第20話 体育祭
来週行われる体育祭に向けて、どのクラスも活気付いていた。
個人競技にエントリーする生徒は放課後に練習をしたり、担任が受け持つ授業やホームルームの時間に作戦会議なんかが行われるようになった。
体育の時間も、全てのクラスが体育祭の種目練習に充てられた。
運動が好き、あるいは得意な生徒にとっては天国のような期間だが、苦手な生徒、やる気のない生徒にとっては地獄のような期間だった。
「はあ、はあ……も、もう、ムリ」
倉敷雨奈にとっては、地獄の期間だった。
運動とは無縁な世界にいた彼女。
部活なんてやったことないし、体育の授業でも前に行くよりも後ろの隅っこに隠れているようなタイプだ。
今回の体育祭も、本当は休もうかなと思っていた。
だけど「倉敷さん、出るよね?」とクラスメイトの女子数名の圧に負け「はい」と頷いてしまった。
団体競技をちょろっと出るだけなら。そう楽観視していたのだが、気付くと個人競技、しかも二人ペアになって行う二人三脚の生徒に選ばれてしまった。
「おい、倉敷。お前トロすぎだろ」
「ご、ごめんね、安藤くん」
──倉敷さん、夜の二人三脚も得意だから昼の二人三脚もいけるよね!?
そんなよくわからない理由と。
──倉敷さんとペア組むことになったから、よろしく!
下心を抱えたそこそこ運動神経のいい男子に半ば強引にペアを組まされた。
二人三脚を決めたときはまだ夜斗と出会っておらず、押しに弱かったため、断ることのできなかった雨奈。
ペアを組む男子も、雨奈なら競技の練習中に胸やお尻を触っても怒られないと考え、あわよくば親交を深めてワンチャンを狙ったのだろう。
だが実際に練習を開始したら、ちょろいはずの雨奈はなぜかガードが硬くなっていた。
役得かと思ったら全然そんなことはない。むしろ運動神経の悪い女子のお守りをしないといけない。
そうなってから、最初は「倉敷さん」と優しい声色で声をかけてくれたのに、今では「倉敷さあ」とため息混じりに、少しミスしただけで嫌な顔をされる。
「マジで最悪。本番ビリ確定だろ、こんなの」
「……」
「はあ……。なあ、頼むから本番ではこけんなよ? 巻き込まれてこけたくないからさ」
抱かせてもらえないとわかるやいなや言いたい放題の男子。
とはいえ、足を引っ張っている自覚があるので何も言い返せない。
──本番、休もうかな……。
でも、休んだら次の日に何言われるかわからない。
練習初日から億劫な気分の雨奈。
立ち上がり愛想笑いを浮かべながら謝っていると、いらついていた男子の体が影に隠れる。
「ん、どうし……え!」
振り返った男子は、まるでオバケを見たかのようにビクッと体を震わせる。
そこにいたのは夜斗だった。
「おい」
「え、あ、はい、なんでしょう……?」
「代わってくれねえか?」
「え、代わるって」
夜斗は無言のまま指差す。
その先には涙目になりながら脅えるクラスの女子が。
彼女は二人三脚で夜斗とペアを組んでいた生徒だった。
「俺のペア、俺が怖くてずっと震えてるから動かねえんだよ。だから俺じゃなくてお前となら走れるだろ」
「あ、はあ……わ、わかった! 代わるよ、じゃ!」
逃げるように雨奈がペアを組むはずだった男子と夜斗がペアを組むはずだった女子が逃げていく。
相変わらずムスッとした夜斗は、大きなため息をついた。
「こんなことなら、まだ借り物競争の方がマシだったな」
何種目か行われる個人競技。
クラス全員が参加できるほどの種目数はないため、ほとんどのクラスが運動が得意な生徒がエントリーしている。
だが、雨奈たちのクラスには西門サヤを筆頭に不参加予定の生徒がそこそこいるため、参加者全員が一つずつ個人競技に参加する必要があった。
そして、見た目や学校での態度からも当然、体育祭は不参加だと思われていた夜斗がなぜか参加すると言ったので、クラスメイトたちは取引先の偉い人に話すかのような接し方で夜斗に出場してもいい個人競技をお伺いした。
「夜斗くん、借り物競争か二人三脚の二択を選ばされてたね」
「ああ。お前は強制で二人三脚にさせられていたな」
「うん。わたしも、安藤くんに怒られるぐらいなら、誰にも迷惑かけない借り物競争にすれば良かったかなって思ってたけど……二人三脚にして、良かったかな」
雨奈はそう言うと、近くに他のクラスメイトがいないのを確認してから、夜斗の隣にそっと立つ。
「助けてくれて、ありがと」
「あ? 別に、ずっと震えて動けなかった女とペアを組むのが嫌だっただけだ」
「へえ、そうなんだ」
「なんだよ」
「ううん、なんでもない。夜斗くんとペアを組めるなんて、夢みたいだなって……。近く、寄ってもいいかな?」
「もう近く寄ってるだろ」
「えへへ、そうだった。じゃあ、よろしくね、夜斗くん」
にんまりとした緩んだ表情でいると、夜斗に睨まれた。
──わたしが困ってるのを見て、助けてくれたんだよね。嬉しい。
ツンデレな彼を見つめ、えへへ、と笑う。
珍しく学校行事に参加して良かったなと思った。
お互いの脚を結ぶヒモを渡すと、夜斗は「キツくないか?」と聞いてくれた。
「うん、大丈夫。夜斗くんになら、もっとキツく縛られても平気だよ!」
「それ、違う意味だろ」
「そうかも。えへへ」
近くに誰もいないことをいいことに雨奈の本音が駄々洩れになっていた。
結び終わって立ち上がった夜斗。
肩を組んで走るのが基本なのだが身長差があるため、雨奈の腕は自然と夜斗の腰に回していた。
「肩に届かないや。これじゃ、ダメかな?」
「走りにくくないならいいんじゃねえの。別に肩を組まないといけないルールなんてないだろ」
「だね。なんか、こういう風に外で並ぶの初めてかも」
雨奈の家では一時も離れることなく抱き着いているが、外でくっ付くことはない。隣を歩くときも、誰に見られてもいいように一歩離れて歩く。
だからこうやって、合法的に隣同士でいれるのが嬉しかった。
気付くと背中に伸ばした右腕だけでなく、反対側の左腕まで夜斗を抱きしめていた。
「おい、それだと走れないだろ」
「あっ、そっか。えへへ、つい」
「まったく。少し歩くぞ」
「うん、よろしくお願いします」
結んだ脚を前に出す。
いち、に、いち、に。
夜斗の声と共に、ゆっくりと歩き出した二人。
さっきまでは息を切らし、男子に付いて行くのに必死だった。
だけど今は違う。
脚の長さからも歩幅は全く違うのに、夜斗は雨奈に気を使って同じ歩幅に合わせてくれる。
「大丈夫か?」
「う、うんっ! なんかこうしてると、エッチなこと思い出しちゃう」
「……は?」
「へ、変な意味じゃないよ! ただその、やっぱり夜斗くん優しいなって」
ベッドの上でも、夜斗は独り善がりのプレイをしたことはなく、いつも雨奈を気付かってくれる。
二人三脚でもそういうところは変わらない。
おそらく、根が優しいのだろう。見た目とのギャップに、雨奈は反則だなと思う。
そんな誰も知らないであろう彼の優しい一面を見れて、雨奈は思わず嬉しくなった。
「なに笑ってんだよ。じゃあ、本気で走って引っ張ってやろうか?」
「え、ダメダメ! わたし運動音痴だから、絶対に夜斗くんの本気に付いて行けないもん!」
「冗談だよ。このままゆっくり走るぞ」
「う、うん! ゆっくりね! もし転んだら、引きずったりしないでね?」
「さあな。ほら、行くぞ」
「うん! いち、に、いち、にっ!」
気付くと夜斗を見つめていた雨奈は彼の腰に回した手に力を込めた。
数秒後に盛大に転ぶとも知らず、幸せそうな表情をしていた。
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