55話 カイマン革命 その4

「ちょっと待てェ、お前らァ。ジタローに着いて、カイマンに殴り込みを掛けに行くのは俺と、後は特に腕っぷしに自信がある10人くらいだけで良い」


 新たに『縮地』を獲得し、城へと走って行ったファルに続いてジタロー、ニケ、ミュー、ミネルヴァ、ホムラ、そして亜人解放戦線の戦士たちが後に続く。

 そんな中、ライオネルが声を上げて解放戦線の戦士たちの足を止めさせた。


「じゅ、10人だけですかい?」

「お、俺は戦いてぇ! カイマンには、家族を殺された恨みがある!」

「そうだ! 俺たちもジタロー様と一緒に戦うんだ!」

「仇を討ちたい!」

「ジタロー様に恩返ししてぇ!」


「馬鹿野郎がァ! こんな大所帯で狭い城に殴り込みに行ってみろ! 確実に乱戦になって、却ってジタローの足を引っ張ることになりかねねェ!」


「た、確かに!」

「ジタロー様の足は引っ張りたくない!」

「……大人数で行くと、ミネルヴァさんたちも魔法を使いづらくなるな」

「でも、俺たちも一緒に戦いてえよ!」


「何も、城に行くだけが戦いじゃねえ。解放してやった同胞を無事にニンフィまで送り届けるのだって立派な戦いだ!」


「確かに! ……この街には、解放した仲間たちをもう一度奴隷にしようと襲ってくる衛兵や冒険者だっている!」

「……それにまだ、どっかに取り残されてる同胞だっているかもしれねえ!」

「俺たちの戦いはまだ終わってない! ジタロー様についていくだけが戦いじゃねえんだ!」


 ライオネルの言葉に、足を止めた解放戦線の戦士たちは踵を返して撤退作業を始めていた。


「ライオネルさん、俺たちの分まで、カイマンのクソ野郎にぶちかましてきてください」


「おう、任せろォ」


 ライオネルは大きく手を振ってから、城の方へ走って行く。



 亜人解放戦線の多くが、撤退を始める中、足を止める者もいた。


 その男は、かつてチャラ勇者タクトに恋人を目の前で凌辱されそのまま奴隷として連れ去られ、次に再会した時には『絶対服従紋』で強制的に従わされた亜人奴隷爆弾として爆殺される末路を見せられたという過去をもつ者だった。


 そしてもう一人は、家族を守るために放った魔法を眼鏡の勇者カイに反射され自らの手で妻を焼き殺してしまった後に、なんとか身を挺して守った娘を連れ去られてしまった過去をもつ男だ。


 二人は、スキルを奪われボロボロになった勇者を見下ろす。


「な、なんだ? お、おい、やめろ! 俺は怪我してるんだぞ! 動けないんだぞ! それを攻撃しようだなんて卑怯だぞ!」


「や、やめなさい! いや、謝りますから。な、何の喧嘩は解りませんが、謝罪ならいくらでもしますから、い、命だけはお助けください」


 二人の元勇者は、鬼の形相で近づいてくる亜人二人に被害者ぶったり謝ったりして必死に命乞いをしていた。


「……お前らは、俺の娘が許しを乞うた時助けたのか?」


「ひぃぃぃっ!」


「お前らに恨みを持つ者は、俺たちだけじゃねえんだ。楽に死ねると思うなよ」


 バキッ。男は、茶髪の勇者の右腕の肘を逆側に曲げてへし折った。


「ぎゃぁぁぁあああっ!」


 勇者の悲鳴が響き渡る。その声に、勇者の存在を思い出した亜人解放戦線の人たちが何人か取り囲む。


「そうだ。俺も、コイツに親父を殺されたんだ」

「……こいつに魔法を撃った母が、コイツのせいで……」


「おいおい、恨みを晴らしたいのは俺たちだけじゃないはずだ。四肢は好きなだけ折って良いが、殺すのは、今懸命に街中を奔走してるあいつらにも恨みを晴らさせた後にしようぜ」


「わかった」


 ゴウッ、ジュッ。


「ぎゃぁぁあ、熱い! 熱い!」


 ミネルヴァの鬼火で火傷した皮膚を更に上から焼かれた眼鏡の勇者が悲鳴を上げる。彼らは四肢をへし折られ、火で焼かれ、カイマンの街から砦まで運び出された後彼らに恨みをもつ人たちから殴られ石を投げつけられ歯を折られ針を刺され目を抉られ、ずたずたになった肉を森に捨てられ、魔物の餌となることでその短い生涯に幕を閉じるのであった。



                  ◇



「クソッ、クソッ。使えない勇者共だ。一体どれだけの犠牲を費やして召喚したと思っているんだ。クソッ。お前ら、ありったけの素材を持ってこい!」


 勇者二人のあまりにも無様な敗北に尻尾を巻いて逃げたカイマンは、買ったばかりのホワイトエキドナを蹴りつけながらその鬱憤を口に出していた。


「カイマン殿下、どうなっているゲスか? 外も騒がしいゲスが……」


「どうしたもこうしたもあるか! ……亜人共が、責めて来てるんだよ!」


「あ、亜人共がですか? で、でも大丈夫なのゲスよね? 勇者様が向かわれたのですから」


「……その勇者が使い物にならなかったから、私は今こうしてここにいるのだ」


「うぐぁっぁぁっ!」


 カイマンは、その鬱憤をぶつけるようにホワイトエキドナの尻尾を何度も何度も思いっきり踏みつける。性感帯でもある尻尾の先端は多くの神経が通っており、踏まれる苦痛は計り知れないが『絶対服従紋』で縛られている彼女は抵抗など出来るはずもなくただ苦しみに悶絶の声を漏らすしか出来ない。


「だが、問題はない。私には女神マモーン様のご加護がついているのだからな」


「マモーン様、ですか?」


 そう言いながら、カイマンは石灰質の筆記用具で儀式用の魔法陣を床に書き込んでいく。ドゴォン、と城が揺れた。


「おい、急げ! 亜人共が迫ってきているぞ!」


「ハッ! 持ってまいりました。こちら、精霊人の心臓の干物でございます」

「こちらエルフの魔法石でございます」

「こちら精霊人のメスの子宮の保存液漬けでございます」


 騎士たちが、保管庫から持ってきた亜人の臓器の素材を次々に魔法陣に並べていく。


「本当は勇者召喚に使うつもりのだったが、私が今死ねばどうしようもない。出でよ熾天使セラフィムッ!」


 カイマン王子がそう宣言すると、書いた魔法陣が紫色に光り出す。


「これが、熾天使召喚……」

「勇者召喚の時とはまた趣の違う神聖な光だ……」


 生贄として置かれた素材が消え失せると同時に、重苦しく禍々しい気配がその空間を支配する。


「クククッ。女神マモーン様より熾天使の地位を賜っております、アザゼルです」


 現れたのは、紳士服を来た人型の身体から7匹の蛇と14の人の顔、そして12個の真っ黒な蝙蝠の被膜のような翼を生やした化け物だった。

 その姿は一般的な天使とは程遠い、とても邪悪な姿をしているが……


「おおお、これが聖書にも載っていた」

「アザゼル様! な、なんと神聖なお姿なんだ!」

「マモーン様、アザゼル様。どうか、亜人の賊共に然るべき裁きを」


 騎士たちは、その宗教観故にアザゼルの禍々しい姿を神聖だと思い込み、祈りを捧げ中には感動に咽び泣くものまで居た。


「しかし、久々に下界に喚び出されましたねぇ。クククッ、凡そ100年ぶりくらいでしょうか? 私を喚び出したのは、貴方ですか?」


「そ、そうだ。召喚した勇者が使い物にならなかったから、お前を召喚した。愚劣な亜人共を率いて、エドワードを殺した男が乗り込んできている。お前には、鏖殺みなごろしにしてほしい」


「ふむふむ、あの大天使を退けたという人間に、ですか。なるほど。一度ならず二度までもマモーン様に歯向かった愚かな人間ですか。クククッ。許せないですねぇ。確かに殺さないといけないですねぇ」


「だ、だろ? ははは。熾天使が俺の手駒になるなら、あんなクズども一瞬で蹴散らしてくれる。今回の落とし前、どうつけさせてやろうか。ただでは殺さない。拷問に掛けて死なせてくださいと懇願させてやるのだ!」


 ブシャッ。


 絶大な存在を前に勝利を確信したカイマンの傍らで、アザゼルはその蛇の触手を鞭のようにしならせ、その場にいた騎士の全てを食い荒らした。


「うわぁぁあ!」

「な、なにをする!」

「し、熾天使様!?」


 蛇に身体を食い破られ、血を噴き出したカイマンの近衛騎士たちは蛇に飲み込まれながら断末魔の悲鳴を上げた。


「お、おい、アザゼル! お前、何を!?」


「何を、とは? 腹が空いていたので、食事を取ったまでですが?」


 アザゼルは体中に生えている14個もの顔でクククッと笑う。


「だ、代償か!? だったら、この街にはいくらでも市民や亜人奴隷がいるだろう!」


「手元にありましたのでねぇ? クククッ。それに、空腹を満たすならやはり良いものを食べたいじゃないですか。まあ、人間も亜人も味自体はそう大差ないんですけどねぇ。クククッ」


「だったら……!」


「良い食事とは、すなわち価値なのですよ。価値。カイマン、貴方にとって亜人や市民なんて無価値な存在。貴方が無価値だと思っているものを、はい食事ですどうぞと言われても食べる側としてはいい気分はしないじゃないですか。クククッ。やはり、食べるなら価値のある生物でなければ」


「く、狂ってる……?」


「そうですかねぇ? 人間の高級品だって、大して美味しくもないのにみんなが良いと言っているそれだけで莫大に価値が跳ねあがるじゃないですか。クククッ。その点で言うなら、貴方にとって一番価値のあるものは貴方自身なんでしょうけどねぇ」


「な、なんだ? 俺も、食うつもりか?」


「いえいえ。王族はマモーン様の直系ですので、私如きが勝手に殺すなど畏れ多いのですよ」


 ガブリ。そう、一切の害意なく言ったアザゼルは蛇の触手でカイマン王子の左腕を食い千切った。腕を14の顔に持ってきて少しずつ咀嚼する。


「……? うぐぁっ、あぎゃぁぁぁっ、痛いっ! 何をするっ! 痛いッ!」


 カイマンは唐突に腕を食いちぎられたことを暫く理解できず、次第にせり上がってくる激痛に悲鳴を上げ、のた打ち回った。


「クククッ、ですので、腕一本だけで我慢します。嗚呼、価値の味がする。実に美味しいですねぇ。クククッ」


「ぐぬぉっ、ぐぅぅぅっ」


 カイマンは脂汗をだらだらと流しながら、アザゼルを睨みつける。


「クククッ、美味しいものをご馳走して貰いましたので、カイマン様、暫しの間貴方の駒になって差し上げましょう。して、何をすればよろしいので?」


「ハァッ、ハァッ、ぐぉっ、あ、アイツらを殺せ!」


 慇懃な態度でカイマンに一礼をして見せたアザゼルに、カイマンは痛みに呻きながらも部屋の出入り口の方を指さした。


「クククッ。貴方が、まぐれで大天使を退けた男ですか?」


 入り口には、断罪の剣と裁量の天秤でフル装備状態のジタローと、スキルを得たばかりのニケ、ファル、復讐に燃えるミネルヴァ、ミュー、カイマンの手駒だったはずのホムラ、そして亜人解放戦線の強者たちが勢ぞろいしていた。



――――――――――――――



お陰様で、500万PV突破しました!

本当にありがとうございます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る