40話 ニンフィでの宴

 ミネルヴァさんの謝罪を受けたり、ミューやデビクマのことを説明したり、罰云々でひと悶着あったりした間に宴の準備が整ったらしく、さっき治した犬、猫、ゴリラ獣人の三人組が俺たちを呼びに来た。


 休む間もなかったな。まあ、俺は『治す』のお陰で疲れ知らずではあるけど。


「うぉら、どけどけぇい! 本日の主役、ジタロー様のお通りだワン!」

「道を開けるニャ!」

「うほうほ!」ドンドンッ


 広場にはさっき以上の人が集まっていたけど、獣人三人組がおらおらと衆を退かして俺の通り道を開けてくれる。


 人が開けると、食欲をそそる肉料理がドーンとこれでもかと言うほどに並んでいるのが見えた。色とりどりの野菜スティックやパン、そして酒が入ってそうな樽や瓶もいっぱいある。


 本当に、宴の準備って感じだ。美味そう。


 でも、これだけの食料や酒を一遍に用意できるのは少し意外だった。


 急拵えのテントのような家が多いのは難民が多いからだろうし、大粛清なんて度を越えた差別があるこの国なら、亜人の町ニンフィへの流通がストップされていてもおかしくない。


 町の周辺には広大な畑もあったし、付近にある強獣の森も食料となる魔物の宝庫だったからある程度の自給自足が出来ているのだろうか?


 少なくとも、この町には飢えてやせ細ってる人は見当たらない。


「ささっ、ジタロー様。是非とも壇上に立って、挨拶と乾杯の音頭をお願いいたします」


 燕尾服を着た物腰の低いヤギ顔の獣人が腰を折って、木箱を積んで作られた即席の壇上を指す。

 因みにこの人は、左目を喪って眼帯を付けていたけど、今はモノクルの眼鏡を掛けている。モノクル眼鏡、初めて見たけど格好良いな。


「え、えっと」


「おいおい、メェークル。乾杯の音頭なのに、これを渡さねえのはおかしいだろ!」


「おっと、私としたことがすみません」


 筋肉質だが身長の低いおっさん(ドワーフっぽい)が、臭いのキツい酒が並々注がれたジョッキを俺に渡してくる。


「お前、そんな強い酒じゃ人間のジタロー様はぶっ倒れちまうよ。ジタロー様にはこの酒さ!」


「おいおい、冗談だろ? その酒じゃ、水と大差ねえじゃねえか!」


 耳の長いエルフの青年が渡してきたのは品の良さそうなグラスに入った葡萄酒だった。なんかワイングラスで乾杯の音頭って、昔いたお笑い芸人を思い出すな……。


「なんだと? エルフ伝統の葡萄酒を侮辱するか?」


「そっちこそ、ドワーフ伝統の蒸留酒をバカにしたじゃねえか!」


 エルフの青年とドワーフのおっさんが睨み合う。この世界は、エルフとドワーフの仲が悪いんだ! ファンタジー!


 352歳のミネルヴァさんに続いて見られたファンタジー要素にテンションが上がる。


「おいやめんか。まだ宴は始まってねえだろうがァ」


 今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうだった二人の頭にゲンコツが落ちた。


「「誰だ? ……って、ライオネルさん!?」」


「乾杯の酒と言えばエールだろ。ジタロー、これを持って行け」


 ライオネルさんに、ジョッキに入ったビールのようなお酒エールを渡される。

 いや、躊躇してたのは乾杯の為のお酒がないからじゃないんだけど。


「あの、俺が乾杯の音頭を取って良いんですか?」


「お前さん以外に誰が取るんだ?」


 ライオネルさんが良い笑顔で親指を立てる。……いや、普通にこの町の長であるライオネルさんとか。


 この広場に集まった人たちの視線は俺に向けられていた。


 みんな、俺の言葉を待っているようだった。

 助けを求めるように後ろを振り向くと、ニケが良い笑顔で親指を立てた。


 俺は諦めて、木箱の上に立つ。


 様々な種族の人たちが広場に介している。犬、猫、熊、兎、ゴリラ、ライオン。様々な種類の獣人や、エルフ、ドワーフ、リザードマンなどファンタジー小説なら定番の異種族たち。


 異世界情緒あふれるこの光景は、なんだか最高にファンタジーしていて悪くない。


 それにしても、なんて挨拶したものか。


「え、えーっと。か、乾杯!」


 ……はい。良い感じの挨拶が、思いつきませんでした。派遣だったから、会社の飲み会とか行き辛くてそういう経験あんまりないんだよね。


「「「「「うぉおおおお! 乾杯!!!!」」」」」


「飲め飲め、食え食え!!」

「うぉおお! ジタロー様ありがとう! ジタロー様のお陰で五体満足だぜ!」

「俺は目が見える!」

「私は耳が聞こえるわ!!」

「魔法が使える!」


 火の玉が花火のように空に打ちあがる。


 大はしゃぎで酒をがぶ飲みし、ご馳走をがつがつ食べ始めた彼らを見ていると変に長ったらしい挨拶をするよりも短くて良かったんじゃないかと思えてくる。


 俺も、ご馳走の山の中から漫画で見たことがあるような骨付き肉を一つ拝借する。


 なんの肉だろ? 齧ってみると、素材本来の旨味が舌を駆け巡った。肉質や味は、カモ肉が似ているような気がするけどこれは何の肉だろうか?

 少し獣臭いのと、味が薄めなのは気になるけどそれなりに美味い。


 もさもさと肉を齧る。……ちょっと硬いな。半分くらい食べたところでお腹が張ってくる。


「おい、ジタロー様、それしか食ってねえのか? こっちは俺のお袋が作ったんだ。美味いから食ってくれ!」


 食べるのを止めながら、食べかけの肉を持って歩いていると虎顔の獣人に、フランクフルトを渡される。


「ちょっと、アンタだけずるいよ! こっちは私が育てたんだ」


 熊獣人の女性にトマトのような野菜を渡された。フランクフルトとトマトのような野菜を交互に齧る。フランクフルトは充血したような赤で、齧ってみると独特な臭みと癖の強さがあった。対するトマトのような野菜は、美味い。トマト自体は酸っぱいけど、蜂蜜が掛かっていてその甘さが酸味をマイルドにしている。


「どうだい? 美味しかっただろう?」


「くぅ、俺のはあんまりだったか……」


 誇らしげな顔をする熊獣人の女性と、少し落ち込んだ様子の虎獣人の男。悪いことをしたなとは思うけど、日本人的にあんまり獣臭いのは舌に合わなかったんだ。


「なら、アタシがこれは頂くニャ」


 フランクフルトを猫獣人の女の子に奪われる。猫獣人の女の子は、悪戯っぽい笑顔を浮かべて、俺が噛んだところをぺろぺろと舐めて見せた。


「ちょっと、キティーズルいワン! 私にも寄越せ!」


 犬獣人の女の子が、がぶりとフランクフルトを噛んだ!


「ニャ!? ジタロー様の食べかけの部分を食べちゃったニャ!? なんてことするニャ!?」


「ふふん、残念だったワンね!」


 二人とも、そこまで重症じゃないけどさっき治した子たちだ。


 いや、そんな食べかけのフランクフルトを取り合って喧嘩しなくとも……。

 そんなに欲しいなら俺のフランクフルトを……いや、何でもないです。はい。


「じゃ、アタシはこれを貰うわね」


 トマトをくれた熊獣人の女性が俺の食べかけの骨付き肉を取って、ガブリと食べた。胸も身体も大きな女性が、嬉しそうな笑顔で俺の食べかけの肉を食べている。

 間接キスで騒ぐような歳ではないけど、こうも露骨にされると少しドキドキする。


「「あー、グリスずるい!」」


「ジタロー様、これも一口食べてみてくれ!」


「こっちも!」


「おいジタロー様、酒が足りてないんじゃねえか? こっちも飲んでくれ!」


 いつの間にか俺の周りには人集りが出来ていて、次から次に酒や食べ物を半強制的に口の中に流し込まれて行く。


 美味しかったり美味しくなかったり、色々だけど確実に腹には溜まっていくので、俺は早々にギブアップして人だかりの中を抜け出した。

 ……こういう時、助けてくれるイメージのあったニケはどこに行ったんだ。


「そうなの! 自慢の娘たちなんです!」


「ミネルヴァさん、ずっと幽鬼みたいになってましたからね」


「そうだったの!?」


「ちょ、ちょっと、その話は娘たちには内緒にって」


「言われてないもーん」


 ……ニケとミューは、ミネルヴァさんと一緒に食事をしながら二人の無事を喜ぶ人たちに囲まれていて大変そうだった。まあ、そっか。そうだよな。ミネルヴァさんの娘が行方不明になったけど帰ってきたってなったら、それを祝福したい人なんてこの町にはいるよな。


 俺は微笑ましい気持ちになってから、他の人たちを探す。


「うぉおお! ファルさん、それはドワーフ特製の蒸留酒だぜ? それを樽ごと!?」


「余裕だぜ!」


「行ったぁあああ! スゲぇぇええ!」

「パネェっす! ファル姐さん、パネェっす!」


 ファルはなんか筋骨隆々の野郎たちと打ち解けて騒いでいた。樽のお酒を浴びるように飲むファルのお腹は大きく膨らんでいた。

 ……亜人への差別がない町だと、ファルってあんな感じなのか。


 そして隅っこの方で、凛とメリーナはちびちびと二人で食事を取っている。完全に孤立していた。


 俺は二人の元へ歩いていく。


「治太郎さん、人気者ね」


「まあ、な。……二人は、あの宴会の輪に混ざらないのか? 気の良い奴らだぞ」


「亜人と人間の溝は、そう簡単に埋まるほど浅くないデース。ワタシたちはジタロー様のお陰で嫌がらせを受けたりはしていないけど、人間のワタシや凛様をよく思わない人は少なくないでしょうし、ここで大人しくしている方がトラブルを避けれて無難デース」


「でも、俺は人間だけどそんなトラブルになったりはしなかったぞ?」


「それは、ジタロー様の『治す』が人間であるマイナスを大きく上回ったからデース」


「ふむ……」


 まあ確かに、今は気が良いけど人間である俺を見た時ギョッとした反応をされたことは少なくない。トラブルが起きなかったのは、ライオネルさんが傍にいたからというのも大きいだろう。


 だけど、こんなに盛り上がってるのに、凛とメリーナだけが隅っこでもそもそしているというのはなんだか寂しい。


「なあ、凛。――って感じのやつ。作ることが出来るか?」


「まあ、それくらいなら作れると思うけど」



「うぉおお。なんだそれ、すげぇ! それもジタロー様の力か!?」


「いや、これはあっちの凛って女の子の力。『創造』ってスキルで、まあ色んなものを作ったり出来る能力だ」


「おお、じゃあ他にも色々作れるってことか!?」


「まあそうだな」


「って言うか、なんであんな隅にいるの? 誰か呼んできてよ!」


「えっ、でも人間だよ?」


「でも、ジタロー様のお仲間だぜ? 俺は信用できる」


「ってか、そんなこと言ったらジタロー様も人間だ!」


「「違ぇねえ!!」」


 ガッハッハ、と獣人たちが陽気に笑う。兎耳の獣人の女の子が、凛とメリーナをぴょんぴょんと呼びに行った。


 凛が日本にあった色んなおもちゃを『創造』で作って見せて、場を盛り上げた。


 凛とメリーナも、この町の人たちと打ち解けられた。

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