25話 エドワード事件 その2

「判決を言い渡す。――お前は死刑。斬首の罰を与える」


 右に大きく傾いた天秤から放たれた黄金の光が、断罪の剣を包み込む。


「アハハッ。僕の能力見てなかったの? 『責任転嫁』――僕に与えられたダメージは罪のない一般人が負うことになる。治す能力を持ってるみたいだけど、今度は邪魔するよ? そしたら貴方、本当に罪のない人を殺した人殺しになっちゃいますよ!」


 ストーカー野郎は煽るように嗤って、両手を広げて見せる。


「元日本人の貴方に、無辜の一般人を殺す度胸なんてありますかねぇ!? さぁ! 何度でも僕を斬って、何度でも治して見てくださいよぉ!」


 ……本当に、胸糞悪い野郎だ。


 俺は無言で一歩踏み込んで、ストーカー野郎に近づき、剣を振り上げる。ストーカー野郎は舐めた態度で突っ立っている。


 油断してくれてるなら、結構だ。アストレア様に代わって、俺が裁いてやる。


 剣を振り、ストーカー野郎の首に向かって思いっきり振りぬく。

 視界スローモーションみたいになる。動体視力に自信がある方ではないが、断罪の剣の刃がストーカー野郎の首に吸い込まれ、薄皮を斬り裂いていくのがよく見える。


 このまま首を刎ね上げようとしたその時、ストーカー野郎は横に大きく飛んだ。


 いや――何者かが突然現れて、ストーカー野郎を突き飛ばして助けた。


「なんだよ、痛ったいなぁ」


 地面に転がっているストーカー野郎に、女の子が覆いかぶさっていた。


 綺麗なブロンドの長髪で、背中からはカラスのような漆黒の翼が生えている。頭の上には黒い魔法陣のような輪っかもあった。

 天使……いや、堕天使? といった雰囲気の女の子だ。


「クソッ、いきなり突き飛ばしやがって……お前、誰だよ!」


「私は強欲の大天使、マモーン様の眷属。……ソウイチ。今、私が貴方を助けなければ、貴方は首を刎ね飛ばされ死んでいましたよ」


 大天使と名乗った女の子は、立ち上がりながら抑揚のない声でそう告げる。


「はぁ? 何言ってるの? 僕の能力は――」


「貴方の能力は『責任転嫁』本来なら受けたダメージを受け流せるスキルですが、彼は忘れられた女神の使徒。貴方のスキルでも彼の攻撃は受け流せないでしょう」


「……血」


 大天使に首筋を指されて、ストーカー男は切れた首から血が流れていることに気づいた。


「彼の相手は私がします。……所詮は、信仰を失った神の使徒。私は名もない大天使に過ぎませんが、真の女神であるマモーン様の眷属。勝てない道理はありません」


「聞いてないよ。じゃあ、僕はあのドラゴンの娘にしようかな。一番おっぱい大きいし、ああいった気の強そうな女の子をいじめるの、僕、好きなんだ! アハハっ!」


「では、それでお願いします。『絶対服従紋』発動。貴女は、あそこにいる二匹の獣人たちを始末しなさい。貴方たちも、勇者に加勢しなさい」


「うっ、くっ。た、助けてっ。た、戦いたく、ないっ」


「「「「うぉおおおおお! 天使様が降臨されたぞぉぉおお!」」」」

「「「「マモーン様、ありがとうございます!!!」」」」

「「「「エドワード様の仇、必ず討ってみせます!!!」」」」


 大天使がテキパキと、指示を出し、エドワード王子の死亡で混乱していた敵が一気に纏まっていく。


 女の勇者が絶対服従紋で操られ、大天使の登場で指揮があがった騎士たちもそれに続いてニケとミューの方へ向かった。


「そうはさせるか!」


「現れなさい、天使たちよ!」


 俺は、敵の動きがまとまって不利な戦況を作られる前に騎士たちに攻撃しようと足を踏み込む。俺の前に、4人の人間が急に現れた。


 大天使と同じく、カラスのような黒い翼の生えていて、体格は大きくない。

 顔がなく、性別もぱっと見では解らない。存在そのものが不気味だった。


「3人は私とソウイチのサポートを。一人は勇者と騎士たちを援護」


 小柄な天使たちがどこからか武器を取り出して一斉に襲い掛かってくる。


 しかし、彼?らの攻撃はアストレア様の加護のお陰で頑丈な法服に一切通じない。小さな天使たちは無視して一旦ニケ達の加勢に向かおうとしたら、大天使が飛翔して空から襲い掛かってくる。


 法服に守られていない頭を狙われた一撃。俺は断罪の剣で防ぐ。


 キンッ、と金属がぶつかった音が響いて火花が散った。……普通の剣なら打ち合っただけで斬れるくらい鋭い断罪の剣。だが、天使の武器ともなるとそう脆くはないらしい。


「言ったでしょう。貴方の相手は私がする、と」


「ジタロー様、私たちのことは心配しないで!」


「姉様はミューが守るのです!」


 既に着替え終えているニケとミューは、既に勇者と騎士相手に応戦を始めていた。


 ……ニケとミューが盗賊団のアジトで見せてくれた力は相当だった。俺は既にこの大天使に足止めを食らってしまっているし、あっちはあっちで任せるしかない。


 なるべく早くこっちを片づけて、加勢に向かう……!


 剣を力いっぱい振り払うと、大天使が距離を取る。


「アハハハっ!」


 ストーカー野郎が、ファル目掛けて突進した。


「しゃらくせぇ!」


 ファルの手が赤い竜の鉤爪に変形する。そして襲い掛かってきたストーカー野郎に振り下ろした。


 確実に、ストーカー男を三枚に卸す一撃。だが、斬り裂かれ三枚に卸されたのは、野次馬をしていた一人の男だった。


 アレは即死だろう。『治す』じゃどうしようもない。……それにさっきよりも敵が増えて厄介な状況になってる。

 さっきメイドを治したみたいなことは、もう簡単にはさせてもらえないだろう。


「アハハッ、君の攻撃なら効かないよ!」


 ストーカー男は、剣をファルの肩に突き刺した。


「うがぁッ!」


 ファルは反射的にストーカー男の頭を殴る。また一人、野次馬の男が吹き飛んだ。


「だから、効かないって!」


「うおおお! 勇者様頑張れ!」

「そんな悪党共倒してしまえ!」


 野次馬の中から死人が出てるのに、野次馬たちは勇者の応援を止めない。……その光景は狂っているように思えた。


「おい、ファル! 一旦引け! そいつに攻撃をするな! 俺がする!」


「クソッ!」


 ファルは無理やり一歩下がった。剣を刺された肩からは血が流れている。ファルは痛そうに抑えていた。


「アイツ、まるで攻撃が効かねえ」


「そういう能力だ。俺なら破れる。ファルは全力でこの天使共の足止めをしてくれ。俺がアイツを殺す」


「……! 解った!」


「『治す』」


 ファルが飛び上がり、大天使に飛び蹴りを噛ます。大天使がファルの蹴りを受け止める。俺はファルに触れて『治す』で肩の傷を治してから、ストーカー野郎の方へ向かった。


「くっ、させませんよ!」


「……行かせねえよ」


 大天使が剣を振り下ろして、ファルを斬る。ファルから血飛沫が上がる。

 ファルは、大天使の剣を素手で受け止めていた。手の平に剣が刺さってしまっているが、強い力で大天使の腕を掴んでいる。


「くっ……」


「なぁ、ダンナ。ダンナは、オレがどんだけボロボロになっても治してくれるんだよな?」


「当たり前だろ!」


 即答すると、ファルがにぃっと嬉しそうに笑った。


「オレにはなぁ、奥の手があるんだ。使えば今のオレの全力の10倍以上のパワー。本物のドラゴン並みの力を得られる奥の手が。だけどなぁ、コレ使うとオレの身体も耐えられなくて全身がバキバキになって下手すりゃ死んじまうんだ――『ドラゴニュートオーバーヒート』」


 ファルの四肢から赤い鱗と、鋭い爪が生え、ドラゴンのソレになる。

 褐色の肌は鱗のない部分も赤く染まり、身体から湯気が出ている。体温が尋常じゃないほどに上昇している。ファルの存在が炎になったみたいに熱くて、ファルの周りには陽炎が立ち上っていた。


 ファルが大天使に拳を振りかぶる。


 ブオンッ、と生物が出したとは思えないほどの音が鳴ったと同時に凄い勢いで大天使が地面に叩きつけられた。

 地面がひび割れ、ちょっとしたクレーターみたいになる。


「ダンナッ! オレさぁ、思う存分これを使って、全力で戦うのが夢だったんだぜ! ひゃっほー!! 夢が叶ったぁあああああ!!」


 ファルは超強化を経てかなりハイになっているのか、大はしゃぎの様子だった。


「お前らも、食らえっ!」


 ブオンッ、ブオンッ、ブオンッ。


 ファルの全力攻撃が3人の天使に一発ずつ入る。一匹の天使が上空の彼方に吹き飛び、一匹の天使はクレーターを作って地面に埋まり。もう一匹の天使は建物の壁を何枚も突き破って遠くに飛ばされる。


「くっ、竜人風情が……、大天使であるこの私にこんなダメージを」


 大天使は、ボロボロになりながらもクレーターから立ち上がる。


 だが、ファルの足止めは十分果たされていた。俺は既にストーカー野郎の目と鼻の先まで迫っていた。そのまま、剣を袈裟懸けに振り下ろす。


 ストーカー野郎は剣を構えて防ごうとするが、この剣は普通の剣だったのだろう。

 アストレア様の加護のお陰で切れ味マシマシになっている断罪の剣の前では、ティッシュペーパーほどの防御でしかなく、剣ごとストーカー野郎の胴体を斬り裂いた。


 切り離された上半身が、地面にボシャリと落ちる。


「……は?」


 上半身と下半身を切り離されたストーカー野郎は、何が何だかわからないと言った顔をしていた。


 切り口からこぼれ落ちていく臓物を信じられないような顔で見ている。


「こ、これは、夢? 痛い。悪夢? 痛いよ。痛い。あぁっ。死ぬの? 僕、死ぬの? こんなところで……?」


 口から血を零しながら、叫んでいる。


「貴方の能力、治す能力でしたよね。さっき、首を切り離されたメイドの女性も治してた。がぽっ。ねえ、貴方なら、治せるんでしょ? 僕のこと治せますよね?」


「治せないな」


「なん、で? なんでなんでなんでなんでなんで? 僕、日本人ですよ? 貴方と同じ、日本人、転生者ですよ! なのに殺すんですか? 人殺し! 最低! 鬼! 悪魔!」


 俺が助けるつもりがないと解ると、ストーカー野郎は口汚く罵り始めていた。


 うるさいな。……そう言えば。あの縦ロール姫が騒いでた時、アストレア様、黙らせる魔法使ってたな。あれ、俺にも使えるのか?


 裁量の天秤に手をかざす。この男を黙らせたい。そう念じると、俺の祈りに応えるように天秤が小さく右に傾く。


 ストーカー野郎から一切の音がしなくなる。


「(くそっ、おい、天使! お前、助けろ! 勇者だぞ! 僕が死んでもいいって言うのか!? おい、クソッ! お前もだよ! 僕を、殺すのか!?)」


 ストーカー野郎は大天使の方を見たり、俺の方を見たりと忙しく口をパクパク動かしているが、もう何言ってるのか全然聞こえない。


 死にかけてるはずなのに、無駄に元気でうるさいし、最後まで同情の出来ないクズ野郎だ。このまま首を刎ね飛ばしても良いが――


「『浄罪の聖炎』」


 あの時、アストレア様が縦ロール姫にしたのと同じ魔法を使った。

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