねっ! あたしら友達でしょ?」




 その問いかけにも、サヤは一切表情を変えなかった。




「え、別に友達じゃないけど」


「「「……」」」


「三人が勝手に付いて来るだけじゃん」




 先程まで出ていた涙が引っ込むぐらい、はっきりとしたサヤの言葉に困惑した雨奈。


 三人は何か言い返そうとしていたが、




「帰る」




 と、カバンを床に叩きつけると、逃げるようにトイレを出て行った。




「あっ、拾っていけっての、まったく」




 落ちていたカバンの汚れをサヤは払い、一個一個、持ち物をしまっていく。




「あ、ありがとう、西門さん」


「ん、サヤでいいよ。えっと……ごめん、名前なんだっけ?」


「倉敷、雨奈です」


「雨奈ね。はい」




 拾ってくれたのは嬉しいが、かなり乱雑に突っ込んだだけだった。なので雨奈は手洗い場の台座で入れ直す。

 その様子を、サヤは興味深そうに隣で見つめてくる。




「ねえ、なんであいつらに言い返さなかったの?」


「え、だって……」


「途中からしか聞いてないけど、雨奈の好きな人をここに呼べって言ってたんでしょ? だったら呼べばいいのに」


「でも、その……自信なくて」


「好きって言われる自信?」


「うん」




 第三者から見れば簡単な選択肢だ。

 だけど今までの雨奈の人生経験から、人に好きになってもらえる自信なんて持てるわけない。

 ましてやセフレの関係だって雨奈自身が思っているのだから。




「よくわかんないけど、あいつらに面白がられて呼ばれた男が雨奈のこと助けようとしない時点でその男、クズじゃない?」


「……」


「好きか好きじゃないか関係なしに、いい男なら雨奈のこと助けると思うけど。その人、助けてくれないような人なの?」


「助けてくれると思う」


「じゃあ呼べば良かったじゃん」




 夜斗ならきっと助けてくれた。

 自分のことを好きかどうか抜きにして、きっと抱きしめて守ってくれた。

 サヤの話を聞いて、確かに呼べば良かったと思った。

 そうしなかったのは、心のどこかで他の男たちと同じように見ていたのかもしれない。

 気付かぬうちに、夜斗に失礼なことをしていたのかもしれない。




「だね」


「その人のどこが好きなの?」


「えっと……すっごくいい人。かっこよくて、優しくて。一緒にいたら、凄く幸せになれる」


「へえ。そんなに好きなんだ」


「うん。……って、ごめんね、変なこと言って」


「ううん、別にいいよ。でも、いいな。あたし、誰かを好きになったことないから」


「そうなの?」




 こんなに美人なのに。

 そう思ったが、美人なのは関係ないのかもしれない。

 こうして隣に立つと、サヤは孤高の狼に見える。

 誰にも流されない、自我の強い一匹狼。




「あー、でも、少し気になる人はいるかも」


「どんな人?」


「なんだろ、一緒にいても空気が汚れない人」


「ん?」


「あたしって一人でいるの好きなの。で、誰かが近くにいると空気が汚れるの。あー、なんか空気悪いなって。雑音が入るみたいな。でもその人がいても変わらない、むしろ居心地がいいみたいな。わかる?」


「うーん」




 独特なセンスで生きているのか、説明されてもいまいちピンと来なかった。

 要するに性格が合う合わないなのか。サヤにとってはそのハードルがかなり高く、ほとんどの者は一緒にいるだけで息苦しくなるが、その人は気兼ねなく一緒にいれるということなのだろう。




「変に気を使わないでいい……ってこと?」


「そうなのかな。そういう男の人、初めてだから気になってる。好きかはわからないけどー」




 人の好みなんて自由だ。

 かっこいい顔が好き。優しい性格が好き。

 指が綺麗な人、身長が高い人。その人の匂いで好きになったというのもあるだろう。

 だから人の好みを完全に理解するのは難しい。もし理解できたなら、きっと同じ人を好きになってしまう。




「ところでさ」




 持ち物をカバンに入れ終わると、コスプレ衣装を指差された。




「それ、何のために使うの?」


「えっ、これ? これはその」


「おままごととか?」


「えー、それは違うかな。えっと、こういう恰好……男の人、好きだから」




 全員ではないが、夜斗も好きであってほしいと思った。




「へえ、そうなんだ。それ着て見せたら、どうなるの?」


「そ、それは……。喜んでくれる、かな?」


「あとはあとは?」


「あとは、その、興奮してくれる」


「ほお!」




 クラスメイトに何の説明をしているのかと、冷静になると恥ずかしくなる。

 でももっと冷静になると、なんで今まで話したことがない西門サヤとこんなに仲良さそうに話しているのだろうか? と思った。




「いいね。あいつ、いっつもムスッとしてるから、そういう顔見たいかも」


「そうなの?」


「うん。じゃあさ、オススメのコスプレ教えてよ」


「えっ、わたしが?」


「そう、雨奈が。あたしこういうの良くわかんないから。ねっ、ねっ」




 サヤはトイレの入り口に立つと、無言で手招きを繰り返していた。

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