38話 解放戦線大歓迎

「とりあえず、ミネルヴァ。お前がジタローたちを宿に案内せェ」


「……解りました」


 ライオネルさんにお仕置きを言い渡され、崩れ落ちていたミネルヴァさんが立ち上がる。


「あ、ちょっと待ってください。その前に、怪我人のところに案内してくれませんか?」


 急ぎで頼んでこないってことは命に関わる重傷者はいないのかもしれないけど、痛いだろうし早めに治すに越したことはないだろう。

 そんな提案に、ライオネルさんは目を見開いて驚いていた。


「それはありがてェ提案なんだが、その、魔力とか大丈夫なのか?」


「……まあ、余裕はあるので治せるだけ治します」


「そ、そうかァ。欠損を治して魔力に余りあるなんて、お前さん実は枢機卿クラスの聖職者なんじゃねえかァ?」


「いえ。アストレア様の使徒です」


「ん? 聞いたことねェ神様だが、使徒かァ。まあ何にせよ、早速治してくれるってェならありがてェ。俺も治してるところ見てェから、俺が案内する。ミネルヴァは先に娘二人だけ宿に連れてってやれ」


「……っ! 解りました!」


 まあ、ニケとミューとは久しぶりに再会したのだ。行き違いがあってちょっとアレな感じになったけど、親子水入らずで感動に浸る時間は必要だろう。


「ということで俺は怪我人を治してくるから、ニケとミューはミネルヴァさんと先に宿に行ってて」


「その、ジタロー様一人で大丈夫?」


「大丈夫だから」


「ありがとう」

「ありがとなのです」


 怪我人を治すだけだし、ライオネルさんもいるからトラブルは起こらないだろう。一人でも大丈夫なはずだ。


 尚も心配そうに俺を見てくるニケに手を振ってから、ライオネルさんの後をついて行く。


 案内されたのは、村にある中央広場だった。


「あ、ライオネルさんだ!」

「げっ、人間。しかも聖職者?」


「おう、こいつは昨日噂になってたジタローだァ」


「ジタロー……王族殺しの!?」


「おう。アンドレ、ちょっと来い」


 ライオネルさんと話しているのは、蜥蜴人と兎獣人。兎獣人の方は若いのに杖を突いて歩いていた。


「こいつはなァ、前線で勇敢に戦った時に膝に矢を受けちまってなァ」


「えっ、いきなりなんですか!? 俺の負傷なんか話して」


「いやァな――「『治す』」……治してくれるって言うんだ」


 ライオネルさんが説明する途中に、兎獣人の膝に手を翳して『治す』を発動した。矢傷程度だったからか、3秒も掛からずに全快する。


 兎獣人は、ポロンと杖を倒して、驚いた表情で両脚で立った。


「い、痛くない。痛くないです、ライオネルさん! あ、アンタ、ジタローさんだったか? 痛くねえよ、膝が! 自分の足で、両脚で……こうやって飛び跳ねたりも出来るんだ!」


 大の男が大はしゃぎでぴょんぴょん跳ね上がる。


「ありがとう、ありがとう」


 ひとしきり喜んだ後に、兎獣人は咽び泣いた。


「どうだ、ジタロー。魔力は?」


「まだ全然余裕があります。他に怪我人がいるなら重傷者から連れて来てください」


「……! その、ライオネルさん。大丈夫なんですか? うちにはそんな何人もの重傷者を治して貰って払えるような金ありやせんよ?」


「俺と仲間の宿と食事を、ライオネルさんは保証してくれました。怪我人を治す対価としてはそれだけで十分です」


「宿と、飯。……それだけで、俺を?」


「貴方だけじゃありません。この町にいる怪我人、全員を治せればと思ってます」


「な、なんと……! アンタは聖人様ですか?」


「いや、そんな大層なもんじゃないですよ」


「いィや、お前さんはそんな大層なもんだ。おい、アンドレ。怪我人をここに連れて来い!」


「はい!」


「あの、動けない怪我人もいるかもしれないし、俺が回った方が良くないですか?」


「……大丈夫だ。動けないほどの怪我人は、今はこの町にはいねえ」


 そう言ったライオネルさんは、哀しそうに空を仰ぎ見た。


「と、とりあえず、3人連れて来やしたぜ!」


「人間……」

「聖職者……」


 片腕がない犬獣人、眼帯をつけている猫獣人が俺を見て露骨に嫌そうな顔をする。喉に傷があるゴリラの獣人は黙って俺を見ていた。


「この人は、あのジタローさんです。普通の人間ではなく、本物の聖人様ですよ!」


「いやぁ、はは。『治す』『治す』」


 とりあえず、眼帯の猫獣人と片腕のない犬獣人に手を翳して『治す』を発動する。失われていた腕の部分からジュクジュクと泡が噴き出して、犬獣人の手が再生されて行く。数秒速く完治した猫獣人は眼帯を引きちぎるように外した。


「目が! 片目が見えるですニャ!」

「腕が生えたワン! 動く! 腕が動くワン!」


「『治す』」


 大喜びでキョロキョロ周りを見る猫獣人と、生えた腕をぶんぶん振り回す二人をほほえましい気持ちで見ながら、ゴリラ獣人にも『治す』を掛けた。


「……う、う、ほ。こ、声が」


 喉に傷のあったゴリラ獣人が、始めて声を発した。声帯をやられていたらしい。


「うほぉおおおおおおお!」


 ドンドンドンドンドンドン、と喜びのドラミングをする。


「ジタローさん、いえ、ジタロー様! 貴方は神様ですニャ! 感謝しますニャ!」

「俺も感謝しますワン! ジタロー様!」

「うほうほ。声、甦らせてくれて、ありがとうほ。ジタロー様」


「本当に、大したことはしていませんので」


「こ、これだけ凄いことをしてくれて、謙遜までしますのかニャ!?」

「アンドレさんは大袈裟だと思っていたけど、そんなことないワン! 想像以上だったワン!」

「うほうほ」


 治した三人は、涙を浮かべながら俺の謙遜に抗議してくる。

 重傷を治されたのだから、三人の気持ちもわかるけど俺にとって『治す』は気軽に使える便利スキルだし貰い物のチートだからそこまで感謝されても困ってしまう。


「その、俺が信奉する神様はアストレア様という女神様です。貴方たちをこうして治せているのはアストレア様のお陰なので、感謝を捧げるならそちらの方に……」


「そういうことなら、私、今日からあすとれあ様? って女神様に改宗するのニャ!」

「俺も! マモーンなんてクソ食らえ! ジタロー様が信じる女神なら、それが俺たちにとっての救いの女神だ!」

「うほうほ! ジタロー様! アストレア様!」


 解っているのだろうか? 大盛り上がりする三人に、少し不安になるけどまあ、アストレア様の信者が増えたのだから良しとするか。


「他に怪我人はいませんか?」


「お、おい、ジタロー、まだ行けるのか?」


「ああ、全然余裕です。そんなに多くないのでしたら、この町の人全員を連れて来てくれても良いですよ」


「そ、そんなにか。……使徒ってのは見たことも聞いたこともねェけど、そこまで無制限に魔力を使えるものなのか?」


「えーっと……」


 『治す』はスキルで、魔力消費とか特に無さそうだから無限に使えているだけで、俺に魔力がどれくらいあるのかは良く把握していない。

 今度裁量の天秤とかで、自分の魔力量を測ってみても良いかもしれない。


「まあ、とりあえずどんどん連れてきちゃってください」


 そう言うと、アンドレさんと獣人トリオの計四人は町中を駆け回って怪我人を呼び始めた。


 例えば、一見全く傷もなさそうなエルフ耳の少女。


「『治す』」


「ま、魔晶石が……! これでまた、以前のように魔法を使えるようになるわ!」


 『治す』を発動させると、額からエメラルドの綺麗な宝石が生えてきた。


「ジタロー様、ありがとうございます!」


 腕、足、四肢を欠損している人は全部で13人ほど居て、目を怪我している人は他に5人居た。多いのか少ないのかは解らない。


 それから指を喪っているものや、骨が折れてしまっている人、体中に切り傷がある女性、そう言った人たちを次々に治していく。


 いつの間にか『治す』を待つ人の行列ができていて、そして『治す』で五体満足になった人たちは立ち去らずに俺の『治す』をずっと見ているので広場にどんどん人が集まって増えていく。


「あ、あの、子供が熱なんですけど……」


「『治す』」


 『治す』をしたら、ふらふらと具合の悪そうだった子供が瞬く間に元気になった。

 『治す』は、病気にも効くらしい。


 『治す』がノーコスト、高速で発動スキルと言うこともあって、列に並んだ怪我人は最終的に100人を超えたけど全員を治すのに1時間と掛からなかった。


 『治す』を使い続けるのは本当に苦じゃないし、100人治しても疲れたりとか魔力的なものが減っている雰囲気はなかったので今のところ本当に無制限で無限に使えそうな感じもある。


 貰い物の力でも、怪我している人を治して喜んでいるのを見るのは気分が良い。


「ジタロー様、ありがとう!」

「ほ、本当に良いのか?! こんな大怪我治して貰ったけど!」

「少ないけど、これお気持ちです! 受け取ってください!」


 そう言って一人の獣人から銀貨一枚を渡された。


「うおお、目が、目が見える! なあ見てくれ、目が見えるんだよ!」

「あなた、もうそれ15回目よ」

「何度でも言うさ。こんな幸福、あと100回でも言い足りない! 俺からも少ねえけど感謝の気持ちだ!」


 今度は銀貨2枚。


「ジタロー様、聖人様!」

「ジタロー様、病気の子供まで治してくれてありがとうございます!」


 銀貨1枚。


 怪我が治って大はしゃぎの様子だった亜人の人たちは、一人目が銀貨を渡してきたのを皮切りにどんどん俺にお金を渡してくる。


 銅貨や、銀貨がどんどん溜まって、俺の足元に小銭の山が出来上がる。


「い、いや、お金は受け取れませんって!」


「いいや、これくらいは受け取って貰わねえと俺たちの気が済まねえ」

「っていうか、こんなの気持ちでしかねえ! こんな小銭でジタロー様への感謝を全て伝えただなんて思ってねえよ!」

「普通なら失った指を治してもらうだけで金貨数枚、腕なんて途方もない金貨を要求されるだろうから一生治して貰えないところだったわ!」


「俺は、宿と飯を提供してもらう。その代わりに治してるだけなんですって!」


「飯? おい、みんな聞いたか? ジタロー様は食事をご所望だ!」

「飯で、飯でこの恩を返せるのか!?」

「おい、みんな、急いで用意しろ!」


 俺がそう言うと、広場の人たちがバタバタと行動し始める。


「あーあ。ジタロー、お前さんが飯を求めるからみんなとびっきりのご馳走を作ってお前さんにお礼をするんだと躍起になっちまった」


「えぇ……」


「これから宴だ。町の奴らはお前さんを寝かすつもりもねえだろうから、今のうちに宿に行って少しの間でも休んでおけェ」


 今回はちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。


 まあ、目の前に怪我人がいてそれを放置してまで自重するって選択肢はどの道なかっただろうけど。

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