41話 宴もたけなわ

「見ててください。この葡萄と少しの蒸留酒を合わせて『創造クリエイト』すると……」


「うぉおお、すげぇ! 一瞬でワインになったぞ」


「いや待て、これワインじゃねえ。火酒に葡萄の風味が混ざってリキュールみたいな味わいになってる。でもこれうめーぞ!」


「お、おい、俺にも一つ!」


「おいリンさん、こっちのリンゴでも出来るか?」


「おいらはこのオーク肉で!」


「ちょ、ちょっと待ってください。順番にやっていきますから。……って、オーク肉!? ま、まあやってみますけど、味は期待しないでくださいね」


 創造で作り出したヨーヨーやけん玉などのおもちゃを披露して場を盛り上げた凜はその後余興として葡萄をワインに変えると言うどこぞの救済者様みたいな手品を披露したら大うけ。


 この町の人たちに囲まれて、凜は一躍人気者となった。


 酒臭いおっさん共に囲まれた凜は困り顔で、メリーナが前に出て凜がもみくちゃにされないよう頑張っている。……ちょっとやり過ぎたかもしれない。


 おっさんたちの奥さんなのか、亜人の女性たちが「そんなにせがんだらリンちゃん困るでしょ」って制止もしているから問題にはならないと思うけど。

 まあ、みんな楽しそうだし良かったということにしよう。



 あの後も手持無沙汰なのを見つけられては食べ物を一口強引に食べさせられ、いい加減お腹も限界に達した俺は逃れるように隅っこで休む。


 いつの間にか、あれだけ並んでいた豪勢な食事のほとんどは食べつくされていて、お酒で盛り上がっていたりする人もいるけど、いびきをかいて眠ってしまっている人もいる。


 まさに、宴もたけなわと言った雰囲気だった。


「ジタロー様ぁ、見てください。ここにあったお腹の傷、一生残ると思ってたのに綺麗さっぱり治ったんですぅ」


 ラミアの女の子が、上の服を脱ぎ俺の手を掴んで細いながらも柔らかいお腹の部分を触らせてくる。蛇の下半身を俺の腰に絡ませる彼女は、俺を捕食する気満々と言った顔をしていた。


「じ、ジタロー様、その今日は足を喪っていた兄を治してくれてありがとうございました。お礼というほどではありませんが、わ、私が、今宵のジタロー様の夜伽のお相手をさせていただきたく……」


 うさ耳の女の子が俺の腕を取り、引っ張ろうとする。


 少女は、堅苦しい言葉ながらも初々しい。兄を治したお礼にと言うけど、誰の妹だろうか? 治した兎獣人で一番印象に残ってるのは最初のアンドレさんだけど……。


 俺は、治した本人やその家族を名乗る者たちに言い寄られていた。


「ジタロー様のお相手はアタシがするニャ! アタシは身体が柔らかいし、ジタロー様には御恩があるからどんな体位もハードなプレイも叶えて見せるニャ!」


「なっ、き、キティーは下品ワン! ジタロー様、私はその、初めてだから、ジタロー様に捧げたいと思うワン」


 二人だけじゃない。俺を囲むように女性衆が群がっている。


 猫耳の少女は、俺の身体に胸を押し付けながらアプローチをして、犬耳の少女は跪きながら上目遣いでそんなことを言ってくる。


 正直、やぶさかではない。


 中には、高校生くらいの未成年に見える子もいるけどそうじゃなくてちゃんと成人してそうな女性だってちらほら見かけるし、ファルのように旅を共にをする仲間だと身体の関係を持ったことで気まずくなるのが怖いけどこの町の子であれば一夜の過ちとして素晴らしい思い出となるだろう。


 女性経験と言えば年に2~3回ほど風俗に行く程度の素人童貞だった俺としては、人生初のモテ期に鼻の下を伸ばさずにはいられない。


 しかし、問題もあった。

 俺にアプローチを仕掛けてくれる女の子たちは七人以上――時間が経つごとに、更に増え続けていく勢いがあるけど、俺の身体は一つ。倫理的にも、選べるのは一人だけだ。


 こんな美人、美少女たちに囲まれてたった一人を選ばないといけないなんて……。


 なんとも、贅沢過ぎる悩みだ。とりあえず未成年っぽい子はなしとして、処女っぽい犬耳の少女やうさ耳の少女も遠慮したい。

 ワンナイトで初めてを貰うと言うのは重いと言うか、申し訳ない。


 ここで俺に言い寄ってきている女の子たちが、俺に純粋な好意を抱いているから! と思えるほど、俺は非モテ人生を歩んできていない。


 少なからず、俺が『治す』で怪我を治したことへの恩返しの意図があるだろう。


 俺の能力『治す』は転移した時にタダで貰って、特に使うときにコストがあるわけでもない貰い物だしこれで恩に着せて性的なことを要求するつもりはないし、処女や未成年でありそうなら断るくらいの倫理観はあるつもりだ。


 かと言って、俺だって男だし女の子とエッチなことをしたいという欲求もある。


 ここ数日は、見た目の良い美少女たちと寝食を共にして身体を拭いたりするときに下着姿とかを見せつけられ続けただけでなく、一人の時間が確保できなかったせいで色々と溜まっているのだ。


 非処女であればそういうことを気軽に要求していいと思っているわけではないけど、俺の膝に座りながら尻尾を巻き付けているラミアの子とか、意外に大きなお胸を俺の腕に押し付けてくれているキティーさんとかであれば多少なりとも俺に好意があるのでは? と勘違いしたくなってくる。


 少なくとも、渋々とか嫌々ではない、はず。


 俺の精神的な負担的にも、夜のお相手を頼むのであれば特に積極的な二人のうちのどちらかということになるだろう。


 どっちにしようか。いっそのこと、両方と言っても……いや、張り切って二人を相手にしようとして、片方しか満足させられなかったら失礼過ぎるし。


 いやでも、俺の『治す』って精力も回復できたりするのか……?


 野営の時、滾る興奮を抑える時に『治す』を使用したら却って元気になったみたいなことはあったけど……。


「ジタロー様ぁ、私を選んでくださいぃ」

「ジタロー様、アタシとするニャ!」

「ジタロー様……」

「ジタロー様……」


 一か八か、二人にお願いしてみる? いや、調子に乗ったこと言って「ふざけんな死ね。やっぱなしね」とか言われたら一生後悔しそうだし……どうしよ。


 だ、だったら無難に下半身も人の形と近いキティーさんを――


「ちょっと! ジタロー様から離れなさい!」


 心が決まり、いざお楽しみタイムへと手を伸ばそうとしたら、飛んできたニケが俺の身体にくっついていた女の子たちを引き剝がした。


「ちょっとぉ、誰よぉ? 良いところだったのにぃ」


「そうニャ! 今、明らかにアタシを選ぼうとしてくれてたニャ!」


「キティー、どさくさに紛れて嘘を吐くのは良くないワン!」


「……私たちはただ、ジタロー様が兄やこの町の人たちを治してくれた恩をこの身体で少しでも返そうとしていただけです。それの何が悪いのですか?」


「悪いわ! ……だって私は、ジタロー様の下僕。貴方たちとは比べ物にならないほどジタロー様には大きな恩がある。だけど、私はまだジタロー様の寵愛を頂けていないわ!」


「「「「!?」」」」


「ジタロー様、その、夜のお相手が必要なら私がするわ。ミューを助けて貰ったあの日から、私の身体……いえ、全てを捧げる覚悟は出来ているわ」


 乱入し、女の子たちを引き剥がしたニケが振り返り、顔を赤く染めながらも真剣な表情でそう言う。


 その気持ちが、覚悟があまりにも重かった。


 ニケはこれからも旅を共にする予定の仲間だし、ミューの姉だ。ニケと身体の関係を持ってしまったら、ミューとも気まずくなってしまう。っていうか、明日から精霊山に向かうときにニケの母親であるミネルヴァさんにも案内の為同行してもらうことになってるのに今日身体の関係を持ってしまったら……考えるだけで気が重い。


 治したお礼に、お酒の勢い込みで一夜限りの過ちを――くらいだったら俺も快く受け入れられるけど、ニケの覚悟はそんな軽いものじゃないことだけは伝わってくる。


「……従者を差し置いて、私たちが――というのは確かに申し訳ないわね」


「そこまで言われたら引き下がるしかないニャ」


 ニケの重すぎる覚悟に、さっきまで俺に言い寄って来てくれていた女の子たちが完全に委縮してしまっていた。


 ニケは、覚悟が重いだけじゃなくて未成年だから倫理的にも手を出しづらいのに。


 ニケを差し置いて、キティーさんにお相手してくださいなんて言えない雰囲気になってしまっていた。


 い、いや、まだあるか。


 それでも、今日の楽しいワンナイトを諦めきれずにいる俺は、この状況を打開するために頭をフル回転させる。


「ニケ、聞いてくれ」


「はい」


「俺の『治す』やその他諸々の能力は神様から貰った力だ。だからニケ達を助けたことは当たり前のことをしただけだと思っているし、それを恩に着せるつもりもない。俺のことが好きで、純粋にそう言うことをしたいのであれば俺としては吝かではないが、もし俺がしたことに恩を感じて無理して返そうとしているのなら、それは気にしなくて良い。身体とか全てとか、捧げてくれなくて良いんだ。ニケ。女の子がそんなことを気軽に言っちゃだめだ。もっと自分を大事にしてくれ」


 ど、どうだ? ちょっと臭いかもしれないけど、ちょっと格好いいこと言ってるんじゃないか?


 俺のこと好きだなって思ってくれたら、あとで俺の部屋にこっそり襲いに来ても良いんだぜ? そんな気持ちを込めて周りを見ると、シンと静まり返っていた。


 目の前のニケは、大粒の涙をほろりと流した。


「ジタロー様。……そうね。私、間違ってた。ジタロー様に恩を返すために、身体を捧げるとか言ったけど、そんなのジタロー様への恩返しにならない」


 い、いや、別にそれはなるけど!? ただ、貰い過ぎで申し訳ないと思うから受け取れないってだけで。


「ごめんなさい。ジタロー様に“全てを捧げる”なんてくだらないこと、もう二度と言わないわ。程度じゃ、ジタロー様に貰った恩に釣り合わない。私は、ジタロー様を支えられる下僕になるわ。……寵愛を望むのはその後ね」


 ニケは涙を拭いながらそう言って、格好良く踵を返していく。


 さっきまで俺に言い寄ってちやほやしてくれていた女の子たちはスンってなって、ちらほらと帰り始めてしまった。


 えっ、ど、どういうこと!?


 つまり、エッチなことはなしになったってことですか……?

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