第5話 言葉では明るく本音を隠して




 サヤは兄の知り合いでも年上の女性でもない、同級生の友人と呼べる存在の家に遊びに行ったのは初めてだった。

 他の同級生と雨奈では何が違うのか。

 それを聞かれても、サヤはわからないと答えただろう。ただなんとなく、雨奈とは仲良くなっていた。


 そんな雨奈の家へ学校帰りに遊びに行った。

 母子家庭である彼女の家には、普段から母親は帰らないのだとか。

 そのことについて触れていいのかわからずにいると、雨奈は気にする様子も見せず「お母さん、娘より男の人と一緒にいる方が楽しいんじゃないかな」と言った。




「一人で家を占領できんのいいじゃん」


「うん、料理し放題、お菓子食べ放題」


「食べることばっか。雨奈の部屋は……っと、何このイルカだらけの部屋」




 大中小様々なサイズのイルカのぬいぐるみが置かれた部屋。

 何かのアニメのキャラとかではなく、イルカであればなんでもいいといった感じで色々な種類のイルカのぬいぐるみがいた。

 そういえば、学校に持って行く鞄にも付いていたのを思い出す。




「イルカ、可愛いでしょ」


「まあ、可愛いけど。さすがにこの数は多くない? 50体ぐらいはいるでしょ」


「イルカのぬいぐるみを見つけたら買っちゃうから、今どれだけいるかわからないんだあ」


「ふぅん」




 ベッドに座ると、周囲を見渡す。

 囲むイルカに見つめられると、少しだけホラーな感じがする。

 けれど雨奈は、イルカを抱きかかえると幸せそうな表情を浮かべた。




「いつも一人ぼっちで寂しいときとか、こうするとよく眠れるの」


「そっか」


「でも、最近はこの子たちを抱っこしなくても眠れるんだ」


「そうなの? なんで?」




 そう聞くと、雨奈は少し間を空けてから──サヤをジッと見つめながら言う。




「サヤちゃん。わたしもね、夜斗くんのことが好きなの」


「……え?」




 急にそんなことを言われるとは思っていなかった。

 だから固まって、頭で考えて、やっぱり何も考えられなくて視線が右へ左へとゆっくり揺れる。




「え、あの、夜斗くんって、ヨルっち……?」


「そう。ここでエッチもした。何回も」


「そう、なんだ。なんで?」




 この「なんで?」は「なんでヨルっちのこと好きなの?」という意味じゃない。だからすぐに言い直した。




「あー、えっと、なんでそれをあたしに言うの? 体育祭のとき雨奈にさ、あたしがヨルっちのこと気になるって、あ、いや、気になるだけで好きってわけじゃないけど、その、そんな感じのこと言っちゃったじゃん。それなのになんで、あたしにそれを報告するの?」




 長ったらしい言い方になったのは、話しながらもまだ頭の整理がついていないからだ。

 それと、自分で自分の気持ちを理解できていないから。


 あたしは別に夜斗のことを異性として好きなわけじゃない、ただ気になるだけ。

 ……でも、なんも意識していないわけじゃない。だけど、この気になるを雨奈に変に捉えられたら困るから言い直した。

 だけど、だけど、だけど。

 そう吐き出した言葉とは真逆のことを言い直す。それで、無駄に長くなってしまった。

 



「別にあたしにバレてないんだから隠せばいいのに、なんであたしに報告するの?」




 最初から落ち着いて、これだけ伝えておけば良かったと後になって後悔した。




「サヤちゃんには、内緒にしたくなくって」


「なんで?」


「友達だから」


「友達だから、かあ……。友達でも、隠し事の一つや二つしてもいいと思うけど?」


「そうかもしれないけど、これだけはしたらダメかなって。だってサヤちゃんも、夜斗くんのこと好きなんだと思ったから」


「別に……」




 好きじゃないと否定しようとしたが止まる。

 自分の本当の気持ちってどうなのだろうと考える。

 考えて、答えは出たが、結局のところそれを言葉にすることは止めた。




「それで、どうしてほしいの?」


「え?」


「わたしの好きな人に近付くなー、ってことじゃないの?」


「ううん、そうじゃないの。ただその、これは報告というか……宣戦布告みたいな」


「むむ!」




 そう言われると、わかりやすかった。




「なるほど、どっちがヨルっちと結ばれるか勝負だ! みたいな感じね。別に、あたしのことなんて気にしなくていいのに」


「でも」


「あたし、そういうのよくわからないから。雨奈がヨルっちと結ばれたら、まあ、おめでとうって言える自信あるよ」




 そう言うと、雨奈は何か言いたげな表情を浮かべた。

 嘘付いているんだと、強がっているのだと、そう思っているのだろう。


 そうかもしれない。


 だけどサヤは、これまで人を好きになったかもしれないと思ったのも、友達とその相手が被ってしまった経験も一度としてない。初めてなんだ。

 そんな自分に今この場で断言することはできない。

 夜斗と雨奈が結ばれた未来に直面したとしても、自分が心から祝福しているかもしれないし、素直に笑ってあげられていないかもしれない。


 実際にそうなってみないとわからない。




「それでも、サヤちゃんに隠れてっていうのは嫌だったから言ったの」


「そっか。それじゃあ、これからは恋のライバルってやつだね!」




 使い方が合っているかどうかわからなかったが、雨奈の不安そうな表情を見ていると明るい空気に変えてあげたくなった。


 そんな申し訳なさそうにしなくていいんだよ。

 別に怒って、絶交だとか言わないから大丈夫だよ。


 そういう気持ちがあった。

 別に恋のライバルって、あたしはヨルっちのこと好きじゃないけどさ。という付け足しするのを忘れていた。

 言い直す前に、雨奈はサヤの気持ちを読み取ってくれたらしく笑顔の彼女に戻った。




「うん、そうだね!」


「ってことはあれだ、これからは三人でデートとかできるじゃん!」


「三人で? なんか、恥ずかしい……」


「でも面白そうじゃん」


「かな。じゃあ、夏休みになったら、三人でどっか行きたいな」


「いいねいいね。海とかお祭りとか。抜け駆け無しだよ?」


「うん、約束!」




 二人はそれからも盛り上がった。

 雨奈は夜斗の良いところを。

 サヤは夜斗のムカつくところを。

 カミングアウトする前より二人が仲良くなった気がした。











 ♦

 








「──っと、そんな感じ。どう、ドロドロしてたでしょ」


「いや、想像していたよりずっと平和だった気がするんだが」


「えー、もしかして会話の中に含まれた女のドロドロした部分読み取れなかったの? ダメだね、ヨルっち」




 普通の恋バナみたいに聞こえたのは、サヤが面白おかしく話してくれたからなのだろう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る