第21話 彼が喜んでくれるなら




「こんなとこでいいだろ」


「お、おわったー」




 体育の授業が終わるのに近付き、グラウンドで練習していた他のクラスメイトたちが体育館に戻っていくのが見えた。


 夜斗が結んだ脚のヒモを外す。


 Tシャツ短パン姿の雨奈はその場に座り、余裕そうな表情をしていた夜斗を見上げる。




「夜斗くん、なんでそんな平気そうなの。いっぱい走ったのに」


「別に、そんな走ってないだろ」




 確かにいっぱいと言うほど走ってはいない。

 回数も少なく、速さもゆっくりだ。ただ普通に走るのと人に合わせて走るのは違う。

 雨奈は立ち上がり、自然と夜斗の隣を歩いて体育館へ。




「そういえば、その、お泊まりのことなんだけど……」




 以前、夜斗が家に来てくれた時にした約束。

 あの日から夜斗は忙しいらしく家に来れなかったので、雨奈は『いつかなー、いつかなー』と楽しみに待っていた。

 けれどいつになっても彼から日にちを言われることがなかったので、迷惑じゃないかなと不安になりながらも聞いてみた。




「ああ、体育祭の前か後かで考えてたんだが、どっちがいい?」


「どっちでも! 夜斗くんはどっちがいい?」


「前だな。じゃあ、明後日はどうだ?」




 明後日は木曜日の夜だ。

 雨奈は興奮気味に何度も頷く。




「うん、うんうん、大丈夫!」


「じゃあ、その日で」


「わかったよ。あ、あの、迷惑じゃなかった……?」




 夜斗に聞くと、彼は「別に、なんで?」と聞き返された。

 泊まりの話題を出さなかったのは、本当は泊まりたくなかったからではないかと、ネガティブ思考な雨奈は不安になった。




「もしかして、忘れてた?」


「いや、別に。今度お前の家に行ったときにそのまま泊まろうかなって思っていた」


「そ、そうなんだ。良かった……」




 雨奈としては、お泊まりは今年最大の出来事のような感覚だった。だから数日前に決めて、ちゃんと準備したかった。


 ──夜斗くんにとっては、お泊まりってそんなに気合入れることじゃないのかな。


 気合の入り方の違いに少し悲しんだが、考え方を変えれば夜斗にとってのお泊まりは普通で、これからはいつでも泊まってくれるともいえる。

 お泊まりしてくれるハードルが低くなって、それはそれでいいのではないか。

 今度はポジティブ思考の雨奈が顔を出し、何度か一人で頷く。




「明後日、楽しみにしてるね」




 また泊まりに来たいと思える日にしよう。

 そうしたら毎週のように家に来て、泊まって、いつかは一緒に……。




「ああ」




 短く返事して男子更衣室に向かう夜斗の後ろ姿を見送り、雨奈は小さく拳を握って気合を入れた。














 ♦














「でも、どうしたらいいんだろ」




 放課後、雨奈は一人で夜の街に出向いていた。

 制服姿にカバンを持った彼女は、夜斗が喜びそうな物を探し歩いていた。




「料理は決めた。デザートも大丈夫。美容院は明日予約済みで、あとは……」




 手料理を振る舞い、気合の入った食後のデザートを食べてもらう。

 それだけで彼は満足してくれるとは思うが、これからも泊まりに来たいと思ってもらえるように妥協はしたくない。




「いつかは、夜斗くんと恋人になりたいもん」




 今の二人の関係はセフレだ。

 お互い言葉にはしないが、誰がどう見てもセフレ。

 それを嫌だとは思わないが、恋人になれたらいいなとは思う。


 そもそも雨奈は、今まで誰かと付き合ったことはない。

 単純に今までの相手からは『セフレでいいっしょ』みたいなオーラを出され、付き合うという選択肢されなかった。

 雨奈自身も別に誰かと付き合いたいと思ったことはなかった。

 なにせ彼女は、今まで誰かを”好き”になったことがないのだから。


 恋人がいたこともないし、異性を好きになったことも、こうして会いたい会いたいと思ったこともない。


 今までは──。




「過去の噂が消えて、夜斗くんに迷惑かからないようになったら、付き合いたいって言おう」




 断られると思う。

 彼は、体だけの関係でいたがるかもしれない。

 だけど初めて人を好きになったから、今までとは違う、一歩を踏み出してみたい。


 その為にも、このお泊まりは大成功させたかった。

 とはいえどうしたら大成功になるのか。そもそも恋愛未経験の雨奈が知っている異性の喜ばせ方なんて、あっちのことしか知らない。


 雨奈はお店の奥にある大人向けのモノが売っているコーナーに足を運ぶ。




「やったことないけど、夜斗くん、SМとか好きかな……?」




 ベッドの上での彼の姿を思い出す。

 だけどすぐ、誰もが恐れる不良の見た目とは似付かわしくない優しい彼の姿を思い出す。

 そして、一人で思い出し笑いをする。




「夜斗くん優しいからなあ。わたしが痛がることとか嫌がることとか、してくれないかな。あっ、でもたまにSっ気あるときあったかも」




 思い出し、妄想して、幸せな気持ちになる。

 それからもいろんな大人の商品を見ていると、コスプレ衣装に目がいった。




「コスプレかあ。これ着てエッチしたら、喜んでくれるかな」




 出会ってからまだ数日。

 彼の好きなことも、好きな食べ物なんかもわからない。

 なので数あるコスプレから、彼の好みを選ぶのは難易度が高すぎた。




「制服はいつも着てるから違くて。メイド服、バニーガール。んー、こういうの好きなのかな。体育の時間に聞いておけば良かったなあ。でも、サプライズで見せた方がいいよね。う~ん」




 悩めば悩むほどわからなくなる。




「でも、嫌がったりはしないでくれるよね」




 どんなコスプレだったとしても、夜斗は受け入れてくれると思った。

 だから雨奈は自分でかわいいと思い気に入ったコスプレ衣装を二つ買ってレジに並ぶ。


 制服姿で、コスプレ衣装を手に持つ女子高生。

 他の客から変な目で見られたり、ちらちらと店員に体を観察されても、雨奈は無視した。

 そういう視線には慣れていた。

 我慢はできる。だけど良い気分ではない。

 早く買って、すぐに帰ろうとした。


 だが、




「あれ、倉敷じゃね」




 ふと、名前を呼ばれた。

 振り返るとそこには数名のクラスメイトがいた。

 校則違反な派手な見た目なので、すぐに西門サヤのいる西門グループだとわかった。


 雨奈は西門グループが嫌いだった。

 何かと高圧的で、陰で自分の悪口を言っていることを知っていたからだ。


 だから雨奈は、会計を済ませると購入したコスプレ衣装を隠すようにカバンへ突っ込み、小走りで歩く。




「ちょ、無視すんなよ!」




 いつもなら「なんだアイツ」と見逃してくれるのに、今日はなぜか追いかけてきた。






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