50話 不死身の軍勢の始動

「敵襲だ! 遠方に敵が見えたぞ!」


 さっき俺が治した有翼人の男が、バサバサと飛んでそう知らせた。


「うぉおおお! 今日こそ、悪逆非道のカイマンのクソに目にもの見せてやるぜ!」

「ジタロー様がいれば、同胞を傷つけずに勝てるかもしれねえんだ」

「ああ、俄然やる気も湧いてくるな!」

「「「「「「「「「「「「「うぉおおおおお!!!!」」」」」」」」」」」」」」


「おわ、すげぇな。全員多かれ少なかれ負傷してたのに……。これ全部、ジタロー殿が治してくれたのか?」


 怪我を治したことでただでさえ士気100%と言った雰囲気になってた亜人解放戦線の戦士たちは、俺が『絶対服従紋』まで解除出来ると言ったことでこれ以上ないってほどに士気が上がりまくっていた。


 五体満足で気合十分な戦士たちを見て、有翼人の男も気合を上げていた。


 ……亜人解放戦線の人たちの瞳に、炎が灯ってるのを幻視する。


「ジタロー。頼りにしてるぜェ。『絶対服従紋』に縛られている同胞を解放できるなら、戦況は一気にひっくり返らァ」


 ライオネルさんはポンと俺の肩に手を置いてから、牙を見せて獰猛に笑う。


「よしっ、お前ら! 今日の戦を反撃の狼煙にするぞ!」


「「「「「「「「「うぉぉおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」


 俺たちは、砦の外へ出た。



                ◇



 心臓を捧げた精霊人たちとミネルヴァさんの怒りの特攻によって騎士団に壊滅的なダメージを負って以来、カイマン王子は亜人奴隷を無理やり『絶対服従紋』で従わせて特攻させる戦法を取るようになったらしい。


 亜人奴隷の多くは、村や町などで平和に暮らしていた亜人を『亜人大粛清』という王命の免罪符を盾に、強制的に徴収した者たちだ。


 亜人解放戦線の人たちは、そうやって差別され強制的に奴隷に徴収されるという最悪な現状を変えるため、そして既に奴隷として攫われ売られ非道な扱いをされている家族や同胞、友人などを救うために立ち上がった人たちだ。


 そんな目的で戦っている彼らにとって『絶対服従紋』で強引に操られている亜人奴隷と戦わなければならない精神的負担は計り知れない。


 殺すより生け捕りの方が難しいと言う話は俺が読んできたWEB小説でもよく聞いた話だけど、操られている亜人奴隷は『死ぬまで戦え』と命令されているらしく、どれだけの重傷を負っても死に物狂いで殺しにかかって来るらしい。

 普通の兵士を殺さず無力化するよりも、難易度は跳ね上がっていそうだ。


 そして、殺すにしても相手は無理やり操られている亜人奴隷。憎い相手や悪人を殺すのであれば“正義のため”という言葉で自分の気持ちに整理をつけることも出来るだろうけど、無理やり操られている同胞を止めるために殺すしかなくて殺すとなると罪悪感だって感じるだろう。


 しかも操られている奴隷の殆どは元市民出身故に戦闘力はそう高くないものの、「嫌だ」「死にたくない」「殺したくない」「助けてくれ」などと悲愴な表情で叫ぶらしく、これで精神をやられた戦士も少なくないのだとか。


 操られ死ぬまで戦うカイマンの奴隷軍と、無力化するにも殺すにも踏み込みに躊躇いが生まれてしまう亜人解放戦線の戦士たち。しかも、人数はカイマンの奴隷軍の方が多い。


 その上、悪辣なカイマン王子はその奴隷軍の後ろに、遠距離攻撃が出来る騎士中隊を設置してるらしい。


 遠距離攻撃とは、魔法だったり弓だったり。

 操られた奴隷軍と解放戦線の面々が必死に戦っている間に、操られている奴隷諸共攻撃を放つらしい。


 味方ごと巻き込んでくるような攻撃を防ぐのは難しく、また解放戦線の面々が上手く躱せたとしても、操られている同胞がフレンドリーファイアで殺されると言う非常に胸糞悪い光景を見せられるので精神攻撃としての効果が発揮される。


 故に亜人解放戦線側は、兵士や戦士の経験があって一人一人の強さでは上回っていたけどそれでも、士気や人数の差は大きく負傷者を多く出す結果に陥っていた。


 いやむしろ、全滅せずに負傷しながらも持ちこたえたあたりが高い実力の証明と見るべきか。


 そんな悪辣で非道なカイマン王子の戦法に辛酸を嘗めさせられて来た解放戦線の面ではあるが、今回は、ある程度の規模なら一気に負傷者の治療と『絶対服従紋』の解除が出来る俺が居る。


 それを踏まえた上で今回立てられた作戦は以下の感じだ。


 簡単に説明してしまうと亜人解放戦線の戦士たちが負傷覚悟の丸腰で操られている奴隷軍に突っ込んでいって、動きを止める。


 そして俺が全力で走り回って、範囲『治す』を連発。


 負傷者の治療と、奴隷の『絶対服従紋』解除に専念。


 厄介な遠距離攻撃は、ミューやミネルヴァさんを始めとした魔法使いが迎撃。防御。負傷した人たちが、俺の到着より早く死ぬことが無いようにトーレンスさんたちが補助。


 なので、亜人解放戦線の戦士の人たちは武器を持たず、前に出て横に広がるように陣を構えていた。その先頭は当然、ライオネルさんだ。


「……父様の仇なのです」


 ミューが『増魔の書』と『合魔の書』を強く握りしめながら、遠目に見える亜人奴隷の軍隊を睨みつける。


「さっきも説明したけど、あの人たちは私たちと同じ『亜人大粛清』の被害者よ。ジタロー様が奴隷たちをちゃんと解放し終わるまでは、誰も殺しちゃダメ」


「……解ってるのです」


 ミネルヴァさんがミューの両肩に手を置いて宥めていた。でも、その言葉は自身に言い聞かせているようにも見えた。


「私も、パパの仇は憎いけど……それ以上に、ジタロー様を死なせたくない。命に代えても、絶対に守るわ」


 ニケはショートソードを強く握りしめながら、俺の隣に立った。


「命には代えるなよ。……ニケが死んだら、俺は凄く哀しいからな」


「……ジタロー様」


「まあ、気持ちはわかるぜ、ニケ。ダンナはどんな大怪我でも一瞬で治してくれるからな、安心して命を賭けられる」


 ファルが、既に竜のソレに変化させている大きな拳を叩いて鳴らした。


「ダンナ、信頼してるぜ」


「……正確な範囲はまだ把握できてないから、無茶するならあんまり離れるなよ」


「逆に言えば、近けりゃどんだけ無理しても良いってことだな!?」


 ファルが嬉しそうに笑った。

 ニケとファルは、俺の護衛だ。二人が俺を守ってくれるから、俺は安心して『治す』連発に集中できる。


「来たぞ!」


「お前ェらァ! 突っ込め! 今日こそ操られてる同胞を解放してやらァ!」


「「「「「「「「「「うぉおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「ジタロー様を信じろ!!!」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「ライオネルさんに続けぇぇええ!!!」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「おらぁぁあああああ!!!!」」」」」」」」」」」」」」


 亜人解放戦線の戦士500名が、咆哮を轟かせて向かってくる亜人奴隷の軍隊に突っ込んでいく。


「みんな、弓除けの魔法の用意を!」


「『増魔の書』吹くのです、追い風テールウィンドッ!」


「「「「「「追い風テールウィンド」」」」」」


 背中を押すようないい塩梅の風が吹く。心なしか足も軽くなったような気がする。


「ニケ、ファル。頼りにしてるぞ!」


 俺はそう言ってから、亜人解放戦線の人たちに続いて走り出した。追い風が吹いているお陰か、いつもよりも身体が軽い。力が湧いてくる。


「速っ。ダンナ、そんな速く走って大丈夫か?」


 俺の隣を余裕そうな顔で走っているファルがそんなことを聞いてくる。いつも通りの速さで走ってるつもりだけど……。


 身体が軽いと言う感覚は気のせいでもないのだろうか?


 俺よりも20秒ほど先に出ていた亜人解放戦線の人たちの最後尾に、既に追いつき始めていた。


 亜人解放戦線の、前衛を担当する人たちは獣人の人が多い。獣人は人間よりも平均的な身体能力が高く、脚も当然速い。アストレア様の加護を得て以来、人並み以上の体力を得たとはいえ元が人間の俺よりは圧倒的に足が速い人たちばかりのはずなのに……。


 と、そこでふと思い当たる節に引っかかる。


 そう言えば、デビクマを生き返らせるときにアストレア様に身体を貸したけど……あの時に、身体能力上昇の加護が強まった、のか?


 そんなことを考えている間に、先頭を走っていたライオネルさんや足の速い戦士たちが、亜人奴隷の人たちとぶつかり始める。


 そしてもう少し走ると、俺の目の前を走っている解放戦線の人たちも亜人奴隷と衝突した。


「うわぁぁ、止めろ! 戦いたくない!」

「ひぃぃ、避けろ! 頼む、避けてくれぇ!」

「いやぁ、助けて! 助けてくれぇ!」


 亜人奴隷の人たちが悲鳴を上げながら突っ込んでくる。話には聞いていたけど、実際に目の当たりにすると……なんというか、凄い。


 カイマン王子の戦法が、卑劣過ぎてドン引きだ。


「大丈夫だ。今、解放してやる」

「ジタロー様、お願いします」


 突っ込んだ解放戦線の人たちが、亜人奴隷を全力で抱きしめる。亜人奴隷の人たちは持っているナイフや槍をブスブスと解放戦線の戦士に刺していく。


「範囲『治す』ッ!」


 俺は片手を上げた。


 解放戦線の戦士に刻まれた刺し傷が再生していく度に、ブスブスと何度も刺されて新たな傷が刻まれる。そしてそれが治る。

 それを続けること約10秒。亜人奴隷の動きが止まった。


「あ、あれ? 動きが……身体が、自由に?」


「止まった……。止まったぞ! 本当にジタロー様は『絶対服従紋』を解除できるんだ!」

「すげぇ! おい、ジタロー様は奴隷を解放できるぞ! みんな、全力で奴隷の動きを止めろ」


「「「「うぉおおお! ジタロー様! ジタロー様!!」」」」


 実際に治すで動きを止めた亜人奴隷を見て、周囲の戦士たちの士気が更に上がった。


「おい、お前ら。喜ぶ気持ちは解るが、ここは戦場だ。邪魔だから砦の方まで走って避難しろ」


「いえ、動けるんで俺たちもあいつらの動きを止めるの手伝います」


「そうか。……力のない奴は無理するな! 余裕ある男は、手を貸してくれ!」


「ジタローさん、こっち頼む! 速く来てくれ」

「うわぁぁ、痛ぇぇっ! ジタロー様、こっちも速く!」


 解放戦線の戦士と奴隷のもみくちゃがどんどん広がって行く。


「範囲『治す』! 範囲『治す』ッ! 範囲『治す』ッ!!」


 俺は戦場を全速力で駆け回って、次々に負傷者を治しながら暴れ狂う亜人奴隷の『絶対服従紋』を解除して回った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る