第8話 セフレの二人とすること



 ──次の日から地獄の夏休みが始まった。


 補習を受けるため普段の登校と同じ時間に起きる。

 当然ながら優枝は補習がないので、彼女に起こしてもらうということはない。

 朝ご飯は昨日の残り物。

 目覚まし時計を付け、眠たい目を擦りながら学校へ向かう。


 夜斗と同じく赤点組は何人かいたが、同じクラスの者はいない。そして当然、話せる相手もいない。

 なので補習中は目を閉じて夢の中へ──とはいかず、真面目に補習を受けた。


 補習は午前中のみで、帰ってくると家を出るときは寝ていた優枝が起きていた。

 彼女は汗でべっとりした肌をタオルで拭きながら、熱を持ったタブレットに絵を描いていた。

 我慢しないでエアコン付けたらいいだろ。

 そう言っても、彼女は頑なに、まだ我慢できるからとエアコンを付けようとしない。


 お昼からは優枝に勉強を教わった。

 教え方は上手いが問題を間違えるとすぐため息をつかれるので、素の彼女は人に物を教えるのが下手なんだなと一日目で理解した。


 優枝の勉強は数時間で終わり、昼寝を終えると夜になっていた。

 夜ご飯を食べ、お風呂に入り、12本入りのアイスを二人で食べる。

 寝る前の日課ともいえる優枝との営みを楽しみ、彼女が疲れたら寝る。こんな感じで夏休み一日目が終わる。


 それを次の日にまた。

 次の日も、またその次の日も。

 同じ一日を永遠と繰り返し、気付くと7月が終わっていた──。




「お、おわった……」




 赤点組の中では比較的に早く全追試を終えた。

 担任も喜んでくれた。もちろん、自分が休みに入れるからだ。


 やっと待ち望んだ夏休みが……。


 そう思ったのも束の間、気付くとサヤと約束したバイト当日になっていた。




「あっ、やっと来た」


「夜斗くん、こっち」




 ──8月7日。

 朝早くから待ち合わせ場所である駅のホームに到着した夜斗。

 待ち合わせ時間より10分も早いのだが、二人は既に着いていた。




「ちゃんと起きれたんだ、偉いね」


「まあな。それにしても二人とも荷物多すぎないか?」




 夜斗は大きめのバッグのみだが、サヤも雨奈もキャリーバッグで来ていた。




「一週間分の着替えだからね。むしろこれでも少ないかなってぐらいだよ」


「そうなのか」


「そうそう、男と違って女は……って、雨奈どうしたの?」


「えっ、何が?」


「いや、なんかあたしとヨルっちの顔をジロジロと見てたから」




 サヤに聞かれ、雨奈は首を左右に振る。




「ううん、なんでもない。ただ、二人がこうして話してるの見たの、初めてだったから」


「あれ、そうだっけ。そういえば学校では話さないもんね。それよりもう電車来てるから行こう」




 サヤと雨奈が前を歩き、その後ろを夜斗が付いて行く。

 二人は楽し気に話しながら、たまに夜斗にも話しかけてくる。


 雨奈の言ったように、こうして三人で話すのは初めてだ。

 友達なんだから別におかしくないことだが、友達の前にカタカナ三文字が付いた関係なので、不思議な感じだ。


 そんな関係の三人が集まったことで当然のように電車に乗ると、あの話題になった。




「そういえばさ、どうすんの。泊まるとこ、三人一部屋じゃん」




 向かい合って座る夜斗たち。

 隣に座った雨奈は、恥ずかしそうに俯いたまま口を開く。




「どう、しよっか……。夜斗くんは、どうしたい?」


「どうしたいって」




 どうしたいとは、そういうことだろう。

 お互いがお互いに関係を持っていることを知っているので、何もしないという選択肢はない。

 ただ三人が同じ部屋に泊まるので、二人っきりになれるタイミングはない。だから……。

 ということで、サヤは窓の外に顔を向けながらもチラッチラッと夜斗に瞳を向け、雨奈は俯いたまま組んだ手の指先をちょこちょこ動かしていた。


 全ての決断を任された、そんな感じだろう。

 やりたい盛りの獣である夜斗に、恥ずかしいという気持ちはない。




「三人でするか」




 一切の躊躇いも気遣いもなく言うと、サヤにドン引きされた。




「うわ、ほんとクズ」


「どうするか聞いたのはお前だろ」


「お前って言うな。……っていうよりその、アレって三人でできるものなの?」


「え、わたしに聞いてる? えっと、まあ、できなくもない……かな。夜斗くんなら、うん」


「できるんだ。三人、三人かあ……。まあ、この三人で泊まるんだからそうなるよね」




 サヤは目を細めて夜斗に何か言いたげな表情を浮かべたが、あまり良くないことだと思ったので知らんぷりした。

 はあ、と大きくため息をつくサヤ。




「雨奈は? どっちがいいの?」


「わたし!? わたしは、その、サヤちゃんとならいいよ」


「いいんだ。んー、じゃあ」




 サヤは明言せず、夜斗を見て小さく頷いた。

 これは二人からの了承を得られたということだろう。

 初めての体験に、少しだけ胸が躍る。二人は複雑だろうが。


 それからはお菓子を食べたり窓の外を見て話したり。

 一時間ほど経つと目的の駅に到着した。




「うわ、めっちゃ綺麗!」




 無人駅を駆け出し、すぐ側に見える海岸に立つサヤ。

 波の音とカモメの鳴き声が聞こえると、夜斗は地元を思い出す。

 思い出すといっても海に面した場所ではなかったので波の音なんて聞こえなかったが、こののどかな雰囲気は似ていた。




「あいつ、キャリーバッグ置いて一人で行きやがった」




 サヤの放置していったキャリーバッグを持ち、夜斗と雨奈も海岸へと歩く。




「夜斗くん、今日は誘ってくれてありがとう」


「あ? 誘ったのはサヤだぞ」


「そうだけど、一緒に来れて良かったなあって。夏休みに友達と旅行に行くの初めてだから」


「旅行じゃなくて労働だけどな」


「それでも、楽しみ。……それに、一週間も夜斗くんと一緒に寝れる」




 雨奈は海岸ではしゃぐサヤを確認してから、夜斗の隣に立つ。




「さっきは三人でするって話ししたけど、サヤちゃんとできなくなるぐらいわたし頑張るから、覚悟しててね?」


「ん、ああ。とか言って、労働で疲れて夜になったらすぐ寝そうだけどな」


「それは、うー、ありそうで怖い。頑張って起きないと」




 雨奈はニコリと微笑む。


 それから、三人で海を見ながら目的地へ向かう。

 駅周辺は民家しかなく人も少なかったが、少し歩くと大勢の人で賑わう海水浴場が見えた。

 実際に働くのは明日からなので、三人は荷物を置くためにホテルへ向かった。




「「「……」」」




 海水浴場から10分ほど歩くと、三人がこれから泊まるホテルに到着した。

 ちなみに、ここの宿泊費用は雇い主である渚が出してくれる。

 一週間、しかも三人分のホテル代ともなるとかなりの金額になる。だが、自身が経営しているホテルなら、費用は一週間分の利益分しかかからない。




「なんでこんな、見るからにラブホですって主張してんの」


「まあ、ラブホだからな。趣味は最悪だけど」


「これから一週間、ここに泊まるんだ……」


「ちょ、出入りするとこ誰かに見られたくないから早く入ろう!」




 夜になると電飾が眩しく輝くであろう外観。

 今どきでは珍しい『ラブホテル』という大きな文字。これも夜になるとおそらく光るはずだ。

 ここは渚が経営するラブホテル。三人が一週間宿泊するホテル。



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