第11話 初めての共同作業
ラブホテル近くのスーパーに買い物へ来た三人。
買い物かごを乗せたカートを押す夜斗の前を、二人は楽し気に話しながら歩く。
「えっと、まずは海鮮ものだね。海の家って言ったらやっぱ海鮮でしょ」
「でもサヤちゃん、海鮮焼きってただ焼くだけだから練習しなくてもいいんじゃない?」
「甘いなー、雨奈は。焼き加減とかもあるから実際にやってみないと。あと個人的に食べたい、海見た後だから」
サヤはおじいさんのメモ帳を見ながら食材をかごに放り込む。
イカの丸焼きに使う大きめのイカに殻無しのホタテ。他にはエビなど、その多くは海鮮ものだった。
「海鮮はいいがホテルにフライパンと鍋しかなかったから、鉄板でしかできない料理は止めておけよ」
「むー。じゃあイカは? イカの丸焼き食べたい」
「サヤが食べたいだけじゃねえか。まあいいけど、イカの丸焼きは大きいから一つだけな」
「はーい。じゃあ、海鮮はこんなとこで、メインの焼きそばとかお好み焼きの具材見に行こっと」
サヤの後ろ姿からも機嫌が良さそうなのが伝わってくる。
それからも自分が食べたいであろう料理の食材をかごに突っ込むサヤと、海の家のメニューとは関係のないお菓子をかごに入れようとする雨奈。
夜斗は不要なものを入れられないよう守護する。
サヤに「これは必要なの! 本当に!」と力押しされても、雨奈に「みんなでお菓子食べながら映画見たいなあ、ダメ?」と上目遣いでお願いされても、必要以上のものは断固として買わない意志を示した。
それでも想像以上に高額な出費となった。
会計を済ませてホテルへ。
大量の食材を両手に持ってラブホテルに来る客なんて三人の他にはいないだろう。
「あちゃー、人に見られちゃった」
入口からエレベーターまで急いで通ったのに、エレベーターの乗り降りの時に他の客とすれ違ってしまった。
三人より少し上の年齢で、お楽しみの後だったのだろう。
幸せそうに彼氏であろう男の腕を組む彼女は三人をガン見してから横を通り過ぎ、振り返ってこちらを見ると彼氏に何か言っていた。
「あれ、絶対この買い物の量見て笑ったでしょ、あんな食べるんだって。感じわるっ」
「いや、それもあるかもしれないが……」
「あの反応はたぶん、男一人女二人の三人でラブホに入ってることに笑われたんだと思うよ」
「あー」
それから三人は何も言わず、エレベーターを降りると小走りで部屋に向かった。
部屋に戻ると購入した食材たちをキッチンに並べる。
広々としたキッチンに二つのIHクッキングヒーター。レンジやコンロなんかも用意されている。
なぜ、ただのラブホなのにこんな料理の設備が充実しているのかは不明だが、一週間宿泊するには住みやすい部屋だ。
もしかすると長期の宿泊プランの営業なんかもやっているのかもしれない。いや、ネットカフェではないのだから普通はしないか。
「よし、気を取り直して料理しよ!」
エプロンなんかはないのでそのままの格好でキッチンに立つサヤ。
メモ帳を見ているが何度も首を傾げていた。何から始めればいいかわからないといった感じだろう。
「まずは料理前の下準備からだな。メモ帳見せてくれ」
「はーい。そういえばヨルっちって一人暮らしだよね。自炊してんの?」
「ん」
実際は料理のほとんどを優枝がしているのだが、二人には内緒なので言えない。
「まあな。それに実家にいたときも親父が料理しなかったから、腹減ったときとか自分で作っていた」
「へえ、できるんだ。なんか意外」
「お前は?」
「お前って言うな」
「サヤは? まあ、その感じだとできなさそうだな」
「はあ?」
ムスッとした表情の彼女に睨まれたが、じーっと見続けていると彼女は「キッチンに立つの初めてかも」と言った。
ということは料理初心者のサヤに、少し経験のある夜斗。それから、
「雨奈は料理上手いよな」
夜斗が雨奈を見て言うと、彼女は「やっと自分に振ってくれた!」と言わんばかりに明るい表情を浮かべながら夜斗の隣に立つ。
「うん、いっつも家で料理してるから大得意だよ。困ったことがあったらなんでも聞いてね!」
それから、やる気十分だけど素人のサヤと、そんな彼女に付き合わされる夜斗、あとは後方腕組み彼氏状態の雨奈の料理が開始された。
「えっと、イカはまず中のプラスチックを取るんだよね」
「そうだけど、それイカの軟骨だよ」
「へえ、じゃあこれも食べれるんだ。居酒屋とかでよく出るもんね、軟骨のからあげ」
「ううん、イカの軟骨はからあげにできないよ」
「なんだ、残念。……よし、取れた。で、このままフライパンで」
「サヤちゃんサヤちゃん、まず水洗いしないと!」
「え、海の生き物なのに洗うの?」
「海の生き物でも、食材は必ず洗わないと」
「そうなんだ、わかった。じゃあえっと、洗剤は……」
「洗剤は使っちゃダメ!」
後方腕組み雨奈が介入するのに五分もかからなかった。
それからも雨奈の助けを借りながら料理していたサヤだったが、気付くとキッチンからその姿はいなくなっていた。
今はベッドの隅で体育座りしながら備え付けのテレビを操作している。
「サヤちゃん、拗ねちゃった……。言い過ぎたかな?」
「いや、これで良かっただろ。あんな危ない包丁の持ち方する奴、初めて見た」
「だね。料理はわたしと夜斗くんで頑張ろ」
そう言った雨奈は、不意に笑い出す。
「えへへ」
「急にどうした」
「ううん、こうして夜斗くんと並んでキッチンに立って料理する日が来るなんて思わなかったから」
「そういえば、いつもお前の家に行ったら料理できてるもんな」
「うん。今度からは、こうして一緒に料理するのもアリかな?」
そう言われて、本音を言えば雨奈に全部作ってもらった方が楽だし、何より美味しくできるから自分は介入しない方がいいと思った。
「ね?」
だが、なんでも一緒にやりたがる雨奈に見つめられると、そんなこと言えない。
「まあ、気が向いたらな」
「やった。じゃあ──」
「ぎゃあああ!」
雨奈が何か言おうとした瞬間、別の部屋にいるサヤの叫び声が聞こえた。
だがその叫び声に被せるように、テレビから女性の喘ぎ声が響いてくる。
雨奈は慌ててサヤのもとへ向かった。
「雨奈、な、なんか他に面白い映画ないかなってチャンネル変えたら、その、テレビに」
「サヤちゃん、このハートマークのボタンは押したらダメだよ。もし押したら、さっきの流れるから」
「う、うん、気を付ける。もう押さない。雨奈、操作するの怖いから元に戻して」
「この映画でいい?」
「うん、ありがと」
雨奈は帰ってくると「サヤちゃん、かわいかった。人のを見るのは意外とダメなんだね」と笑った。
「お前、ラブホに来たことないって言っていたのに詳しいんだな」
「こういうホテルのテレビで見れるって聞いたことあったから。あっ、もしかして妬いた?」
「なんで妬くんだよ」
「本当は他の男と来たことあるのかーって。なんだ、違うのかあ」
「別に妬くことでもないだろ」
「……そっか、残念」
なぜか悲し気にする雨奈。
さっきまで明るかった彼女との間に沈黙が生まれる。
「雨奈」
「ん? ……あっ、ん」
キスをすると、雨奈は持っていたものを置き、軽く背伸びをしながら夜斗の腰に腕を回す。
「夜斗くん、女の子の扱い方上手くなった?」
「というより、お前の扱い方だな」
「キスしたら喜ぶだろって? えへっ、正解。でも、キスしたら何でも許してもらえると思われるのはショックだなあ」
「でもそうだろ」
「うーん、そうだけど。じゃあ、もう一回して?」
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