36話 亜人解放戦線
「せ、聖者様……」
「た、隊長の腕が治った?」
「欠損を治せるレベルの聖職者……?」
「お、おい、貴様! いったいどういうつもりだ!」
腕を生やされた元隻腕の狼獣人は震える目で俺を見上げ、後ろの部下のうち二人は驚愕に剣を落とす。
そして一人、一番若い犬獣人の男が剣を握ったまま、つかつかと俺の方へ歩み寄ってくる。
「待て!」
俺に斬りかからんばかりの勢いで寄ってくる犬獣人を狼獣人は治ったばかりの手で捕まえながら、立ち上がり、伺ってくる。
「貴方は、ジタロー殿とお見受け致しますが相違ないですか?」
狼獣人は掴んだ犬獣人の手を借りるように立ち上がってから、そう尋ねて来た。
俺の名前を知られている。間違いなく、手配書由来だろう。正直に答えるか迷う。手配書の中身をちゃんと見たわけじゃないけど、王族を殺した俺はあることないこと脚色されて想像を絶する凶悪犯罪者に仕立て上げられてるかもしれない。
長い旅で疲れてるし、肉だけじゃなくて新鮮な野菜や果物も久々に食べたい。
だから、近くの町『ニンフィ』に滞在できるならしたい。
「いえ、その顔、そして慈悲深さを体験して確信しました。『革命家』ジタロー殿、私たちは貴方様を歓迎します」
狼獣人は跪いて、騎士のような礼をする。
後ろの獣人たちも、戸惑いながらも狼獣人の真似をした。
「ジタローって」
「ああ、話題になった王子殺し。……まさか、昨日の今日で出会うことになるなんてな」
どうやら、俺が指名手配犯だからと言って印象が悪いというわけではないらしい。
「ジタローと申します。よろしくお願いします」
「はい。私は、ヴォルフと申します。亜人解放戦線ニンフィ周辺哨戒班の、隊長を務めております。……まずは、喪われていた我が腕と目を治してくれたことに感謝を。ありがとうございます。ちゃんとお礼もしたいですし、ニンフィの町まで案内させてください」
「は、はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ヴォルフさんに手を差し出すと、握り返してくれた。
「強獣の森を抜けてきたんですか?」
「ええ。指名手配されてるから、町を辿りながらというわけにも行きませんし、最短距離を――」
「なるほど。大変だったでしょう?」
「いえ。仲間が優秀だったので、俺は基本的に着いて回るだけでしたよ」
気が向いたときに『治す』を飛ばして、疲労や虫刺されをリセットしたりしたくらいだ。『治す』がなかったら俺はただのお荷物だった。
「彼女たちは、奴隷ではないのですか? 仲間、とおっしゃいましたが」
「奴隷商店から買っただけです。俺は奴隷だと思ってないですしそのように扱うつもりもないです」
「……! 奴隷は普通、高いお金を払って買うものです。買った奴隷を人間扱いすることは簡単に出来ることでもないと思うのですが」
「その点で言うと、ニケは安かったですから。手足がなかったので」
「手足が? ニケとは、あの白猫のでしたよね? どう見ても五体満足で――ハッ、そうか。治されたんですね?」
「ええ」
「因みに、残り二人の方は――」
「二人は怪しげな儀式の生贄にされそうだったところを」
「助けた、と」
「ええ、まあ。ミューがニケの妹でして。ニケが必死に俺を説得してくれたお陰で、早く行動に移すことが出来て何とか間に合ったんですよ」
歩きながら、あったことをそのまま話してただけなのに、ヴォルフさんの目からほろりと涙が落ちる。えっ!?
「ど、どうしたんですか?」
「い、いえ。この世界にもまだ、ジタロー殿のような人間がいたのかと、感動してしまいまして。……四肢を喪っていた奴隷を買って治し、更に奴隷の頼みを聞き入れ、救出に協力する。亜人を生贄にする儀式は禁術で、それを扱う者は須らく手練れ。きっと大変な危険もあったのでしょう。なのに恩に着せる様子もなく、奴隷扱いすらしないとおっしゃる。貴方様を聖人と言わずして、他の誰をそう呼ぶのでしょう?」
……いや、実態はそんなヴォルフが思うような立派なものじゃない。
ニケ達を買って治せたのは、貰い物のチート能力が強力だったってだけだし、禁呪ってのも助けに行くと決めた段階では知らなかった上に戦いはアストレア様の加護のお陰で解決したようなものだ。
俺が威張り散らかす要素なんてどこにもない。それどころか、俺は奴隷扱いしないと言っただけで下心がないとも言ってないのだ。
俺が聖人なら、そこそこの人間は聖人になれると思う(本当は全員って言いたかったけど、この世界に来てから会った人に酷いのが多過ぎたためそこそこ止まり)。
「最初から案内するつもりではありましたが、是非とも我々の――『亜人解放戦線』のリーダーと会っていただきたい。きっとジタロー殿なら我々の理念に共感してくれるでしょうし、リーダーもジタロー殿のことを気に入ってくれるでしょう」
「俺としてもぜひ、お会いしてみたいです」
王族を殺して指名手配されてしまってる身分としては、対抗組織の後ろ盾はかなり欲しい。
と、そんなこんな話しているうちに町が見えてくる。空を見ると、まだ日は正午にも上り切っていない。
森を抜けてから、徒歩四時間くらいの距離か。
「あれがニンフィです。……お疲れとは思いますが、早速リーダーの元へ案内して良いですか?」
「え? ええ。俺は大丈夫ですけど、そっちは大丈夫なんですか?」
「お昼時だから、リーダーも帰って来てると思います」
いや、アポイント的な話で聞いたんだけど。まあ、ヴォルフさんが大丈夫って言うなら大丈夫なのだろう。
門を守る
この国の亜人差別を見て来た俺は『亜人大粛清』なるものが凄惨たる悪法であることをなんとなくではあるけど察していたし、人間と亜人の溝は俺の想像以上に根深いと予想される。
それでも五体満足のヴォルフさんを見て態度を変えてくれたのを見るに、薄っぺらい言葉を変に尽くすよりも一も二もなく『治す』したのは正解だったと思う。
「ここが、リーダーの家だ」
リーダーの家は、物凄く大きなテントのようだった。
モンゴルの遊牧民族の家『ゲル』と言えば良いのだろうか?
歩いて来た道にも、この白いテントみたいな家はいくつも立ち並んでいた。普通に木造の建物も建ち並んでいたけど。
「とりあえず、入ってください」
俺とニケとミュー、ファルが中に入り、凛とメリーナも続いて入ろうとしたらヴォルフさんに足止めされた。
「悪いがうちのリーダーは大の人間嫌いでな。ジタロー殿は兎も角、二人をこの中に入れることは出来ない。ドギー、ブル。二人を宿の方に案内してやってくれ」
「了解です。……ついてこい」
「は、はい」
不機嫌そうな犬獣人の部下に指を刺された凛は不安そうな顔を見せる。
少し心配だけど、メリーナが俺に気にしないでと手を振った。まあ、宿に行くだけでそんなトラブルになることもないだろう。
「オレ、やっぱリンたちが心配だから向こうに着いて行くぜ!」
中に入ったファルが手を上げてから、凛とメリーナの方へ走って行く。
ファルがついて行ってくれるなら、安心だ。
俺は、ニケとミューを伴ってヴォルフさんに案内されるままに部屋の方へ案内された。部屋にいたのは、兎耳の男の人だった。この人が、リーダー?
「あれ? リーダーは?」
「リーダーはさっき帰って来てたけど、今は少し出てますね」
「どれくらいで戻って来る」
「厠に行っただけなので、すぐに戻って来ると思いますよ」
「と言うわけで、そこの椅子にでも掛けて待っててください」
「は、はあ」
い、良いのかな、本人に会う前に勝手に家に入ったりしてて……。
いやまあヴォルフさんが良いって言ってるし、兎耳の男の子も特に何か言って来てるわけでもないからダメってことはないと思うけど。
座って良いのか迷いつつ、椅子に腰かけてリーダーって人を待つ。
暫く待っていると、中に誰かが入ってきた。
入ってきたのは、黒いローブに身を包んだ長い黒髪の綺麗な女性だった。
神々しいというか、独特なオーラを感じるその女性の顔は、ニケやミューに少し似ているような気がした。
「リーダーに話が……」
あって、そう口を開きながら入ってきたその女性は俺を――もっと言えばニケとミューの方を見て、驚きに染まった顔をしていた。
「ニケ、ミュー……? 貴方たちなの?」
「お母様?」
「母様?」
ニケとミューも驚いた顔をする。俺も、驚いていた。
この人、二人の母親なのか。確かに顔は似ているけど、二人のように猫耳や尻尾が生えているということはない。
……そう言えばニケとミューは精霊人とのハーフだったな。ってことはこの人、精霊人?
人間と同じ顔の横に着いている耳は、物語のエルフのように長い。
ニケとミューのお母さんは、暫し二人の存在に亡霊を見たかのような驚いた顔をしたと思ったら、俺と目が合った。
「……人間。貴方は、何者なの? ニケとミューの何なの?」
「え、えっと、俺は――」
「この人はジタロー様。奴隷商店で売られていたところを買って、助けてくれて、今は私たちのご主人様ね!」
ニケの説明に、母親は目を細める。
「つまり、二人はこの人の奴隷、ってことなのね?」
「えっ、いや、その……」
「ミネルヴァさん、ちょ、ちょっと待って! ジタロー殿は――」
様子のおかしいニケ、ミューの母親ミネルヴァさん? に、ヴォルフさんが間に割って止めようとするけど、ヴォルフさんは室内なのに急に吹いた突風のようなもので飛ばされてしまう。
「問答無用。ニケ、ミュー。今すぐ私が、二人を解放してあげるからね……」
「ちょ、お母様!?」
「母様、待つのです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます