39話 ミネルヴァの謝罪
宿って言っても、観光を想定していないニンフィの町には商用の宿泊施設が存在してないらしい。代わりに、逃げて来た亜人難民を受け入れるためのテントのような簡易住宅がたくさん建ち並んでいる。
俺が案内されたのは、その中の空きテントの一つだった。
「あんまり広くねえから、宿は別で用意させた。人間のお嬢ちゃんたちは、あっちのテントで休んでいる。ミネルヴァたちはこっちだ」
テントの乱立する広場にいた獣人たちは、人間の俺にギョッとした顔をするがライオネルさんが「こいつァ、ジタローだ」って言ったら態度が一気に軟化して、凛たちとニケ達の休むテントの場所を教えてくれた。
このテント広場の住人らしい熊獣人の人なんて「王族殺しなんて……俺たちがやりたくても成せなかったことをやってくれた」とか言って俺に握手を求めてきた。
手配書のせいで人間の町には入れなくなったけど、この町では逆にパスポートとして効力を発揮している。
人生、何が起こるか解んないな。
「俺ァ、あいつらが羽目外し過ぎないようにさっきの場所に戻る。今夜はお前さんを歓迎して一晩中大騒ぎだろうから、今のうちに休んでおけ」
「はい」
……あれ? 俺の宿は?
ライオネルさんは、背を向けて格好良く立ち去っていく。
凛たちとニケたちの休んでる場所は聞いたけど、肝心の俺が休んで良いテントの場所を聞けていない。
いや、雰囲気的にどっちかで休めってことなんだろうけど……。
流石に、女の子と一緒の部屋で寝泊まりってのはあんまりよろしくない。
宴会の時にでも、俺用の部屋を用意してくれないか頼んでみよう。
とりあえず、どっちのテントに入るか迷っているとミネルヴァさんたちがいるテントからニケが出てきた。
「あ、ジタロー様! お母様が話したいことがあるらしいから、今から探して呼びに行こうと思ってたのよね」
そういうニケに手を引かれる。
話したい事。まあ、心当たりはある。ミネルヴァさんにとって俺は、行方不明になっていた娘二人を連れてこの町にやってきたどこの馬の骨とも知れない男だ。ニケが俺の『奴隷』なんて名乗ったせいで、ニケやミューに俺が良からぬことをしたんじゃないかと勘違いされている。
久々の再会。親子水入らずの時間で、ニケ達はこれまでのことを色々話したと思われる。別に二人を奴隷のように扱ったり、酷い命令をしたことはないから誤解が解けてて欲しいけど……。
いや、待って。ニケのお尻を叩いたこととかミューには実質的に絶対服従紋みたいなものが刻まれてることをチクられてたらマズくない?
二つともそれなりの事情があったけど、伝え方次第では拗れていてもおかしくないような内容だ。
急に不安になってきた。
「お母様、ジタロー様を連れて来たわ」
ニケが入り口の暖簾を退けて、俺を中に誘導する。攻撃魔法の一つでも飛んで来ることを警戒して『治す』の準備をしながら入ると――
「ジタローさん。いえ、ジタロー様。先程は、本っ当に申し訳ございませんでした!!」
ミネルヴァさんが滑り込むように、俺の足元で土下座の姿勢を取った。
「えっ。えっ……?」
爆発の一つでも来るかと身構えて入ったのに、いきなり土下座をされて俺の思考がパニックになってしまう。
「娘たちから聞きました。ジタロー様は、奴隷になり手足を喪っていたニケを買い、治してくれただけでなく、その後悪い魔法使いに儀式の生贄にされそうになっていたミューまで助けて五体満足に治して頂いた大恩人だったなんて! それなのに私は……。知らなかったとはいえ、とんだ失礼をしました!」
「え、えっと……」
「ジタロー様。お母様は確かに早とちりをして、ジタロー様にいきなり魔法を放ったけど、悪気があったわけじゃないからそんなに怒らないであげてほしいの。……必要なら私が代わりに罰を受けるから」
「ジタロー様。これは全て私の不徳が致すところです。罰でしたら、どのようなものでも私が受けます。娘は悪くありません。罰するなら、どうか私だけを……!」
「罰するだなんて、とんでもないです。行方不明になって、実際奴隷になっていた娘二人が帰って来たんです。ミネルヴァさんのお気持ちはお察ししますし、気が動転したって仕方ありませんよ」
「ですが、一歩間違えば私は大恩人のジタロー様を殺してしまっていました」
「いえ、別に俺は……あっ、えっと、その……」
精霊人にとって魔法って誇りあるものだから、無傷だったからなんともないって慰めは裏を返せば侮辱になるのか。どうしよ……。
「あの攻撃魔法は、ミネルヴァさんがニケとミューを心配していた気持ちの裏返しだと思いますし俺は気にしていません。だからその、頭を上げてください」
「ジタロー様……。本当に、聖人のように深い懐をお持ちの方ですね」
「い、いや……」
別に魔法は結果として無傷だったし、ミネルヴァさんの気持ちも解るし、怒る理由がないってだけなんだけど……。別にこれは、俺が特別優しいとかじゃないと思う。
「だからこそ、きっちりとケジメを付けなければ私の気がすみません。ジタロー様、何卒私に罰を……」
ミネルヴァさんは、なおも強情に食い下がった。
なんか、数日前のニケを思い出す。母娘なんだなぁ。
とはいえ、罰を与えろと言われても困ってしまう。罰って言っても、ニケみたいにお尻ぺんぺんするわけにはいかないし……。
ミネルヴァさん、見た目は若いけどニケくらいの年齢の子供がいるってことは俺より相当年上だろうし、そんな女性のお尻を叩くなんて畏れ多い。
娘二人の前で母親をお仕置きするってのも、なんかヘコむし……。
どうしよ。あ、そうだ。
「そのでは、罰ってわけではないですけど、一つ頼まれごとをしてくれませんか?」
「頼まれごと、ですか?」
「はい。その……俺たち、精霊山に行くのが一先ずの目的でした」
「精霊山……ですか?」
「はい。……えっと、あれ? ミュー、話してないの?」
「込み入った話が多くて、そこまで話せなかったのです」
そう言うミューの目元は赤く少し腫れていた。……まあ、そっか。久々の再会だしミューの年頃なら泣いたりもしたくなるか。
「じゃあ、まあ経緯を説明させてください」
俺は、ミネルヴァさんにミューの使い魔であるデビクマが死んだこと。それを生き返らせようと禁術を使ったミューが世界の理に反したとしてアストレア様に裁きを受けたこと。アストレア様が俺の信奉する女神様であること。裁きの結果としてミューには『絶対服従紋』のようなものが刻まれたこと。だからと言ってミューに命令を強制したことは一度もないこと。そして、精霊山に行けば死んだデビクマを生き返らせてくれると、アストレア様が約束してくれたことを話した。
「ミュー、禁書庫の本まで読んでたの? あそこには立ち入るなとあれほど……」
「ごめんなさいなのです……」
「まあ、今は良いわ。……ジタロー様。一度ならず二度までもミューのことをお救いなさってくれたのですね。『絶対服従紋』は、禁忌を犯した者に対する神の裁定としては安いものでしょう。ミューが反抗的なようでしたら是非とも気軽に命令して何でも言うことを聞かせてやってください」
「か、母様!?」
「命を取られなかっただけ安い代償です。死者を蘇生するなんて、自分を神と勘違いするような傲慢な所業。私は本気で怒っているのですよ」
「ご、ごめんなさいなのです」
「それと、ミューには後でお説教です」
「そ、そんなぁ……」
ミューがシュンとする。何か可哀想だったので話題を反らす。
「ミネルヴァさんは、アストレア様のことをご存じなのですか?」
「いえ。ただ、私も永く生きていますから。禁を犯した人間を裁く超常の存在がいることは聞いたことがありました」
「なるほど。因みに、おいくつかお聞きしても?」
「…………」
ミネルヴァさんはスッとそっぽを向いた。
「まあその、そういう事情がありますので、精霊山の案内をしていただければ今回のことはチャラということにさせてください」
「事情は分かりました。精霊山の案内は引き受けさせていただきます。ですがそれは、今回のお詫びやお礼とは別件です。精霊山を目指すのは、元を辿ればミューの為なのでしょう? でしたら、母親の私が協力し案内するのは当然のことです」
「え、えっと、でしたら道中の食事当番をミネルヴァさんが担当する、と言う形で……」
「ご主人様、それはお勧めしないのです。母様の料理は……」
「そうね。ジタロー様。純粋な精霊人は、生きるために食事が必要ない種族なの。だから、お母様は料理は絶望的に美味しくないわ」
「どれもこれも、魔力に変換されれば味なんて関係ないじゃない」
あっけらかんと言ってのける。……俺は一般的な日本人として、食事には(この世界基準だと)うるさい方だし、美味しくないなら流石に任せられない。
「……だからその、別の罰を」
良い感じの落としどころだと思ったのに……。
「俺は本当に気にしてないですし、謝ってもくれたんだからそれで良いじゃないですか……」
「そう言うわけにはいきません。恩人だからこそ、娘を預けるからこそケジメを禍根を残さないためにケジメが必要なのです」
強情だ。本当にそう言うところも、ニケとそっくりだ。
うーん……。ミネルヴァさんのことをまじまじと見る。
ミューと同じ黒くて長い髪と、二人にそっくりな整った顔立ち。いくつなのかは解らないけど、見た目は若く20代に見える。
胸は慎ましいけど、人生経験が豊富だからか大人びた艶やかさがある。
お仕置きとお礼を同時にその身体で……と、嫌らしい妄想が脳裏を過ったけど、首を振る。ニケとミューが見てる前でそんな要求できるわけないし、いなかったとしてもミネルヴァさんと身体の関係を持ったら気まずすぎる。
「じゃあその、ミネルヴァさんの年齢を教えてください」
もう、思いつかないのでさっき答えを渋っていた年齢を聞くことを落としどころとする。ミネルヴァさんは、頬を赤らめながら恥ずかしそうに小さく呟いた。
「……352歳、です」
そこまで長寿だと、ファンタジー種族だなぁと言う感想しか出てこない。
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