第7話 海の家 学生可 高収入バイト



「バイト?」


「そう、サヤもモデルの仕事で何回か顔合わせていたはずだけど、十和田渚とわだなぎさくんって覚えてる?」


「誰だっけ」




 名前を聞いてもピンと来ていないサヤに、シュウはスマホの画像を見せる。

 派手な茶髪にピアスとアクセサリー。画像からでもわかるほどのチャラ男感のある男の顔を、サヤはじっくりと見る。




「あー、あの歩行型嘘吐きロボか!」


「なにその名前」


「歩くたびに噓吐くから、歩行型嘘吐きロボって呼んでたの。もしかしてそのバイトの雇い主って?」


「そう、彼」


「うへぇ」




 はっきりと嫌な表情を浮かべるサヤ。

 会ったことも話したこともないが、この反応からするとあまりいい人ではないのだろう。




「ってかあの人『モデルは稼げねえ!』って言って、ラーメン屋を出したんじゃなかったっけ? 貯金無いけど、誰かからお金貸してもらって店出したとか」


「ラーメン屋をオープンしたんだけど、レビューの星1ばかりで半年経たずに潰れちゃったそうよ」


「素人だもん、当然でしょ」


「で、その後に『これからはラブホ経営が流行るんです!』って言って、ラブホ経営に移行したらしいのよ」


「その資金も誰かから借りたの?」


「今回は複数人に土下座したんだって。ちなみに、わたしも出資者の一人よ」


「なんであんなのに貸しちゃったの」


「なんにでも前向きで行動力もあって、どんなに失敗してもいつも明るいから、つい応援したくなってね」


「悪く言えば飽き性だけどねー。でも海の家ってことは、そのラブホ経営も失敗したんでしょ?」




 学ばないなと言わんばかりにため息をつきながら聞くが、どうやらそうではないらしい。




「ラブホ経営は可もなく不可もなくって感じで続いているそうよ。今回のは彼の経営とは別件で、彼がオーナーしているラブホの近くに海水浴場があって、そこで毎年、海の家を営業していたおじいさんに頼まれたんだって」


「頼まれた?」


「そのおじいさんが急に入院することになったとかで、代わりに営業してほしいって」


「あの歩行型嘘吐きロボが人助けねえ。いくら貰ったんだろ」


「さあ? ただ、彼が善意のみで人助けするわけがないのは確かね」




 シュウの話しでは、その海の家のおじさんから頼まれた彼は、サーフショップを運営している友人にそのことを話したそうだ。


『俺の経営してるラブホの近くで海の家を出してた爺さん、急に入院することになったんだってよ。で、その間だけ海の家の営業を代わってくれないかって頼まれてさあ』


『でも海の家ってことは、その間ずっとお前が店先か厨房に立たないといけないんだろ? そんな暑くて大変な仕事、お前にできんのかよ』


『いや、無理だけど。でもさー、その爺さん、俺がラブホの経営を始めたときからちょこちょこ世話になってて断りにくかったんだよ』


『へえ、お前にも義理人情の精神あったんだな』


『ま、まあ、実際はその爺さん、海の家に来る客にうちのラブホのこと宣伝してくれてさ、最近はラブホ経営も右肩下がり、いや、急降下中で……俺さ、今年の夏の売上に賭けてたんだよ。もし爺さんの海の家が営業しなかったら、本気でうちのラブホ潰れるかもしれないんだよ!』


『さすがに海の家が営業するかどうかでラブホが潰れるか決まるかは大袈裟だろ……って思ったけど、笑えない惨状なのを知ってるからなんも言えねえな』


『だろ? でも、海の家に労力を割いてる暇はないしさ。かといって誰か雇う金もない。結局、金になんねえんだよ……』


『うーん、たしかにな。じゃあ、その海の家で俺んとこの商品宣伝してくれよ。そこで売れたらお前に何パーセントかやるから、そうしたら海の家の営業に人を雇うことだってできるだろ?』


『えっ、マジ? やるやる! だったら一般の子よりモデルの方がいいよな。知り合いのモデルに声かけて、お前んとこの商品着て接客してもらおうかな!』


 という話の流れで、接客をしてくれるモデルを探していたらしい。




「なにその汚い大人たちが繰り広げる物語。人助けの精神とか皆無じゃん」


「大人なんてそんなものよ。で、彼はモデルの知り合いに声をかけたんだけど、海の家のバイトに本業のモデルを何日も雇えるわけもないから」


「バイトとして高校生のあたしに声かけたってこと?」


「『学生は夏休みで暇ですよね』だって。それにモデルを雇うよりも高校生をバイトで雇った方が人件費も浮くって魂胆でしょうね」


「あの歩行型嘘吐きロボめ」


「まあまあ。聞いた話だと日給もいい感じだし、時間外は海で遊び放題。どうせサヤ、夏休み中は暇なんだからいいんじゃないの?」


「遊び放題って言ってもずっとバイトで遊べないじゃん。ヨルっちはどう?」




 ずっと蚊帳の外だった夜斗に話しが振られた。


 ちなみに日給は一日二万円で、一週間で十四万円。

 学生の短期バイトとしてはかなりの高案件だ。おそらくはシュウの紹介ということで”モデル”に近い金額設定なので高くなっているのだろう。

 ただし、知り合いからの紹介なので勤務時間とかは詳しく書いておらず『朝から暗くなるまで』と曖昧で不穏だ。


 少し悩んだ。

 父親からの仕送りがあるとはいえ、優枝と一緒に暮らしているので生活はかなり貧しい。

 家にエアコンはあるが、優枝に「節約!」とまだ付けさせてもらっていない。

 なのでこの夏休みにたくさん稼いでおくのは、今後の高校生活を考えればアリだ。




「それに、渚くんみたいな人と会ってみるのは、二人の今後にとっていいことだと思うわよ」


「どういうこと?」


「自堕落な学生生活を送っている二人には、なんでもやる彼と関わるのはプラスになるんじゃないってこと」




 話を聞いただけでも渚は夜斗とは真逆で、少しでも「これやってみよう!」と思ったら即行動するタイプだと思うので、シュウの言いたいことはわかった。

 この何もやりたいことの見つからない生き方に良い刺激になるかもしれない。そもそも働くこと自体が初めてのことなので良い機会かもしれない。




「じゃあ、やってみます」


「って、彼は言ってるけど?」


「えー、まあ、ヨルっちがやるならいいけど。でも、あの歩行型嘘吐きロボにムカついたらすぐ辞めるし、無理難題押し付けてきたらキレるからね」


「まっ、そこはサヤたちに任せるわ」


「あと、給料は前払いね! あたしとヨルっち、それに雨奈の三人分!」


「はいはい。じゃあ日にちなんだけど」




 指定された日は8月の前半だった。

 雨奈と約束した8月17日の夏祭りとは被っていないが、バイトから帰ってすぐ夏祭りに行くことになる。


 実家に帰るとしたらその後になり、何より問題なのは、




「追試、速攻で合格しないとだね。追試合格できなくて行けないとか無しだから」




 サヤに言われて大きくため息をつく。

 夏休みなのに学校があるときよりも予定が詰まっている気がした。

 充実した夏休みと言えばそうなのだが、プレッシャーがかかるので充実感はない。




「そうそう」




 全ての説明が終わって帰ろうとしたとこで、シュウは思い出したように二人に告げる。




「三人が泊まる場所なんだけど……」

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