51話 亜人たちの逆襲

「ごめんなさいっ、傷つけるつもりはなかったんです!」

「ひぃぃっ、逃げて! 避けてください!」

「うわぁぁぁ! 止めろ! 嫌だぁ、戦いたくないっ!」


「痛ぇっ……が、お前はもっと辛いよなぁ!」

「もう少しの辛抱だ! もう少しでジタロー様が解放してくださる!」

「ジタロー様! 早くぅっ! こっちはもう限界だ!」


 襲い掛かってくる亜人奴隷軍の攻撃を、亜人解放戦線の戦士たちは受け止める。

 前方を駆け抜けていった戦士たちは、武器や盾を構え、自身へのダメージを押さえながら受け気味に応戦している。


 一方で後方にいる解放戦線の戦士たちは武器も盾も構えず、大きな傷を負いながらも生身で応戦し抱き止めるように動きを押さえていた。

 理由は、後方に流れてくる亜人奴隷の殆どが女性や子供だから。


 解放戦線の戦士の殆どは、軍人とかではない義勇軍だ。


 大粛清で差別されている亜人を解放するために立ち上がった彼らは、女性や子供に武器を構えられないほどに心優しい人が多かった。


「範囲『治す』ッ! 範囲『治す』、範囲『治す』! もう少しの辛抱です! 頑張ってください!」


 全体的に負傷被害の多い後方を中心に、俺は戦場を駆け回った。


 命令によって操られ、リミッターも外れている亜人奴隷の兵士たちは、女子供であっても尋常じゃない強さを発揮している。解放戦線の戦士たちはより相手を傷つけないようにと慎重に立ち回っているから、状況はかなり不利だ。


「範囲『治す』ッ! 範囲『治す』ッ! 範囲『治す』ッ!」


 俺は『治す』を使い続けながら戦場を駆け回る。


 いつの間にか強化され、広範囲への対応が可能になった『治す』

 使い続けているうちに、効果範囲も何となく解っていく。今のところ『治す』の範囲は俺を中心とした半径15m程度の円形って雰囲気だった。


 そして、発動までに掛かる時間は単体相手の1.5倍程度。


 四肢欠損しているなら、45秒。軽い怪我や『絶対服従紋』の解除だけなら15秒程度。


 走り、位置を調整しながら範囲『治す』を発動すること10回。

 移動時間+発動時間の合計としては5分程度。その時点で既に、後方に流れて来ていた女子供の亜人奴隷は解放し終わるころだった。


 俺は更に駆けて、前線にまで突入する。


「範囲『治す』ッ!」


「うぉおおお! ジタロー様がこっちにまで来てくれたぞ!」

「もうひと踏ん張りだ!」


「お、おい! あの人が来たら俺たちは解放されるぞ!」

「痛みを恐れるな! お前ら、全力で命令に抵抗しろ!」

「「「「うぉおおおおお!!!」」」」


 前線の亜人奴隷の人たちが悲鳴交じりの声を上げると、その動きが少し緩慢になった気がした。彼らは『絶対服従紋』によって課せられた命令に全力で抵抗しているのだろう。


「範囲『治す』ッ! 範囲『治す』ッ! 範囲『治す』ッ!」


 前線は、後方よりも人口密度が高めだったので、より効率的に治せる。


「範囲『治す』ッ! 範囲『治す』ッ! 範囲『治す』ッ! 範囲『治す』ッ!」


 『治す』を発動すること計7回。この戦場で、俺たちに襲い掛かってくる亜人は0人になった。


「うぉおおお! 本当に、全員解放された!」

「自由だ! 『絶対服従紋』で身体が無理やり動かされねえ!」

「もう、同胞と戦わなくて良いんだ!」


「「「「「「「「「「「うぉおおお! ジタロー様! ジタロー様!」」」」」」」」」」」」


 解放された亜人奴隷の人たちが叫び、喜ぶ。


「おい、お前ェらァ! 喜ぶ気持ちは解るが、気を抜くなァ! アイツらを逃がすなァ!」


 戦勝ムードに亜人たちが狂喜乱舞する中、ライオネルさんが声を張り上げた。


 ライオネルさんが大剣を指し示す方には、さっきまで必死に弓や魔法を飛ばしてきていた兵士たちが背を向けて逃げ出すところだった。


 そんな彼らの上空に、突如として真っ赤に染まる巨大な岩石の塊が出現した。


「全軍、一旦下がれェ! クソッ、またミネルヴァかァ!」


「いや、今回はミューかも……」


 後ろを振り返ると、ミューとミネルヴァさんが手を繋いでいた。……二人で協力して魔法を撃ったって雰囲気だった。


「「「「「「うわぁあああ、空から! 空から、隕石が振ってきたぁ!!!」」」」」」」


 逃げ惑う兵士の叫びが聞こえる。彼らは走りでは逃れられないと悟ったのか、必死になって矢や魔法を落ちてくる隕石目掛けて放ち始めるけどそれも完全に焼け石に水と言った風体だった。


「「「「「「「「「「「ぎゃぁああああ!!!」」」」」」」」」」」


 大質量の隕石が地面に接すると同時に、肌がヒリヒリするほどの熱風が強烈に押し寄せてくる。


「「「「「「「「「「うわぁあああああ!!!」」」」」」」」」」」


 背を向けて、ミネルヴァさんたちの方に全力で走って避難をする。


 次に振り返ると、ショボい魔法や矢で必死に抵抗していた兵士たちがいたところには大きなクレーターが出来上がっていた。地面が赤く、少し溶けている。

 凄まじい威力だ。クレーターの中にある死体は殆ど原型を留めていなかった。


「おい、ミネルヴァ。加減しろォ!」


「……良いじゃない。犠牲は出なかったのだし。もう少し遅れていたら、あのうざったい兵士たちが魔法の射程圏外まで出たかもしれないわ」


「痛ぇ。ちょっと火傷したぜ」

「俺は瓦礫が当たって、ちょっと怪我を」


「怪我人は出てるじゃねェか」


 ライオネルさんの指摘に、ミネルヴァさんがそっと目を反らした。


「怪我を負った人は、俺の側に集まってください! ……範囲『治す』」


 重傷者はいなかったので、全員を治すのに5秒も掛からなかった。


 何故か、ミューがほらね? と言わんばかりのドヤ顔をしていたので、軽くチョップを入れておいた。


「あぅ」


「しゃぁっ、ざまぁみろ! クソ野郎どもが!」

「敵は全滅。こっちは犠牲者ゼロで、奴隷は全員解放。文句なしの大勝利ね!」

「うぉおおおおお! これで今日から自由だぁあああ!」

「しゃぁぁあ! 俺たちは勝ったんだァ!」

「大勝利! ジタロー様バンザイ!」

「「「「「うぉおおおおおお!!!」」」」」


 更に、ライオネルさんが何かを言おうとしたら、解放戦線の戦士たちや、解放された亜人奴隷たちが勝利の雄たけびを上げた。


「ジタロー様、ありがとう! アンタのお陰で自由になれた!」

「ジタローさん、お前さんは俺たちの英雄……いや、救いの神だぜ!」

「ジタロー様バンザイ! ジタロー様バンザイ!!」

「「「「「「「「ジタロー様! ジタロー様! ジタロー様!!」」」」」」」」」」」


 いつの間にか俺は持ち上げられて、打ち上げられてしまう。


「まァ、結果として大戦果だし、良いとするかァ」


 ライオネルさんは一つ頷いてから


「うぉおおおォ! 俺らァの勝ちだァ!!!!」


「「「「「「「「「「「「「うぉおおおおおお!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 と、叫んだ。



「さァて、お前らァ。まだ元気は残ってるかァ? このまま休むか、それともカイマンの街に乗り込むか。どうする?」


「決まってるだろ! カイマンの街に乗り込む!」

「俺たちは、元気だ! 持て余してしょうがねえくらいにな!」

「俺たちはジタロー様に解放されて自由になった。……でも家族はまだカイマンの街で奴隷と虐げられている。すぐにでも解放してやりてぇ」

「俺たちには、大英雄ジタロー様がついている!」

「俺たちはやる気十分だ!」


「ジタロー。お前さんは、ずっと走り回って回復を使い続けてるけど、魔力とか体力はどうだ?」


「全然問題ないです」


 『治す』は結局どれだけ使い続けても、何かが減ってる様子はないし、体力も『治す』の範囲が常に自分を巻き込んでいるから一ミリも減っていない。


「そうかァ! だったら、反撃だァ! これまで散々やられてきた分、盛大にやり返すぞォぉおお!!」


「「「「「「「「「「「「「「「「「うぉおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」



                ◇



「ゲースゲスゲスッ。カイマン殿下。その椅子の座り心地は如何ゲスか?」


「ふむ。上位種であるエキドナの、希少なアルビノ種。それを椅子とするのは、中々に悪くないな」


 真っ白い蛇の脚に腰掛け、差し出された腕をひじ掛けに座るカイマンは機嫌よさげに、小太りの奴隷商人を見下ろしていた。


「ゲスゲスゲスッ。それは良かったゲスッ。カイマン殿下が提案なされた素晴らしき政策『亜人大粛清』……お陰で我ら奴隷商会は今、これ以上ないほどに潤ってるゲス。これはほんの応援の気持ちゲス」


 そう言って小太りの奴隷商人は、力持ちの亜人奴隷に持たせていた大きな金貨袋を差し出した。


「全部で3000枚入ってるゲス」


「ふむ。そう言えば貴様。名を何と言ったか?」


「ファリウス、と申すゲス」


「ふむ、気に入った。貴様の店に並ぶ亜人奴隷は、どこから見つけてきているのか珍しいものも多い。私の専属商人として贔屓してやろう」


「ははっ、ありがたいゲス。時期国王陛下の専属商人の立場、謹んで受け取らせていただくゲス」


「ははは、解ってるではないか。ファリウスは」


「カイマン様、カイマン様!」


 カイマンが気分よく笑っていると、血相を変えた騎士がカイマンの元まで駆け寄り、跪いた。


「報告があります」


「……どうした? そんなに血相を変えて」


「それが……この街まで、亜人の群れが迫ってきております」


「亜人の群れ? ……解放戦線とか言う、まさか、不届き者どもか? ……あいつらは先日の攻勢でその大半を瀕死の重傷に追い込んだと言っておらんかったか? そして今日、亜人奴隷の群と弓兵魔導兵舞台を送りトドメを刺す算段だったはずだ」


「ええ、そのはずです。ですが……瀕死の重傷に追い込んだはずの亜人共は何故か五体満足に回復しており、おまけに送り込んだ奴隷兵は全員寝返ってました!」


「ななな、なんだと!?!? それは誠か?」


「ええ。そして、彼らは“ジタロー”と叫びながら――」


 ドォォオオン、と街を守る巨大な防壁が壊される音が響いた。その尋常ならざる音に、カイマンは今、異常な事態が起こっていると悟る。


「クソッ。先日の報告は嘘だったのか? ……深く追求してやりたいところだが、今はそれどころではないな! 勇者を呼べ! 勇者を向かわせればあんな下等種族共、一瞬で蹴散らせるはずだ!」


「は、はい!」


「それから全軍、戦闘態勢! クソッ。……エドワードを殺した、男。何と忌々しいんだ!」


 カイマンは、苛立ちをぶつける様にホワイトエキドナの細い尻尾を踏みつけ、ぐりぐりとした。


「ふぎゃんっ、い、痛いッ。痛いッ」


 ホワイトエキドナが悲痛な声で鳴いた。


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