第3話 俺の知らない二人のナカ
「夜斗くん、補修と追試ってどれぐらいかかりそう?」
「さあな。補修はこの日とこの日で……あとは追試の結果次第だな。最初の追試で不合格だったら再追試。それも駄目だったら再再追試だってよ」
「でも、何度も追試あるなら留年はなさそうだね」
「留年はないかもしれないが、その前に俺が殺されるかもしれない」
「殺される?」
雨奈の日付の入ったメモ帳を指差しながら答える。
話によればこの追試で不合格になり、実際に留年した者はほんの数名程度らしい。理由としては追試を合格するまでの夏休み中、何度も追試が行われるからだ。
『同じ内容の試験を何度もやらせてくれんの? なんだ、だったら別に勉強しなくていいじゃねえか!』
そう思う生徒も中にはいるが、追試となると当然、試験官である教師たちも学校へ来る必要がある。
そうなれば教師たちの夏休みも潰れていく。
夜斗も担任から「追試は全クラス合同で行われるが、担当するクラスの生徒と、担当する教科の追試を終えた先生から休みに入れる仕組みになってるんだ。ちなみに俺が担当するクラスも教科も来栖、お前だけだ。言いたいこと、わかるよな……?」と、半ば脅し気味に言われた。
いつもニコニコしているような担任から、初めて脅威を感じた。
「まあ、頑張るよ」
「うん、応援してるね。じゃあ、追試を一発で合格できると信じて、この日は予定ある?」
「一発?」
「そう、一発で。何回かでー、とかだと夏休みの予定ずっと決められないもん」
ここでもプレッシャーをかけられた。
「まあ、努力はする」
「えへへ、頑張ってね。えっとね、海はいつでも行けるんだけど、大きな花火大会がこの日にあるの」
「ああ、コンビニとかスーパーにポスター貼られてるの見たな」
雨奈が指差したのは8月17日だった。
夏休みは7月21日から8月31日までで、夏休み後半の目玉イベントと言ってもいいだろう。
街中の目に付くところ全てにポスターが貼りだされ、大きな川の上に無数の花火が光り輝く。
近くにある大型公園には露店が並び、大勢の浴衣を着た見物客で溢れる。
夜斗がまだ田舎で暮らしていたとき、配信サイトでこの花火大会の中継を見たことがあった。
画面越しでも色鮮やかに輝く花火を見て興味はある。
「どうかな。一緒に行きたいんだけど……」
断ることを完全拒否するような上目遣いで見つめられた。
優枝は……友達と行くだろう。
サヤは、おそらく興味ないんじゃないか。
「ああ、わかった」
「ほんと? やった! じゃあ」
8月17日に『花火デート』と書き込んだ雨奈。
「サヤちゃんも誘っておくね!」
「なに?」
花火デートの下に『夜斗くんとサヤちゃんと』と付け足す雨奈。
二人で行くのだと思っていたが、どうやら三人で行きたいらしい。
「前にサヤちゃんと一緒に学校から帰ってたとき、ポスター見ながら『花火かー、いいな』って言ってたから」
「そうか。お前のことだから、二人で行こうって言うと思っていた」
「恋人みたいに二人で花火デートしたかったけど、サヤちゃんは大切な友達だから。こういうとこで抜け駆けしたら変な亀裂生まれちゃうもん」
「なるほど」
「だから花火デートは三人で。でも……」
雨奈は立ち上がると、制服のボタンを外しながら夜斗の前に立つ。
短いスカートから見える肉付きのいい太股が夜斗の上に乗りかかるように座り、夜斗の肩に手を乗せた彼女は微かに腰を動かす。
「人気のないとこにわたしだけを連れ込むのは、”サヤちゃんとした約束の範囲外”だからいいからね?」
「約束? お前ら何の──」
夜斗の知らないとこで秘密の約束をしたのがわかり聞き出そうとした。
だがそれをキスで止められた。男を興奮させる濃厚なキスに、気付いたら聞こうとしていた疑問がどこかへいってしまった。
「夜斗くんは、何も気にしなくていいの。これはわたしとサヤちゃんの二人だけの問題だから。それより、今は二人っきりなんだから、わたしだけを見て。ねっ……?」
♦
その日の雨奈はいつもと少し違った。
二人だけの時間を全力で楽しんでいるようだった。
夜斗にも、自分との時間を楽しんでほしそうにしているのが伝わった。
「夜斗くんはほんと、獣だね」
「いきなり失礼だな」
「褒めてるんだよ? えへへ」
楽しい時間を過ごした二人。
気付くと窓の外は夕暮れになっていて、もうすぐ日が暮れる。
「そういえば夜斗くん、サヤちゃんに嘘付いたでしょ」
「あ?」
「普通の人は何回も続けてエッチしません。夜斗くんの性欲が強すぎるの」
「ああ」
そんな話を前にサヤとしたのを思い出した。
だが言われるまで覚えていなかった。それになんて返したのかも言われてもよく思い出せない。
「そんな話まで共有してんのかよ」
「サヤちゃんに聞かれたの。『男の人って平均5回は連続でするんだよ』って。ダメだよ、噓着いたら。サヤちゃんそのこと気にして、体力付けるために筋トレ始めたんだから」
「それはそれでいいことじゃないか?」
「んー、それもそっか」
雨奈は夜斗の手を繋ぎ跨る。
エアコンを付けているのにお互いの肌は汗ばみ、空気は生温い。
「なんと、わたしは夜斗くんの言う平均以上できます。どうかな?」
こんなはっきりとした誘われ方をされて断る気にならない。
だが、行為中に夜斗のスマホが鳴ったのを思い出した。
少し待ってくれとスマホに手を伸ばそうとしたが、それを雨奈に止められた。
「……もう、挿れちゃうね」
快感が夜斗の自由を奪う。
やっぱり雨奈は変わった。
それは別に悪いことじゃない。
自分の意志を持ち、明るくなった。
悪くはない。
ただ気になるだけだ。
そのきっかけは、おそらくサヤと仲良くなってからだろう。
二人の間に何があったかやはり気になったが、雨奈の与えてくれる快楽が夜斗の思考を吹き飛ばす。
♦
雨奈の家を出る頃には19時を過ぎていた。
スマホを確認すると異常な回数の不在着信が履歴に残っている。
折り返し電話すると、1コールせず通じた。
「もしも──」
『──何で電話に出ないの? もしかして、電話の取り方も忘れた?』
いきなり馬鹿にされた。
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