26話 エドワード事件 その3
切り落とされた上半身が地面に落ち、無音のまま喚いていたストーカー野郎が浄罪の聖炎に包まれた。
「(うがぁぁあっ! 熱い、苦しい!)」
ストーカー野郎は苦しそうな顔で口をパクパクさせながらのた打ち回るが、何を言っているのか俺には聞こえない。
それに、既に死が確定したこの男にこれ以上構っている暇は、俺にはなかった。
早くニケたちに加勢しなきゃだし、勇者を縛る絶対服従紋も解除したい。
「(お、おいっ、待って……)」
一瞬、ストーカー野郎に足を掴まれた気がしたが、彼の手は煤になってボロボロと崩れて行った。俺は無視して、大天使を掴み上げているファルの方へ向かう。
「……ソウイチ、所詮は勇者の役割を与えられなかった偽物。使えない男」
大天使はファルの大きな手に身体を握られながらも、ファルの肩に突き刺した剣をぐりぐりと押し込んでいる。
ファルは、身体から滾るような蒸気を噴出させながら、目、鼻、口、耳と穴という穴から血を噴き出していた。
ミシミシ、バキボキッと響く骨がバラバラになってるような音は大天使だけのものではないのだろう。
これださっき言ってた、技の反動ってやつか。
「『治す』」
「おおっ、折れた骨が、ボロボロになってた身体が本当に治っていくぜ……。ダンナ、解ってたけどアンタすげえよ!」
「大天使の方は引き続きお前の方に任せても良いか?」
「おう、任せろ!」
「くっ……あぁっ、ぐっ……」
ファルと大天使、双方が満身創痍でボロボロだったのに俺の『治す』によってファルのダメージだけ完全に回復する。
大天使は絶望の表情を浮かべながら、全力を取り戻したファルの握り潰す攻撃に悲痛な悲鳴を上げる。
「トドメだ!」
ファルは大天使をそのまま思いっきり地面に叩きつけ、タコ殴りを始めた。
ファルの方は大丈夫そうなので、俺はニケたちの方へ向かう。
◇
時は少し遡る。
「ジタロー様、私たちのことは心配しないで!」
「姉様はミューが守るのです!」
降臨した大天使の指示で、騎士たちと操られている勇者がニケとミューに襲い掛かってくる。
「『増魔の書』『合魔の書』、
ニケは静かにショートソードを抜いて構え、ミューは街の石畳からニケの姿をした
大天使の降臨で士気を上げ、物凄い勢いで攻勢に出ていた騎士達は一番槍があっけなく捻りつぶされたことで急にたたらを踏む。
ニケはその隙を見逃さなかった。
一気に騎士たちの眼前にまで距離を詰め、先頭にいた騎士の首をショートソードで切り落とす。
ニケがジタローから預かっているショートソードは、大貴族が家宝として大事にするほどの逸品だ。凄まじい切れ味を誇る。人間を優に超える獣人の膂力とニケの技量を持ってすれば、鎧の間隙を縫い、首の堅い骨を断ち切ることは容易かった。
そのまま、断ち切った首から噴出する血を後発の騎士達の目くらましに利用して、一気に後ろにいた女勇者の方へ距離を詰める。
「(――あんなに強かった私のパパは、勇者に殺された。奴隷と同じで『絶対服従紋』に操られてるみたいだけど)」
ニケは、殺すつもりで女勇者に飛び掛かった。
女勇者は冷酷な目で(仮面を被っているから、どんな顔をしているかは見えないけど)、黒い筒のような妙なものをニケに向ける。
ニケは警戒しながらも、何かされる前に殺せば無問題! と、首目掛けてショートソードを振る。その瞬間、バンッ、と爆発魔法を使ったみたいな炸裂音が響いた。
次の瞬間、ニケの肩は撃ち抜かれ放ったショートソードでの斬撃は大きく外れる。
優れた獣人の動体視力で、ニケは、自分の肩に何か鉄の玉のようなものを放たれてダメージを受けたのだと理解した。
女勇者の持つ謎の武器からは、硝煙が上がっている。
ニケは傷ついた肩口を抑えながら、地面に着地をする。勇者の攻撃によって、仲間を殺した亜人に隙が出来たことを悟った騎士の一人が果敢に、ニケに飛び掛かった。
ニケは咄嗟の判断で使えなくなった右手から、まだ無事な左手へショートソードをパスして騎士の攻撃を何とか受け止め、そのまま騎士に蹴りを放つ。
「姉様ッ!」
ミューは姉のピンチを知って、
奇襲の失敗を悟ったニケは一旦離脱して体制を立て直そうと、一度勇者に背を向けた瞬間、空から天使が降ってきた。
ニケは気配を察知し、脳天目掛けて放たれていた攻撃を何とか躱す。
致命傷は避けられたが、攻撃を受けるために差し出した左腕が天使の剣の一撃によって切り落とされ、ショートソードを持ったまま宙を舞った。
ニケは
「うっぁぁっぁあっ」
ミューの足元に転がり込んだニケは、左腕を切り落とされた苦痛に悲鳴を上げる。
勇者の銃弾で右肩も撃ち抜かれたので、どれだけ痛くとも傷口を手で抑えることは出来ない。
「ね、姉様ッ! う、腕……」
「よしっ、今だ! ゴーレムをぶっ壊せ!!」
「「「うおらぁあああああ!!!」
「はっ、しまったのです!」
大好きな姉が重傷を負って足元に転がり込んできたことで、ミューは一瞬ゴーレムから意識を反らしてしまう。
一方で、天使の助太刀と勇者の活躍により勝機を見出し士気を高めていた騎士達はその隙を見逃してくれるほど優しくはなかった。
ハンマーを持った騎士がニケゴーレムの膝を破壊して、それに続いてバスターソードを持った騎士たちが力任せに
「覚悟しろ、亜人共!」
「エドワード様の仇だ!!」
「「「死ねえええええ!!!」」」
騎士たちが好機とばかりに、ニケ、ミュー目掛けて飛び掛かってくる。
「『増魔の……(ううっ、ダメなのです。魔法を展開できるだけの時間がないのですッ!)」
このままでは、足元で転がっている姉も、自分も騎士たちに切り殺されてしまう。だが、魔法を使うだけの時間がない。
「うああああっ!」
ミューが窮地に絶望しかけた瞬間、足元で転がっていたはずのニケが叫び声を上げながら飛び上がり、襲い掛かってくる騎士たちの前列三人に捨て身のたいあたりをした。
「ッ!
ミューはその隙を見逃さず、とにかく展開が早い風魔法で襲い掛かってくる騎士たちの体勢を崩しに行く。
重く、表面積の大きい鎧を身に纏った騎士たちは一度体勢を崩すとドミノ倒しみたいに倒れ、一度倒れるとすぐには起き上がれない。
ニケは軽装備なので、風が止むと転がるように移動してミューの側に戻った。
「『増魔の書』
ミューは更に石壁を展開して、すぐに起き上がれずにいる騎士たちをさらなる重量で圧し潰した。
騎士の数は既に半減した。だけど勇者も天使も残っている。
ミューは無傷だが、ニケが両腕を損傷してしまっている。状況としてはかなり不利だ。
ニケは、歯を食いしばりながら立ち上がる。
「姉様ッ、ミューが一人で頑張るから、大人しくしてるのです!」
「……
ニケは、傷口を凍らせて止血する。
「両腕が使い物にならなくったって両脚が残ってるし、牙もある。まだ戦える。死にさえしなければこんな怪我、ジタロー様が治してくれるわ。でも……ここで、可愛い妹に一人で戦わせて――それで傷ついた私の姉としての矜持は、治せない」
「……ッ! 姉様」
「それに、私は……私たちは、この局面で勝ってジタロー様の下僕として、護衛として戦えることを示さないといけないのよ」
ニケは腰を深く落とし、地面を強く踏み込む。
騎士たちはまだ、無傷の鎧騎士が5人残っている。万全の天使と勇者も残っている。状況的には圧倒的有利のはずなのに、騎士たちはニケの鬼のような気迫に怯んでしまっていた。
「な、なんだ、アイツ。死ぬのが怖くないのか?」
「バケモンだ……」
「くだらない。コケ脅しだ」
天使が吐き捨てて、ニケの方へ飛んで向かう。
ニケの首筋目掛けて放たれた剣の一撃を、ニケは柔軟な動きで回避し、そのまま天使のお腹を蹴り上げた。天使はそのまま空へ吹き飛ぶ。
ニケはそのまま地面に落ちていた自分の左腕が握っているショートソードを足で拾い上げ、そのまま女勇者目掛けて特攻する。
「勇者様! うごっ!」
騎士の一人が勇者を庇って前に出る。ニケのショートソードは、騎士の喉を突き刺しそのまま絶命させる。
「あっちだ!」
一方で、ニケ、ミューが騎士たちと対峙していた方向から見て後方から、騒ぎを聞きつけた門番、兵士たちが駆けてやってきていた。
エドワード殺害にパニックになって逃げだした市民の誰かが通報したのだろう。
「何で、亜人がこの街で服着て立って歩いてんだよ! 問答無用で死刑だ!!」
兵士たちの戦闘を走っていたのは、この街に入るときニケ、ミュー、ファルに下着姿になるよう強要したあの門番だった。
「くっ、こんな時に援軍なのです……」
「ミュー!」
ニケは反対方向の騎士達と交戦中で、ミューに助けに行けない。
ミューも大急ぎで『増魔の書』を開き、魔法の準備をしているが戦闘を走っている門番の攻撃の方が早そうだ。
「クマー!!」
門番の槍がミューを突き刺す寸前、今までミューの背中に潜んで活躍の機会をうかがっていたデビクマが門番の前に出て来て、そのまま小さな手で門番をビンタする。
ファンシーな見た目で獲物を誘う、デビルベアーはC級の魔物だ。等級で言えばオークと同じくらいだが、群れない分、単体での強さはオークを優に超える。
小さな手から放たれたデビクマのビンタのパワーはすさまじく、そのまま門番の頸椎を折るに至った。
更にデビクマは首を大きく晒す形になった門番の首を噛みちぎる。
頸動脈を千切られ、血が噴水のように噴き出した。
「デビクマ! よくやったのです! 『増魔の書』『合魔の書』
「「「「うわぁぁああああ!」」」」
その隙に、無数に生成された氷の刃が後発の兵士たちを始末した。
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