第24話 妻の機嫌が悪いが、愛人の機嫌はすこぶる良い



 どうしてこうなったのだろう。




「初めてこういうの見たけど、いろんなのあるんだね」




 サヤはしゃがみながら、棚に並んだコスプレ衣装を物色する。

 少し離れたところで見ていると、サヤはこちらを見てずっと手招きしてくる。


 制服姿の女子高生が二人、コスプレ衣装を吟味する。

 背中に感じる視線が痛い。一人のときよりもずっと感じる。




「へえ、こういうのもあるんだ。これ、コスプレじゃなくて下着じゃない?」


「うん、そうだね」


「男の人ってこういうのが好きなの?」


「どうだろ」




 真剣に考えているのだろうか。

 それがわからない。ただ、雨奈をからかっているとかではないようだ。

 なので真面目に考えてみた。




「わたしは、こういう布面積が多い方が好きかな」


「ほう、どして?」


「こういうのだと、その……脱がす楽しみがある、かな」


「と、いいますと?」




 雨奈は自分なりの考えを説明する。

 こういう布面積の少ないコスプレは見栄えはいいかもしれないが、変化っていうのを楽しめない。

 ボタンをぴっちり閉めた状態から少し外すだけでも一つの変化だ。

 そういった少ない変化が鈍器となり、相手の煩悩を何度も何度も殴る。




「だから、最初から布面積が少ないコスプレ衣装よりも、多い衣装で、少しずつ変化させていくのがいいのかな……って。ごめんね、気持ち悪いよね」




 語って、語り終えて、言い過ぎたと気付いた。

 目を丸くさせたサヤは、パチパチと手を叩く。




「凄い、そういう技があるんだ!」


「えっ、技……?」


「そう、技。でも確かに、エッチな漫画とかで制服のボタン外して誘惑するのとか見たことあるかも」




 真っ直ぐな目で感心されると、自分の考えを全て言葉にして良かったんだと思えた。




「その人もこういうのが好きかはわからないけど、そうした方が興奮してくれるかなって思うかな」


「なるほどなるほど。じゃあさ、こういうのはどう?」




 それからも二人は、コスプレ衣装を物色した。

 雨奈も既に購入したコスプレ衣装とは別に、サヤと共に見て一目惚れした衣装を購入する。




「うーん、いいお買い物しちゃった。今日はありがとね、雨奈」


「ううん、こっちこそ。助けてくれて、ありがとう」




 買い物を終えた二人。

 すっかり遅くなってしまった。

 こんな夜遅くまで外で遊んだことはなかった。

 普段の街並みとは違って眩しくぎらついた景色。

 そこら辺から誰かの叫び声みたいなのが聞こえる。


 友達とか彼氏がいたら、こんな時間に遊ぶのも普通になるのかな……。




「雨奈と話せて良かったよ。雨奈って、学校では静かだけど、意外とお喋り好きなんだね」


「静かなのは、話す相手がいないから……」


「そっか。あたし、あんま学校行かないけど、もし行ったらまた喋ろ」


「あっ、うん。サヤちゃんが迷惑じゃなかったら」




 控えめな性格の雨奈とは違い、サヤはよく喋ってくれる。

 自然な流れで連絡先を聞いてくれた。雨奈からだと遠慮して聞けなかった。

 たぶん、雨奈にはサヤのような人と仲良くするのがいいのだろう。




「やっぱ、普通の高校生の連絡先っていったらこうだよね」


「え?」


「ううん、なんでもない。時代遅れの不良と話してたから、なんか新鮮に感じただけ」




 どういう意味かわからず首を傾げていると、サヤはスマホをポケットにしまう。




「じゃあ、またね。好きな人と上手くいくといいね!」


「あ、ありがと! サヤちゃんも!」


「ふふん! ばいばい!」




 制服を着た女子高生が、夜の街へ消えていく。




「そういえばサヤちゃん、学校休んでたのになんで制服だったんだろ?」




 今度会ったときに聞いてみよう。

 そう思い、友達と呼んでいいかわからないが新しい出会いがあった雨奈は、クラスメイト三人のことなんてすっかり忘れて気分良く帰って行く。













 ♦













「なんか、また機嫌悪かったな」




 学校から帰り、家を出る。

 優枝に「泊ってくるから飯いらない」と告げると、何か言いたげな表情で睨まれたが「あっそ」とだけ言って送り出された。

 朝は普通だったのにいったいなぜ……?

 まあ、考えても理解できないので、夜斗は数歩進んだら忘れていた。




「い、いらっしゃい、夜斗くん!」




 妻の機嫌は悪いが、愛人の機嫌はすこぶる良い。

 と、夜斗は思っていないが、この景色にタイトルを付けるのならこんな名称がぴったりだろう。

 雨奈の家に入ると、夜斗のブレザーを受け取った彼女はハンガーにかける。

 その動作の中でも雨奈はちらっちらっと夜斗を見ては、何か訴えるように瞳を潤ませた。




「……髪、切ったか?」


「わかるの!?」




 正直なところ変化なんて誤差っぽいのだが、雨奈の雰囲気が少しだけ大人っぽく感じた。

 薬を飲んだ瞬間に思い込みで体調が良くなるみたいに、美容室に行ったことで雨奈の雰囲気も変わったのか。

 そして、その感覚が正解だったらしい。

 雨奈は当ててくれて嬉しそうだ。


 というより、同じ学校に通っているのだから言うのが遅い気もする。


「えへへ、嬉しい」




 喜んでいるので、面と向かって言われた方が嬉しいのだろう。

 雨奈はリビングまで我慢できなかったのか、勢いよく夜斗に抱き着く。




「夜斗くん、会いたかったよ!」


「学校で会っただろ」


「でも話せなかったから。それに、外だと周りを気にしてこうやってできないもん。えへへ」




 せめて玄関でなく、リビングには行きたいのだが。

 ただ雨奈は離してくれない。大型犬に顔を擦り付けられているようだ。




「いつまで俺は玄関にいたらいいんだ?」


「あっ、ごめんね! どうぞどうぞ。でもその前に……ちゅ」




 背伸びした彼女はキスすると、幸せそうに微笑む。




 

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