第27話 彼女が尽くしてくれる理由
真っ白な生地は薄く、太股が出るほど丈は短い。
ぴったりと肌に吸い付いているようなサイズで、チャイナ服だとすぐにわかった。
「どうしたんだ、それ」
「えっ、あの、その……夜斗くん、喜んでくれたらいいなって」
いきなりだから驚いた。
反応としては、彼女の求めていたものとは違っただろう。
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする雨奈は引かれたと思ったのか、夜斗から視線を背ける。
「似合っ、てる……うん」
と、言うしかなかった。
恥ずかしいのを我慢して、夜斗に喜んでもらいたくて着てくれたのだから。
それに似合っているのは事実だ。
ただ、素直に似合っていると言うのがなぜか照れ臭かった。こういうのを照れずに言えるタイプなのだが。
「ほんと? 良かった……。どういうの好きかわからないから、他にも買ったんだよ」
「そうなのか」
「うん。夜斗くんはどういうの好き?」
他には絶対に存在しないであろうミニスカートの巫女や、童貞を殺すで有名なセーターなんかがあった。
巫女のコスプレはよく見るが、童貞を殺すセーターはコスプレと呼べるのだろうか?
「夜斗くんはミニスカート系が好きかなって。太股、好きでしょ?」
「否定はしない」
「やっぱり! だからミニスカート系で揃えてみたの。ナース服も候補としてはあったんだけど、夜斗くんSっぽいから好きじゃないかなって」
「いや、SだろうとMだろうとナース服は好きだろ」
「え?」
「え?」
好きか嫌いかで聞かれて嫌いと答える男はいないだろう。
雨奈は残念そうに「ナース服も買ってくれば良かったなあ」と言いながら夜斗を見つめる。
「こういうサプライズ、好き?」
「まあ、男だからな。それにこういう格好、雨奈に似合ってると思うぞ」
「良かった。って、今……雨奈って呼んでくれた?」
「あ? ああ」
「珍しい。わたしのこと、いつも『お前』って呼ぶのに」
そういえば、名前で呼ぶよりもお前って呼ぶことの方が多い気がした。
誰に対してもお前呼びが癖になっているから、あまり気にしたことはなかった。
「嫌だったのか?」
「ううん、夜斗くんにお前って呼ばれるの好き」
「好きなのかよ」
「うん、好きだよ。たぶんわたし、Мなんだと思う。えへへ、夜斗くんに女だってわからされるシチュとか興奮するもん」
雨奈は気分がいいのか、聞いてもいないことを教えてくれた。
「でも、たまにさっきみたいに名前で呼ばれたいな? ねえ、もう一回呼んで?」
「雨奈。これでいいか?」
「うーん、なんか気持ち込もってないなあ」
「さっきのも別に気持ち込めてねえよ」
「残念。……ねえ、夜斗くん」
手を握られ、見つめられる。
無言で、ここから先は男が口にしろと言わんばかりの表情だ。
夜斗は雨奈の体を持ち上げる。
「わわっ、お姫様抱っこ……」
軽々と持ち上げると、そのまま雨奈の部屋──ベッドまで運ぶ。
運ばれる雨奈は目をキラキラさせていた。まるでチャイナ服を着た少女のようだった。
「こういうの昔から憧れてたんだ。もしかして知ってたの?」
「知るわけないだろ。運ぶのにこれが一番楽なんだよ」
「もう、わたしのときめき返して」
頬を膨らませた雨奈をベッドに寝かせる。
チャイナ服が捲れて肉付きのいい太股が露わになり、前後を結ぶ紐の隙間から艶がかった肌が見える。
普段と衣装が違えば、別の興奮が得られる。
また一つ賢くなった気がする。……これからの人生にはあまり役立つとは言えないが。
雨奈は壁に掛けられた時計に視線を向ける。
「22時かあ。果たして、わたしは何時に寝れるのでしょうか」
「楽しそうに言うな。寝たいなら、このまま寝るか?」
「あー、ダメダメ! 今日は寝かせないぜって、耳元で囁かれるの夢だったんだから!」
「なんだそれ」
夜斗にそんな気取ったセリフを期待するのは間違っている。
なにせ夜斗は、絵に描いたイケメン男子というより野獣のような男なのだから。
言葉で表すより行動で示すタイプだ。
「まあ、せっかく買ってくれたんだから全部着るまでは寝れないだろうな」
「じゃあ、もっと買ってくれば良かったかな。そしたら、一生してくれたのに」
「そうなったら、寝る前に俺が枯れちまうだろ」
「枯れちゃったら、いくらでも復活させるよ? えへへ」
そこでふと、部屋の中の音が消えた。
どっちかが言うわけでもなく、お互いに口を閉じた。
まるで会話はもういいと、お互いにそう通じ合ったかのように。
♦
「……3時です」
ぐったりとした雨奈が夜斗の腕で囁く。
ベッドの周りには脱ぎ散らかしたコスプレ衣装が散乱していた。
「なんと今日、学校があります」
「だな」
「学校、行ける自信ありません」
「ああ。で、なんで敬語なんだよ」
「なんとなくです。えへへ」
汗ばんだ肌がよりお互いの熱を伝えてくる。
二人とも目を閉じながら、どうでもいい会話をしていた。
学校のことを心配するぐらいならすぐ寝ればいいのにと思ったが、雨奈はこの二人の時間を終わらせたくないのだろう。
寝るのがもったいない。
言葉にしなくても、そんな顔をしていた。
「夜斗くん」
「あ?」
「幸せ。すっごい幸せ。夜斗くんに出会えて、本当に良かった」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ」
「まあ、俺みたいなのと一緒にいるだけで幸せなら、好きなだけ一緒にいてやるよ」
「あ……」
目を開けると、雨奈と目が合った。
「それって、その……」
「ん?」
「う、ううん、なんでもない。ちょっとびっくりしただけ」
雨奈は夜斗の腕をギューッと抱きしめる。
「明日、あっ、もう今日か……。今日、学校行きたくないな。このまま夜斗くんと一緒にいたい」
ギシ……。
ベッドが軋む音がして、目を空けた。
雨奈は上半身を起こすと、ゆっくりと夜斗の上に跨った。
「わたしね、人に尽くすのが好き。それに気付いたの、夜斗くんと出会ってからなの」
「雨奈?」
「尽くしたら……夜斗くん、見返りくれるから。いっぱい抱いてくれて、いっぱい気持ちよくしてくれる。尽くせば尽くすだけ、夜斗くんが側にいてくれる。だから今日ね、夜斗くんにいっぱいご奉仕したの」
窓から差し込む月明りに照らされた雨奈。
逃がさないと言わんばかりに夜斗と手を繋ぐ。
今まで何に対しても受け身だった彼女。夜斗のしたいこと全てを受け入れ、我が儘を言ってもすぐ引き下がる。
その姿勢が、愛人に似ていると言ったこともあった。
だけど初めて、自分の意志をはっきりと示した気がした。
「学校、一緒に休もう……?」
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