49話 希望の聖者

「ライオネル。私は今日、運命の出会いをしました。……私はこのジタロー様にお仕えしたい。どうか、私が亜人解放戦線を脱退することをお許しください」


 俺に崇拝するような目を向けて、トーレンスさんはそんなことを言い出した。

 すると、白衣を着たヒーラーっぽい5人も前に出た。


「俺は、トーレンスさんだから下についたんです。トーレンスさんが抜けるってんなら俺もついて行きたいです」

「奇跡のような回復魔法! いや、魔力を感じないから本当に奇跡なのでしょうか? 興味が尽きないですね……」

「俺も教授について行きたいです」

「すみません、ライオネルさん。みんなが抜けるなら私も一緒が良いです」

「……僕もです」


 トーレンスさんのとんでもない言葉に、残り5人のヒーラーも外に出た。


「うーん。如何にジタローが俺たちの仲間になってくれるとは言え、衛生部隊に一気に抜けられると困っちまうんだよなァ」


 そんな6人の言葉に、ライオネルさんは低く唸りながら顎を撫でていた。


「あの、俺としても困るんですけど……」


 見た感じ、ここのヒーラーの人たちは回復魔法のプロフェッショナルだ。

 彼らは、俺の強力過ぎる『治す』の効果を見てそれを学びたいと思っているのかもしれないけど、俺の『治す』はただの転生チートだ。正直、このスキルから学べることはあまりないように思える。


 それに、白衣を着た如何にもな研究者タイプの人たちに取り囲まれてジロジロと観察されたりするのは個人的な感情としてもごめん被りたい。


「我々をただおそばにおいてくださるだけで良いのです。我らはジタロー様の周囲の雑事をお手伝いするだけ。ジタロー様のご迷惑になることはしないと誓います」


「その周囲にずっといられるのが迷惑というか……」


「な、なんと……」


 俺に拒絶されたトーレンスさんは膝から崩れ落ちた。


「その、俺は目の前にいる人ならいくらでも治せるんですけど、遠くまでは手が届かないので、回復が使える人で固まるのってあんまり得策じゃないと思うんですよね」


「いくらでも!? その、いくらでもというのは具体的にどれほどなんですか!? 先ほどあれほどの回復魔法を盛大に使ってましたけど、まだ余剰魔力はあるのですか?」


「おい、押したらジタローも困るだろォ」


 トーレンスさんが勢いよく立ち上がって俺に迫ってくるのを、ライオネルさんが間に入って押さえてくれる。トーレンスさんはズレた眼鏡を直した。


「し、失礼。取り乱しました。……それでその、まだ先程の欠損を治すような回復術を使う余力は残ってるのですか?」


「ええ、まあ。もしまだ怪我人がいるのでしたらすぐに治せますけど」


「まだ治せるのですか!?」


「凄い。……さっきから術を発動して際に魔力を発動している様子はないけど、他に発動要件があるのか?」


 トーレンスさんの助手と思われるヒーラーがいそいそとメモを取っている。

 トーレンスさんを止めているライオネルさんも、少し呆れたような表情をしていた。


「ジタロー。お前さん、本当にどこのお偉いさんなんだァ?」


「身分は平凡な生まれですよ。……俺はアストレア様という女神様の使徒で、多くの加護をこの身に受けているだけです」


「……神の加護、それがあの無制限にも思える回復術のタネ?」


 『治す』は、アストレア様の使徒になる前からあったし転移由来だとは思うけど、ニケの話を聞いて俺が異世界から転移した勇者だと説明すると余計なトラブルを招きそうだったのでそこはふんわり誤魔化して話す。


「まァ、とりあえずジタローも困ってるみてェだし……トーレンス。俺たちにはお前たちの力が必要だ。抜けられると困っちまう」


「そうですね。……ヒーラー……回復を扱える人間は一か所に集まるよりもバラけた方が多くを治せそうですしね。俺も、目の前の人間を治すのは得意ですけど、目の届かないところにいる人間は治せませんから」


「……ッ! なるほど。確かに、ジタロー様のおっしゃる通りです。我々回復術師が最優先で考えなければならないのは、より多くの怪我人病人を治すこと。その慈愛の精神が誰よりも優れた回復術を扱えるに至った理由の一端なんですね!?」


「いや……」


 召喚される寸前にナイフで腹を刺されていたから、痛い、治したい! って思ったことがきっかけでこの能力が手に入ったような気がするから、慈愛の精神の有無はあんまり関係ないような気がする。


「目の前の人を治すこと。回復術師の基礎であり初心を忘れてしまっていた私の浅はかさを見抜いたから、ジタロー様は我々を拒絶なさったのですね?」


「え?」


「確かに、おっしゃる通りでございます。我々では、ジタロー様にお仕えする資格はありません」


 考えていたこととは全然違うことを言われて正直戸惑いしかないけど、とりあえず俺につきまとうことは諦めてくれたみたいなのでそう言うことにしておく。


「ライオネル。私は初心を忘れていました。やはりこれからも亜人解放戦線の衛生部として、これまで以上に真摯に目の前の傷ついたものを治すことに専念します」


「お、おう、そうか。でも、お前らが壊れたら元も子もねェから、あんまり無茶し過ぎねえようにな?」


「みなさん。ジタロー様にお仕えするに相応しい回復術師になるのです!」


「「「「「はい!!」」」」」


 いや、別にお仕えとかは求めてないけど……。と口に出せば、折角良い感じに纏まったのにまた拗れてしまいそうだったので黙っておいた。



 それから俺たちは、砦の奥に案内された。

 そこには、亜人解放戦線の人たちが整列していた。


「もし、怪我人がまだいるようでしたら、まとめて治したいので一か所に集めておいてください」と、俺が事前に頼んでおいたからだ。


 パッと見ただけで、総勢500人以上いる。


 軽症者ばかりと聞かされていたけど、さらりと見渡しただけで手や足の一本や二本失われてるのは当たり前で、目が無かったり、皮膚が火傷で爛れた痕があったりと、どう見ても重症の人も100人以上いた。


「範囲『治す』ッ!」


 手を上に挙げて、まとめて治すを発動する。


 整列していた亜人解放戦線の戦士たちに、緑色の光が降りかかる。

 欠損している部分からぶくぶくと泡が立ち上がり、治っていく。何度見ても慣れないグロい光景が一気に100人以上分。


 一分も経たないうちに、整列していた亜人解放戦線の人たちから怪我人がいなくなった。全員が五体満足の健康体に見える。


 整列していた解放戦線の戦士たちは、失っていた手足を動かしてみたり、隣の人と顔を見合わせたり、治った肌の部分を見せ合ったり、抱き合ったりして大喜びの様子だった。


「「「「「「「うぉおおおお、手が治ってるぞ!!!!」」」」」」」」

「「「「「「うおおおおおお、脚が治ってる!!!!」」」」」」」

「「「「「「うぉおおおお! 目が見えるぞ!!!」」」」」」

「「「「「「「「「うぉおおおお、肌がきれいになってる!!」」」」」」」」」」

「「見て、身体がちゃんと動かせるの!」」

「声が出せるぜー!」

「「「痛くない! 痛くない!!」」」

「「「「「「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」」


 喜ぶ戦士たちの叫び声が、轟音になって砦を揺らした。


 ちょっとしたパニックだけど、大怪我してて見ているだけで辛かった人たちが元気に喜んでいる姿を見せられて悪い気はしない。


「グワォォオオオ!!」


 5分ほど、戦士たちが喜ぶのを見ていたら、唐突にライオネルさんが、雷のような叫び声を上げた。大はしゃぎしていた解放戦線の戦士たちが一気に静かになって、姿勢を正す。そして、彼らは俺の方を注目していた。


 俺は、ライオネルさんのいきなりの大音量の叫び声に内心竦み上がっていた。


「お前らに紹介するゥ! こいつがァ、あのエドワード殺しの英雄ジタローだァ! 見ての通り、お前らの怪我を一気に治す奇跡の力を使う! そんなジタローが、カイマン王子を倒すために、俺たちに協力してくれることになったァ!!!!」


「「「「「「「「「「「「「「「「「「うぉおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」

「「「おい、あいつがあの英雄ジタローかよ!!!」」」

「「「「「「「凄い、あれだけの傷を治すなんて聖者だろ!!」」」」」」」」

「「「「「「「「「「聖者! 聖者! 聖者! 聖者!」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「ジタロー! ジタロー! ジタロー! ジタロー!」」」」」」」」」」」」」」」」」


「「「「「「「「「「「「「うぉおおおおおお!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」


 ライオネルさんの紹介に、再び解放戦線の戦士たちが盛り上がって轟声を上げる。


 いつの間にか俺は、集まってきた亜人解放戦線の人たちに担ぎ上げられて打ち上げられていた。


「「「「「「「わっしょい! わっしょい! わっしょい! わっしょい!」」」」」」」」」」」

「「「「「「「ジタローさん、ありがとう!!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「新たな仲間に祝福を!!!!!」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「ジタロー様が協力してくれるなら100人力だぜ!!!!!」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「うぉおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」


 500人の人が手を上げ、ウェーブを作り、その上を俺が乗せられる。


 なんか、凄かった。とんでもなかった。



 20分ほど、冷めやらぬ大盛り上がりのウェーブに流され続けた後、俺は地面に下ろされる。


 そしてライオネルさんの隣に戻された。

 ライオネルさんは、パンパンと手を叩く。


「ジタローが俺たちに協力してくれる。既に、ジタローのお陰で解放戦線の怪我人は0になった。だけど、デカい問題を抱えている」


 ライオネルさんの言葉に、大盛り上がりだった解放戦線の戦士たちは急転直下どんよりとした空気になる。


「……あの極悪非道なカイマン殿下は、ミネルヴァによって騎士団を半壊させられて以来『絶対服従紋』で逆らえない亜人奴隷を操って俺たちに嗾けてきやがる。奴隷は元は俺たちの家族だったり友人だったりする者ばかりだ。ただでさえ、戦うのに躊躇したくなる。おまけに『絶対服従紋』で操られているアイツらはァ、殺さない限り止まってくれねェ。それに、『絶対服従紋』は優秀な術師であるトーレンスの力をもってしても解除することは出来ねェ!! 『絶対服従紋』をどうにかしねえ限り、俺たちは同胞を殺すか俺たちが殺されるかの苦渋の二択を迫られ続けるんだ!!」


 ライオネルさんの言葉に、解放戦線の戦士たちは悲しみや怒りの感情を顔に出し、中には地団駄を踏んで悔しがる人たちもいた。


 俺は小さく手を上げる。


「あの。俺の『治す』は『絶対服従紋』も、解除できますよ――」


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