第9話 彼女の部屋で
「お母さん、夜の仕事しててね。仕事が終わっても男の人の家を転々としてるから、あんまり帰ってこないの」
「親父は?」
「お父さんはわたしが小学生の頃に離婚しちゃって、もう何年も会ってないよ」
だから家の中は極端なのか。
雨奈の部屋にはたくさんの物が置かれているのに対して、リビングにはテーブルや冷蔵庫といった家具だけで親の物が見当たらない。
他に部屋はなく、親の寝る場所すらない。おそらく、ほとんど母親は帰ってこないのだろう。
──そういう家庭環境で育ったのも影響しているのかもしれない。
「寂しかったのか?」
「え……?」
雨奈が男に強引に迫られて断れないのも、寂しさというのが少なからず影響しているのだと感じた。
「どうかな。でも、寂しかったのかも。学校でも一人ぼっちで、家に帰っても誰もいなくて」
ベッドに並べられたイルカのぬいぐるみを手に取ると顔を埋める。
そんな雨奈の肩を抱き寄せると、彼女の体は思ったより簡単に夜斗へと倒れ込んだ。
「あ……」
「俺の家も、小さい頃に母親が出て行ったんだ」
「来栖くんのお家も?」
「ああ。ただ母親がいないことを嫌だとか不便だとか思ったことはなかった。それはたぶん、親父がいたのと、仲が良かった奴らがいたからだと思う」
片親の子は不幸になるか道を踏み外す、なんて言う者もいる。
現に夜斗は、世間一般的には不良と呼ばれる少年に育った。
けれどそれを不幸だと思っていないし、道を踏み外したとも思っていない。
「来栖くんの地元って、こっちじゃないんだよね?」
「ああ」
「向こうではどんな感じだったの?」
「どんなって、別に普通だ」
「えー、来栖くんの普通って、わたしの普通と絶対に違うと思うんだけど」
「まあ、いろんな男を食ったりはしなかったな」
「あっ、もう! そういうこと言わないでよ。なんか、来栖くんにそのことを言われるの、イヤ……」
「なんだそれ。でもまあ、向こうではここまで影薄くはなかったな」
「あっ、もしかして番長だった? 学校中の生徒を仕切って、屋上にアジト作って」
「それ、なんの不良漫画だよ」
「違うの?」
「そんな不良漫画に出てくる中学、リアルにはねえよ」
「へえ、そうなんだ。残念。ねえ、聞きたい。来栖くんの中学時代の話し」
そう言われ、夜斗はめんどくさいと思いながらも話した。
都会と違って田舎だった夜斗の中学では、ほとんどの学生がスマホなんて持っていなかったから、都会の学生からしたら原始的な遊びばかりしていた。
小学生の時は放課後になるとクラス全員で集まり、公園で鬼ごっこして遊んだ。
それを雨奈に話すと「そもそも近くに公園がないかな」と言われた。
やはり時代遅れな青春を謳歌していたのだと話すと、雨奈は羨ましいと、夜斗の話をまるでファンタジー世界の物語かのように楽しそうに聞いていた。
「喧嘩は? 喧嘩、いっぱいした?」
「人並みにはな」
「だから、来栖くんの人並みはわたしの人並みじゃないの!」
「かもな。まあ、こっちの奴よりはしたんじゃねえか。他にすることなかったしな」
「そっかあ、そうなんだ。いいな、わたしもそういう青春を送りたかったな」
「殴り合いの青春か?」
「うーん、それはいやかな」
「案外楽しいぞ。まあ、終わったら死ぬほど痛いけどな」
自虐的に笑うと、雨奈は釣られて笑顔を浮かべる。
すると彼女は夜斗の顔をジッと見つめていた。
「来栖くん、もっと人前で笑った方がいいよ」
「急にどうした」
「なんとなく、そう思ったの。強面な来栖くんが今みたいに優しく笑ったら、きっとみんなに好かれると思う。女の子、こういうギャップに弱いんだよ?」
「そんな簡単じゃないだろ。それに、別に好かれたいと思ってねえよ」
「そうなの?」
「ああ」
「そうなんだ。でも、良かったかも……」
「あ?」
雨奈はお尻を持ち上げ夜斗の隣にぴったり座る。
甘ったるい匂いが鼻をくすぐり、吐息がはっきりと聞こえる。
「だって来栖くんの笑った顔、こっち来てからはわたししか見たことないんでしょ?」
「……」
「だから、良かったなって。一人占めできて嬉しいの」
一瞬だが優枝の顔が頭に浮かんだが、それをここで口にするのは違う。
「まあ、俺がお前の前で笑うことは二度とないけどな」
「ええ!? なんで? もっと笑ってよ」
「気が向いたらな」
「んー、じゃあ笑ってもらえるように頑張ろっと」
雨奈は太股を撫で、物欲しそうな目で夜斗を見つめる。
これ以上の会話は不要か。それとも言葉ではない温もりが欲しいのか。
顔を近付けると「ん……」と弾んだ声を漏らし、目を閉じた。
「あっ……ん、ちゅ」
柔らかい唇を奪うと、雨奈は甘い声を漏らす。
数日前まで会話もしない目も合わせなかった同級生と舌を絡ませ、お互いの体を撫でるように触る。
「んっ、はあ……来栖くんのキス、なんか男らしい」
「嫌いか?」
「ううん、好き。もっと、してほしいな」
お互いの唇を求めながら、自然と雨奈の体が後ろに倒れる。
熱を帯びた顔にとろんとした瞳。胸の谷間に浮かんだ汗の粒が奥に沈む。
窓から差し込む夕焼けに照らされた彼女は幸せそうに微笑み、夜斗へと両手を伸ばした。
「来栖くん、きて……」
※ブックマーク・いいね・評価よろしくおねがいします!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます