42話 いざ精霊山へ
ジュワジュワと食べ物が焼ける匂いと、コーヒーのような芳しい香りで目が覚めた。
「『治す』」
昨日は飲み過ぎた(っていうか飲まされ過ぎた?)からか、ズキズキと頭が痛んだので『治す』を発動させると一瞬で気分が爽快になる。二日酔いも治せるのか。本当に便利だな、この能力……。
寝ぼけ眼を擦り目を開けると、ガタイの良い獅子の獣人が何かを焼いている景色が見える。眩しい日差しが俺の顔を照らす。外だった。
「おう、ジタロー。起きたか。昨日は楽しかったなァ。お前さんも食うだろ?」
身体を起こすと、焼いたパンにハムと目玉焼きが乗せられたものと自家製感溢れる陶器のマグカップに入ったコーヒーのような飲み物を渡される。
「あ、ありがとうございます」
寝起き一発で食事を食べれるタイプではなかったのだが、芳しい香りに胃が動いたのか食欲が湧いてくる。
……ところで俺は、なんで外で寝てるんだ?
確か女の子たちに囲まれて情熱的なワンナイトを楽しもうと思ったらニケが乱入してきて、流石に未成年で恩返しの為にとか言い出しているニケと寝るわけにもいかなかったので丁重に遠慮したら他の子たちも去ってしまって……。
「貞淑でもあるたァ、お前さんは根っからの聖職者なんだなァ。俺、お前さんのそういうとこ、格好良いと思うぜェ。女と寝ねェなら俺たちと思う存分飲もうやァ。酒は嗜むんだろォ?」
「ジタロー様、旅のこととか聞かせてくださいよ!」
「さあ、飲んで飲んで!」
しょんぼり座っていたところにライオネルさんと男衆たちがやってきて、そのまま自棄になるようにお酒をがぶ飲みしたんだった……。
楽しかったけど、何やってんだ……俺。
ライオネルさんが用意してくれたパンを一口齧って、コーヒーのような飲み物を啜る。味はめっちゃ薄いコーヒーと紅茶の要素を足し合わせたような、微妙な味だった。いや、葛根湯の方が似てるかもしれない。
でも、優しい味だった。胃に染み渡る。
落ち着いて周りを見渡すと、昨日一緒になって飲んだ男共はいなくなっていた。
ちゃんと家に帰ったのか、俺より早く起きただけなのか。日は結構高くまで登っている。俺が一番寝坊助だっただけ説が濃厚になって来たな。
「ジタロー様いた!」
ニケが指さすと、町を歩いていた女性たちが一斉に俺の方を見るけどだからと言って近づいてくる様子があるのは、ニケと一緒に歩いていたミュー、ミネルヴァさんだけだった。
女性にモテないのは今に始まったことじゃないし、別に良いけどね?
……一瞬でも言い寄って来てくれてた女の子たちが気まずそうに目を反らしていくのは少し心に来るものがあるけど。
「おはよう」
「……おはようじゃないのです。今日は精霊山に行くという約束だったのです。なに寝ぼけているのです」
気楽に片手を上げて挨拶すると、ミューが半眼でそう主張してくる。
ミューとしては一刻も早くデビクマを生き返らせたいだろうし、気が急くのも当然だろう。
「ごめんごめん。……ミネルヴァさん、今日からでも行ける感じですか?」
「ええ。精霊山には特殊な魔力場があるから転移魔法でスッと移動することは出来ないけど、乗り物を使えばすぐに着きますわ」
「なるほど」
ミネルヴァさん、転移魔法使えるのか? とか、乗り物ってなんだ? とか気になるワードは一旦流して、言葉を咀嚼する。
昨日、今日すぐに行くと約束したわけではなかったから一応聞いたけどまあ聞いた感じ問題はなさそうだ。
「ところで、ファルたちは?」
ファルだけじゃなくて、凜とメリーナの姿も見当たらない。
「それに関して何ですけど、精霊山は基本精霊人の血を継がないものの立ち入りを堅く禁じています。ジタロー様は、ミューの使い魔を蘇生するために必要なので特例として受け入れますがそれ以外の人間や竜人族の立ち入りは認められません」
「なるほど……。ファルは兎も角、凜とメリーナは少し心配だな」
ファルは強いし、昨日も亜人の男衆に混ざって打ち解けて飲み明かしていたけど、凜とメリーナは途中まで孤立していたし、この町には人間に対して深い恨みを持つ亜人だっているだろうから置いていくのは心配だった。
「それについてァ安心しろ。俺たちァ、マモーン王国のクソッたれな人間とは違う。二人が人間だからと言って、酷いことはさせねェ」
ライオネルさんが低い声で、唸るようにそう言った。
「本当に、心配はいらないわ。確かにジタロー様の言う通り、二人が人間だからよく思わない人はいるだろうけど、リンもメリーナも良い人だからきっと馴染めるわ。少なくとも、私はお友達だもの!」
昨日、凛の出したけん玉で大はしゃぎしていた女性が、ライオネルさんの肩に手を置きながら、そう言った。
女性の指さした方を見ると、凛とメリーナがこの町の女性たちと一緒に洗濯物を干しているのが見えた。凜もメリーナも笑顔だった。
まあ、昨日も最後はお酒の席で楽しく馴染めたんだ。そりゃ素面だって馴染めるか。少し安心する。
「因みにファルは?」
「ファルちゃんは、男衆と一緒に狩りに出かけたわよ。ジタロー様が暫くニケさんたちと出かけるって知ったら、その間に腕を磨くんだって張り切ってたわ」
「な、なるほど」
まあ、ファルも馴染んでいるようだ。
「私も負けてられないわね……」
ニケが小さく歯噛みしたのを見て、何と声を掛ければいいか解らなかったのでミネルヴァさんの方に向きなおる。
「じゃあ早速、精霊山の方へ向かいましょう」
「はい」
ごちそうさまと手を合わせてから、食器を回収しに来た女性に渡して、ミネルヴァさんに着いていく。
町の出入り口に到着すると、ミネルヴァさんはニケのマジックポーチから一枚の黒い布を取り出した。いや、広い絨毯。
その大きさは畳四畳分はあろうかと言うほどだった。
「えっと」
「これはスリードスパイダーの糸に砕いた魔石を練り込んで作った特殊繊維の絨毯。とても魔力伝導率の高い優れものなのよ!」
これは何かと尋ねる前に、ミネルヴァさんは両手を広げて誇らしげに絨毯を見せびらかしてきた。
「どう? 人間の目にも、これが凄まじい逸品であることは解るでしょう?」
「は、はぁ」
食い気味にそう言われても、俺にはただ大きくて黒い絨毯にしか見えない。
生返事をする俺に、ミネルヴァさんはふんす、と鼻息を漏らした。
「お母様、顔近い」
「母様、早く向かうのです」
俺と鼻がくっつきそうなほど接近してきたミネルヴァさんをニケが引き剥がし、ミューが急かす。正直俺には、あの絨毯がどれほど凄い代物なのかよく解らない。
けど、これが宙に浮いて空を飛ぶことを思えば心が躍った。魔法の空飛ぶ絨毯と言えばファンタジーの定番だ。空飛ぶ魔法の絨毯と言えば赤だけど、色はこの際大した問題じゃないだろう。
子供の頃はド〇クエとか大好きだったからな。
実際に空を飛んだときは、年甲斐もなくはしゃいでしまいそうだ。
ミネルヴァさんが絨毯の先頭に座り、その後ろにミューが座る。ニケが譲ってくれたので俺がその後ろに座り、ニケはその後ろに座った。
「ミュー、ジタロー様、ニケ。ちゃんと前の人に捕まってね。ずり落ちないように」
「えっ」
魔法の絨毯って、落ちることとかあるの? なんか結界的な安全装置でちょっとやそっとじゃ落ちない仕掛けがあるとかじゃないの!?
「
戸惑っているうちに、絨毯が浮かび上がる。先程まではワクワクで心臓がドキドキしていたけど、今俺の鼓動が早いのは絶対心躍っているからではない。
ミューがミネルヴァさんのことを強く抱きしめる。ニケも、俺の背中に密着してギューッと抱き着いて来た。俺もミューの肩に、遠慮がちに手を回す。
「ご主人様、触り方がいやらしいのです」
「えっ、ご、ごめ……」
「じゃあ、みんな、準備は良い? 行くわよ!
ミネルヴァさんが杖を天に掲げ、そのまま魔法を唱えると絨毯が凄い速度で動き出した。ミューの指摘に手を離しかけた俺は、急な加速に慌ててミューを掴んだ。
「ちょ、ちょっとご主人様、どこ触ってるのです!?」
ミューの悲鳴交じりの声が上がる。
加速していく絨毯。落ちるかもしれない恐怖のせいで目が開けられない。俺、元々絶叫マシーンとか得意な方じゃなかったんだ! なのに安全装置がないなんて……。
「どうかしら? ジタロー様! これが私の、精霊人の魔法の力よ! アハハハハハ!」
俺がミネルヴァさんの魔法を無傷で受け止めたのが腹に据えかねていたのだろう。ミネルヴァさんは気分良さそうに高笑いをしていた。
「ぁっ、痛いっ、ちょっと、離すのです」
ミューの艶めかしい声が聞こえる。いや、待って。俺、どこ掴んでるの?
「は、離せないんだよ。離したら振り落とされるかもしれないだろ!?」
「くっ、ちょ、ちょっと母様、もう少し減速するのです」
「アハハハハハ!」
「だめだ。ハイになってて全然聞こえてないのです……。
ミューが魔法を唱えると、魔法の鎖がミネルヴァさんからニケまでを機関車ごっこするみたいに、囲んで縛った。四人が強固に束縛されて密着する。
安全装置足り得るかは解らないけど、体制が安定した俺は目を開けられるようになる。目を開けると、俺の手はミューの胸を掴んでいた。
「ご主人様、早く手を退けるのです」
ミューが半眼で睨んでくる。だけど、俺の手はミューの慎ましい胸とミネルヴァさんの背中に強く挟まれていて、そう簡単に抜けない。
「あの、束縛がきつすぎて手が動かないんだけど……」
「えっ、それ、本当なのです?」
「うん」
「……この拘束、2時間は解けないのです」
「えっ」
魔法的な拘束なら『裁量の天秤』とかでどうにかなるかもしれないけど、生憎両手が使える状況にない。
「因みに、これを解除する魔法は?」
「あるにはあるけど、今の母様の暴走状態を止めないと振り落とされるかもしれないのです」
「アハハハハハ!」
ミネルヴァさんは高笑いしていた。うん。ダメっぽいね、これ。
ミューは見た目からして子供だから流石に興奮したりはしないけど、幼女の胸を触りながらミューに恨みがましい目を向け続けられるというとても居た堪れない時間を過ごすことになった。
そして3時間後。俺たちは目的地の精霊山に到着した。
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