第9話 ラブホ探検ツアー
高校生のバイトの宿泊場所にラブホを提供するのはどうなのか……。
という疑問が浮かんでも、雇い主から費用をケチりたいと言わて納得してしまった。
内装は外観と違い大人しい感じだが、全体的に古さがあった。
エレベーターも階層に到着するたびガタガタと揺れる。おそらく建物自体はこの場所に何十年も建ち続けているのだろう。
それを買い取ったときに現オーナーの渚が外観だけお洒落に──とはお世辞抜きにも言えないが、明るい感じにしたのか。
「おっ、部屋はいい感じじゃん」
エレベーターや廊下の廃れ具合を見た感じでは部屋にあまり期待は持てなかったが、あらかじめ渡されていた部屋のカギを開けて中に入ると内装は綺麗な作りだった。
全体的にクリーム色の壁紙に手入れされた絨毯。あとは清潔感のあるベッドが、
「って、何このベッド!」
ベッドを見て固まるサヤ。
部屋の面積の半分以上を支配している丸い形の大きなベッド、それも一つ。
他に部屋らしい部屋はないので、このベッド一つで三人寝ろということなのだろうか。
「なんていうか、普通の高校生の短期バイトってこんな扱いじゃないと思うんだよね。舐めてるよ、あの歩行型嘘吐きロボ」
サヤは文句を言いながらも、初めて見る形のベッドに興味津々だ。
座ったり触ったり、あとは横になる。満足そうな表情を浮かべるサヤは「うん、意外と悪くない」と。
夜斗は部屋の端にカバンを置き、冷蔵庫を開ける。
「とりあえず荷物ここに置いておくぞ。おっ、ジュースあるけどこれって有料か」
「んー、好きに飲んでいいんじゃない。後で請求されても元から無かったって言えばいいでしょ」
「大丈夫なのか、それ。まあ、喉渇いたから飲むか。ほら、サヤ」
「ありがとっ。あれ、雨奈ー」
「なにー?」
横になったままサヤが呼ぶと、雨奈はお風呂場から顔だけを出す。
「サヤちゃん、アメニティグッズも一週間分用意されてるよ」
「一週間分ってことはあたしたち用か。ラブホに高校生を泊める神経はどうかと思うけど、意外と待遇はまともじゃん」
「あっ、これ見てサヤちゃん!」
「ん、今度は何があったの?」
「凄いよ、これ! 来て来て」
カバンからスマホの充電器や日用品を取りだして机に並べていた夜斗の後ろを、サヤがドタドタと足音を響かせながら駆け抜けていった。
「うわっ、ドラマでよく見る透け透けのシャワールームだ!」
「ラブホテルのシャワールームって、本当にこんな風になってるんだあ」
「だね。って、雨奈はよく来てたんじゃないの?」
「ううん、ラブホテルに来たのは初めてだよ! うわー、凄いね。あっ、サヤちゃん撮ってあげる!」
「別にラブホのシャワールームで記念撮影なんてしなくていいのに、まったく……どう?」
「そのポーズかわいい! じゃあ撮るね!」
お風呂場から楽し気な二人の声が聞こえてくる。
荷物の整理している夜斗がまともに感じるが、二人はこの後、渚から仕事の説明を受けることを覚えているのだろうか。
「まあ、もう少し遊ばせるか」
それに夜斗も、ラブホテルに来たのは初めてなので少し探検したい。
♦
ラブホテル探検ツアーを終えた三人は、渚が待つ海の家へ向かった。
海水浴場は大賑わいで、海に入って遊ぶ者や砂場でビーチバレーする者、それにバーベキューをしている者たちもいた。
これから夜斗たちが働く海の家の他にもお店はいくつかあり既に開店していたが、夜斗たちが働く海の家の店先には『休業中』の張り紙が出されていた。
「おっ、来た来た。三人ともこっちだよ!」
その店先のパラソル付き席に座るアロハシャツの男性は、夜斗たちを見て手を振る。
写真で見た通りの軽い雰囲気の男性。彼が雇い主である十和田渚だ。
「いやー、長旅ご苦労様。ささっ、座って座って」
「座ってって、営業は?」
サヤが聞くと、キツネっぽい顔付きの渚は胡散臭い笑顔を浮かべる。
「営業は明日から。君たちが来ないと俺一人で働くことになるからさ」
他に従業員らしき人物はいない。
どれだけの客が来るかはわからないが、他の海の家を見るかぎりだとそれなりに列ができていた。
「とにかく、まずは自己紹介。俺は十和田渚。気軽に渚って呼んで。あっ、くん呼びよりもさん呼びがいいかな」
「歩行型嘘吐きロボ」
「ん、サヤちゃん何か言った?」
「なんでもない。あたしは知ってるからいいとして」
サヤが夜斗と雨奈に視線を送る。
「来栖夜斗です」
「おっ、シュウさんから聞いてるよ。いやー、マジでイケメンだね。これで高一とか羨ましいよ。ははっ、よろしくね!」
「よ、よろしくおねがいします」
明るすぎるテンションに若干引き気味の夜斗。
「えっと、倉敷雨奈です。バイト経験はないですけど一生懸命頑張りますので、よろしくおねがいします!」
「そんなに緊張しなくていいよー、俺も海の家の経営なんて初めてだから! よろしくよろしく!」
自己紹介を終えると、渚は仕事内容の説明をしてくれた。
それはもう──かなりざっくりに。むしろ重要な料理の仕方や接客のアドバイスなんかは一切ない。
「メニューは焼きそばとか海鮮焼きとかの鉄板で料理するメニューと、あとはドリンクね。あっ、作り方なんかは爺さんから預かってる手帳に細かく書いてあるから読んでみて、結構簡単だからすぐ覚えられるよ!」
「「「……」」」
「それと明日の朝に発注業者が食材とか届けてくれることになってるんだけど、爺さんには『慣れない仕事で大変だろうから、いつもより発注少なくした方がいいよ』って言われたんだけど、このメニューの感じなら今まで通りで大丈夫かなって思ってそのままの量で来るから! 四人で力を合わせて頑張ろう、ねっ!」
「「「……」」」
「あっ、でも俺はラブホの経営とかサーフショップの商品売ったりとかであんまお店の手伝いできないんだよねー。でもまあ、三人なら──」
「──おい」
ずっと黙っていたサヤが我慢できず口を挟む。
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