第10話 やってやる



「なんでそんなに適当なの!」


「えっ、適当? 俺? 別に適当じゃないよ。あっ、なんか気になることある? もう、年上とか気にせず遠慮なく聞いていいのにー」


「じゃあ、まずメニューを作って見せてよ! おじいさんのメモ見たけど、めちゃくちゃ達筆で文字が読みにくいし、調味料の分量とかほとんど感覚でしか書いてないじゃん」


「それなー。実はあの人、元職人らしくてさ、だから俺たちも作るときは感覚でいいんじゃないかな。味薄かったら塩足すとか、ねっ?」


「はあ? それ、料理に慣れた人ならいいかもだけど、職人の感覚がない高校生の感覚なんてあてになるわけないでしょ!」


「俺にそんなこと言われてもなあ。まっ、やってみれば感覚掴めるでしょ!」




 能天気に笑った渚を見て、サヤは開いた口が塞がらなかった。

 シュウはなんにでも挑戦するというのを彼の良い所と言ったが、ここまで適当だと一つのことに集中した方がいいと思う。

 前に始めたラーメン屋が星1レビューばかりで潰れたと言っていたが、まさか今のように適当に料理を作って客に出していたんじゃ……。




「食材もないから詳しいことは明日また、ねっ。俺この後ちょっと用事があってさあ」


「ちょっと!」


「それより制服渡すから。あっ、制服と言っても水着とパーカーだけど。はいこれ、明日からこれ着て頑張ろー、ってことで」




 そんなつもりはないのだろうが、シュウは逃げるように制服を三人に渡して去って行ってしまった。

 取り残された三人は袋に入った制服を手に持ち、数秒だけ固まった。










 ♦












「──ちょっとお姉! こんな適当なんて聞いてないよ!」




 ラブホに帰ってくるなり、サヤはシュウに電話した。

 最初は夜斗と雨奈の前で話していたが、ヒートアップするとお風呂場へこもってしまった。

 扉を閉めていても彼女の声が聞こえてくる。相当お怒りのようだ。




「どうなるんだろ」




 ベッドに腰掛けた夜斗の隣に座った雨奈が、天井を見つめながら言う。




「さあな。営業できたとしても、まともな飯って呼べるものを出せるかどうかすら微妙だ」




 一瞬だけ「海の家で出される飯なんてみんな適当か?」とも思った。

 提供する料理は家で食べるものと同じクオリティで、海で食べるという影響で美味しく感じられるだけかもしれない。

 かなり楽観的に考えた。

 だがこの考え方は渚と同じだと、すぐに我に帰る。




「これまでおじいさんが頑張って続けてきた店だからな。あんま適当なことはしたくねえな」




 夜斗はおじいさんと会ったことはない。

 おじいさんが営業していた海の家に来たこともない。

 だからどれだけの熱量を持っていたかは知らないが、ただの道楽でやっていたというわけではないのだろう。




「毎年同じ場所で営業していたなら、おじいさんのお店を楽しみに来てくれ人もいるかもしれないしな」


「そうだね。でも、どうしたらいいんだろ」


「一番いいのは営業しないだろうな。楽しみにしてくれてた奴らには悪いが、おじいさんが戻ってくるまで休めばマイナスにはならねえ」


「うーん」


「──やるよ!」




 勢いよく扉を開けたサヤがそう宣言する。




「シュウさんはなんだって?」


「『使えない上司の下で働く経験なんて高校生だと滅多にできないんだから、これもいい人生経験よ』だって! そんな経験いらないのに!」


「マジか」


「だからあたしたちがやる! あの歩行型嘘吐きロボの指示に従って、一緒に楽観視してたら絶対に失敗するから、あたしたちで成功させるの!」




 サヤはふんふんと鼻息荒くしながら夜斗と雨奈を見る。


 正直なところ渚を見捨てて帰るのも選択肢の一つだが、このまま帰るのは見ず知らずのおじいさんを悲しませるようで気が引ける。

 とはいえ渡されたおじいさんの手記だけで、ただの高校生が営業できるとは思えない。




「まあ、やるだけやってみるか」




 それに、少しだけ今の状況を楽しそうだと思った。

 この苦境な状況からどれだけ営業を成功させられるか。




「そうだね。でも、やるってまずどうしたらいいんだろ?」




 雨奈が不安気に言うと、サヤは出掛ける準備を始めた。




「まず食材を買ってここで練習。鉄板はないけどキッチンはあるから」


「たしかにおじいさんのメモ帳を見て、営業前に作ってみた方がいいよな」


「サヤちゃん、メニューいっぱいあるけど全部作るの?」


「もちろん! ヨルっち大食いだから全部食べれるでしょ!」


「……まあ、食えるだろうけど。美味しい料理ならだからだぞ?」


「じゃあ頑張らないとね、ヨルっち」


「は、俺? 雨奈じゃないのか?」




 料理できないわけではないが、夜斗よりも雨奈の方が料理の腕前は上だと言い切れる。

 話題にしなかったが雨奈が料理担当だと思っていたのだが、サヤと雨奈の考えは違うらしい。




「いやいや、女子二人は接客とドリンク担当でしょ。夏の海に熱々の鉄板の前でずっと働かせるのかわいそうでしょ」


「わたしも、夜斗くんが料理担当がいいかな」


「マジか……」


「それに接客は水着にパーカーでしょ? 雨奈の大きいおっぱいは絶対に接客向きじゃん。お店の奥に隠しておくのは勿体ないよ!」


「そんなこと言ったら、サヤちゃんだって接客向きのおっぱいだよ!」




 二人が何やら言い合いしている。

 こういう話題に入りたい性格の夜斗だが、いきなり任命された料理担当という重責で頭が一杯だった。

 



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