37話 戦線のリーダー

竜巻トルネードッ!」


 ニケとミューが制止しようと躍り出る、それよりも早くテントの中で暴風が吹き上がった。机や家具が持ち上がってはバラバラになり、テントそのものも抉れて空に飛びあがる。


 ニケもミューも暴風に飛ばされないよう耐えるのが必死の様子なのに、俺にとってはそよ風程度にしか感じられない。


 ……これは、アストレア様の法服のお陰だろうか?


 これ以上は、ニケとミューの方が耐えられないと思ったのか風がさっぱり止む。

 ミネルヴァさんが俺を見る目は、完全に化け物を見るときのソレだった。


「貴方、いったい何者? ……ニケとミューをどうするつもりなの?」


 震えながら手を向けてくる。誤解を解きたいけど、怯えてるみたいだし下手に刺激はしたくない。どうしたものか……。


「ミネルヴァさん、ちょっと待ってください! その人は、悪い人じゃないです。そこの娘さん二人は、護衛として雇われているようなもので『絶対服従紋』で縛られたり不当に虐げられたりしているわけではないです!」


「……そうなの?」


 ニケとミューはコクリと頷いて、ヴォルフさんの言葉を肯定した。


「ジタロー様は、両脚と片腕を失くしていた私を買って治してくれた上に、怪しい儀式の生贄にされそうだったミューまで助けてくれたの。私は、その恩を返すために、勝手に下僕として仕えてるだけで強制されているわけではないわ」


「姉様の場合、恩を返すだけって目的でもないと思うのです……。まあでも、ご主人様がミューたちを助けてくれた恩人ってのは間違いないのです」


「…………」


 二人の言葉に、ミネルヴァさんは口をパクパクさせる。

 そして信じられないような表情で俺を見た。


「初めまして、ジタローと申します。ニケさんとミューさんは、対等な仲間だと俺は思ってます。二人のお陰で快適な旅路を送れてますし、戦闘でも協力して助けて貰ったりとお世話になってます」


 ぺこりと頭を下げると、ミネルヴァさんは何ともいえないような顔をした。


「その、いきなり魔法をぶっ放したりして悪かったわね」


「いえ、そよ風みたいなものでしたし、全然気にしないでください」


「くっ……」


 今度は苦虫を嚙み潰したような顔をされた。


「魔法を誇りとする精霊人に対し、娘の前でそれはかなり手厳しいですね……」


 兎耳の少年が、ぼそりとそう言う。え、そうなの!?

 俺は何ともないから気にしないでって意味で言ったつもりだったのに。


「えっと、その侮辱する意図とかなかったんですよ! ……ほら、家具とかテントは破壊されてますし。ニケとミューがいる手前、巻き込まないために全力を出せなかったんですよね!」


「そ、そうですけど?」


 そう返答するミネルヴァさんの顔は真っ赤で、涙目だった。


 どうやらフォローも失敗したらしい。


「これは母様が悪いから、気にしなくて良いのです」


「そうね」


 ミューの言葉にニケが同意する。久しぶりの、感動の再会のはずなのに娘二人の反応はかなり冷たかった。


 どういう経緯で別れたのかは解らないけど、亜人差別の酷過ぎるこの国で暫く行方不明になっていた娘と再会したミネルヴァさんの気持ちは察して余りあるし、少し可哀想に思えてきた。


 燦燦と日の照る大空を見上げる。


「おいおい、便所から帰ってきたら俺の家が更地になってるんだがどういうことだ?」


 2mはありそうな大柄な体躯に、ふさふさの鬣、獰猛な顔立ち。巨大な剣を背負ったその男は、ライオンの獣人だった。


「り、リーダー!」


「なんだァ、またミネルヴァがやらかしたのか?」


「はい、そのそんな感じです。……あっちの二人が、行方不明になっていたミネルヴァさんの娘さんみたいで」


「なるほどなァ。継戦状態にねェってことは、ミネルヴァの早とちりだったんだろうがァ」


「そこで少し一緒に歩いただけですけど、絶対服従紋は本当になさそうですし二人もジタロー殿と信頼関係は良好に見えました」


 ヴォルフさんが、リーダーと呼ばれたライオンの獣人に補足をする。


「俺ァ、亜人解放戦線のリーダーをやっているライオネルだァ。人間に虐げられている亜人奴隷を解放するのが俺たちの目的なんだがァ、お嬢ちゃんたちは俺たちの助けを求めるかい?」


 ライオネルさんに尋ねられたニケとミューは首を横に振った。


「そうかい。それでェ、この家を吹っ飛ばしたミネルヴァの言い訳は……いィや、聞かなくて良いか」


「えっ!?」


「それよりも……。アンタがジタローだよなァ?」


「は、はい」


「まずは、ヴォルフの目と腕を治してくれたことに礼を言わせてくれ。ありがとう」


「い、いえ、どういたしまして?」


 ドスの効いた低い声で話す大柄なライオネルさんが、膝に手を着いて頭を下げる。

 なんか任侠映画っぽくて様になっていた。


「エドワード王子を殺したんだってなァ。噂は聞いてるぜェ? って言っても、手配書で見ただけだが」


「それだけじゃなくて、騎士や勇者、それからマモーン教の天使まで殺したわ!」


「ほゥ、勇者や天使まで……」


 誇らしげに答えたニケの言葉に、ライオネルさんはニヤリと笑う。


「そこまでやったんなら、もう王国中の町に指名手配されて行く場所もねえんだろうなァ?」


「まあ、そう、ですね」


「でも、解放の町ニンフィなら、お前さんが王族殺しの指名手配犯だって関係ねェ。いや、むしろこの町にいる俺の仲間たちは、王族を殺したお前さんを好意的にすら、思っている」


「は、はぁ……」


「これは、取引の提案なんだが……お前さんたちは、この町にいくらでもいてくれて構わねェ。飯も宿もこっちで用意する。ただ、この町にはヴォルフみたいに大きな怪我を負って戦線を離脱した負傷者が多数いる。それを治してくれねえかって提案だ」


 それは、願ってもない提案だった。

 俺の『治す』はほぼノーコストのノーデメリットっぽいし、それで安全な宿と食事を提供してくれるなら破格の提案だ。


「その提案、受けましょう」


「ああ、勿論、宿や飯だけじゃねえ。四肢欠損を治せるだけの魔法は莫大な魔力が必要と聞くし、教会に頼めば金貨数百枚は取られる。金は、あんまりねえから払えねえけど、その分十分なもてなしも……え? 受けてくれるのか?」


「ええ。どの道俺は、目の前に怪我人がいれば無償でも治すでしょうし、そこに飯と宿を付けて貰えるってなら、願ってもない提案です」


 そう答えると、ライオネルさんは信じられないって顔をする。


「ヴォルフが、聖人って言ってたけど、本当に大袈裟でもなかったんだな。怪我人がいれば無償でも治すなんて聖職者、聞いたことないぜ」


「ジタロー様は本当にそう言う方なのよ! 私も、ミューもそれで助けられて来たし他にも多くの人を救っているのを見て来たわ!」


「すげえな。嘘を言ってる気配がねえ」


 別に、俺は聖人でもなんでもない。

 『治す』がリスクなく気軽に使えるスキルだから、目の前に怪我人がいたら普通に治すってだけだ。スキルが規模感を大袈裟にしてるけど、やってることの本質と言えば精々目の前で転んでる人がいた時にティッシュや絆創膏を持ってたら差し出すとかその程度のことである。


 それくらいの親切、日本人なら当たり前にするだろ?


「ま、まあ、引き受けてくれるならありがてェ。当然、宿と飯だけじゃなくて、出来る限りのもてなしもすると約束しよう」


「居場所がない俺にとっては宿と食事だけでもありがたいので、そこまで気を遣わないでいただけると助かります」


 ライオネルさんに差し出された手を取って握手しながらそう答えた。


「そう言うわけにもいかねえ。良い人間に正当な返礼が出来ねえのは、俺たちの誇りが許さねえんだ」


 ま、まあ、宿も飯も質が良いに越したことはないし、そこまで言って貰えるなら遠慮なく受け取ることにする。


「まァ、一旦話はここまでだなァ。強獣の森を抜けて来て疲れてるだろうし、宿に帰ってゆっくり休めや。今晩はお前さんを歓迎する宴をするからなァ。王子や勇者を殺したときの話とか、ジタローの武勇伝とか、酒の席で聞かせてくれェ」


「は、はい」


「お前さんは面白ェ人間みたいだからな。仲良くしようや」


「はい、よろしくお願いします」


「ところで、いきなり魔法をぶっ放したミネルヴァの処遇がまだ決まってなかったな?」


「えっ!?」


「俺の家ェ、吹っ飛ばして何のお咎めなしってのは道理が通らねえだろ。とりあえず俺の家は、責任もって直して貰うとして……。その後は、ジタロー、アンタが煮るなり焼くなり好きに罰を与えてやってくれや」


 ライオネルさんがニヤリと笑う。


「ちょ、ちょっと待ってください、リーダー!?」


「まァ、ジタローならそこまで酷いことにもならねえだろ。多分」


「多分!? そ、そんなぁ……」


 ライオネルさんに無情な判決を言い渡されたミネルヴァさんはその場で崩れ落ちた。


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