第4話 ツンデレギャルに昇格した




「電話の出方ぐらい知ってる」


『じゃあすぐ出てよ。それともお楽しみ中だったの?』




 夜斗と雨奈の関係を知っているのだから別に隠さなくてもいいのだが、なんとなく気が引けた。

 黙っていると、不機嫌な電話口の相手は要件だけを投げつけてくる。




『今からお店来て』


「は? 今からって」


『じゃ』


「おい!」




 夜斗の声と通話が切れた音が同時に響く。

 一方的な連絡に、夜斗は無視する選択ができなかった。










 ♦








 今日も都会の夜はいつも通りだった。

 歩道に立ち並ぶパパ活女子の列も、周囲に泣き叫ぶ酔っぱらいも、騒音と眩しすぎる光も。

 夜斗の生まれ育った田舎には一つもない荒んだ世界を、まだ高校生である夜斗は歩く。




「いらっしゃい。あら」




 店の外まで響く笑い声。

 お店の扉を開けると、カウンターでグラスを拭いていた高身長イケメンのシュウが出迎えてくれた。




「こんばんは。サヤは?」


「あそこ」




 テーブル席の一番奥を指差される。

 スナックには場違いな制服を着たサヤは、ムスッとした表情を浮かべながらソファーに座っていた。

 その両隣に座るお客さんである女性は、酒で上機嫌になりながらサヤの膨らんだ頬を突っつく。




「あっ、サヤちゃん、お待ちかねの彼氏くん来たよー」


「あんな浮気者、彼氏じゃない!」


「ほらほら怒らないの。休憩室で彼氏に慰めてきなー」


「だから彼氏じゃないの!」




 夜斗がサヤの座るテーブル席まで行くと、彼女は顔だけをこちらに向ける。機嫌悪そうな、だけどかわいい不貞腐れ具合だった。




「遅い!」


「いや、電話からまだ二十分ぐらいしか経ってねえけど」




 そう言うと、酔っぱらいの客が野次を飛ばす。




「こら、サヤちゃんの彼氏! いいか、サヤちゃんは営業前からずっと、君のことを待ってたんだんだぞ!」


「え」


「スマホを眺めながら『いつ来るかな、いつ来るかなー』って、彼氏くんのこと待ってたんだ! それはもう、うちの反抗期の娘とは比べものにならないぐらい可愛くてだなあ!」


「うるさい、ちいかわおじさん!」


「わァ……ァ……」




 背丈の低く丸い体型のおじさんがさらに小さくなって涙目になる。

 周囲にからかわれて反論するサヤだったが、埒が明かないと思ったのか、夜斗の手を掴んで休憩室へ連れて行かれる。




「もう!」




 特等席である一人掛けのソファーに座ると、不貞腐れた彼女はまだ機嫌が悪い。




「悪かったって」


「何が。別にいいよ。だって……彼女じゃないもん」




 そう言われると弱い。

 サヤは急に立ち上がると夜斗をソファーに座らせ、その前に彼女が座る。




「雨奈の匂いする」


「まあ」


「言っておくけど、妬いてるわけじゃないから」




 と、言われるが、どう見てもその反応は……。




「ただ、エサをあげてた野良猫が他の人に懐いたみたいで、なんかイヤなだけだから!」


「そ、そうか」


「ほら、抱きしめて」




 最近のサヤは様子がおかしい。

 セックスする前は「別に、好きにすれば?」といった感じで夜斗に固執した様子は見せなかった。

 ただ体を重ねてからは、まるで好きな相手に見せるような振る舞いをする。


 けれど、サヤは決まって「好きじゃないから!」と言う。


 流行りのツンデレギャルにでもなったのか。いや、今まで人を好きになったことがないから、自分の気持ちを理解していないだけなのだろう。

 これが恋愛感情から来る苛立ちだと”知らない”から、理解も納得もしない。




「そういえば、期末の結果見たよ」


「ああ、あれか」


「ヨルっち、なんで学校行ってないあたしより点数低いの?」


「勉強は苦手なんだよ。むしろ、なんでサヤはできんだよ」


「んー、元の頭がいいから? で、いつから夏休み入れるの?」


「明日からだが、ちゃんと休める夏休みになるのは追試終わってからだな」


「早く終わらせてね。あっ、そうそう、一緒に海行こうよ」




 どうやら機嫌は治まったらしい。

 夜斗に背中から抱きしめられる感覚が心地いいのか、サヤはスマホを操作しながら鼻歌を口ずさむ。




「これ去年、お姉とその彼女さんと行った海水浴場。どう、めっちゃ人いっぱいいるでしょ」


「いすぎだろ。これじゃあ人にぶつかって泳げないだろ」


「えっ、海で泳ぐつもりなの?」


「いや、泳がないで何すんだよ」


「あー、なるほど」




 サヤは何度か頷く。




「ヨルっちはあれだ、友達と海水浴場に行っても遠泳しちゃうタイプだ」


「そこまではしないが、まあ、体動かしたいからな」


「実はね、都会の陽キャは海に行っても泳がないの。水を掛け合ってキャッキャウフフして、ビーチバレーして、バナナボートに乗りながら空を見上げる。お腹空いたらバーベキューしたりするんだよ」


「そうなのか。ってか、そもそも誰かと海に行くってなかったからな」


「そうなの?」


「俺の住んでたとこ山に囲まれてたからな。もし海に行くってなっても、車で数時間はかかるんだよ」


「なるほどね。じゃあさ、海デビューしよっ?」




 一緒に行こう、ということだろう。




「ああ、追試が終わったらな」


「もう、ちゃちゃっと終わらせてね。じゃあ、お姉に連れて行ってもらうとして。あっ、雨奈も誘っておくね」




 どうやらサヤも、二人で行こうとは言ってこないらしい。




「なあ、あいつとどんな話したんだ?」


「どんなって、別に普通……ではないかな。気になる?」


「まあ」


「男絡みの女の喧嘩は怖いよー。それはもう、幻想をぶち壊すぐらいの言い合い。それでも聞く?」




 女の喧嘩は陰湿だと聞いたことがあった。けれど、今は仲いい二人の姿を見ているので、そこまでだろうと夜斗は思う。


 サヤは「んー」と唸りながらも、二人がしたやり取りを話してくれた。

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