48話 回復無双

「貴方が、治してくれたのですか?」


 白衣を着た額に緑色の宝石が埋まった長い耳の男性が、口を開いた。

 俺はコクリと頷く。今まで、いつ死んでもおかしくないほどの重傷体で床に倒されていた人たちも、全員が俺に注目していた。


 ライオネルさんが俺の後ろに来て、ポンと肩を置く。


「こいつァ、ジタロー。今日から、俺たちの戦友になる腕利きの聖職者だ」


「聖職者、だと!?」

「……それに、人間。信用して、良いのか?」

「でも、俺たちを治してくれたぞ」

「そうだ。二度と歩けないのを覚悟してたのに、脚が生えてるんだ」


 治された人たちはお互いの顔を見合わせながら、ざわめく。この国の人間の中でも聖職者が特にロクでもないというのは目の当たりにしてきた。


 俺は立ち上がって、胸に手を置いて小さく頭を下げる。


「ライオネルさんからご紹介に預かりました、ジタローです。聖職者と言っても、俺の信じる神はマモーンではなくアストレア様というこの世の法と理を司る本物の女神様です。勇者召喚という世界の法を犯した第二王子カイマンを裁くことと、勇者を殺傷・もしくは解放することが使命ですので一緒に戦えればと思います。よろしくお願いします」


「カイマンを裁く……? 勇者を殺傷?」

「アストレア? 聞いたことない、神の名前だ」

「待て、ジタローってあのエドワードで王子と勇者を殺したあのジタローか!?」

「ああ、王族殺しの英雄ジタロー!」

「マジか、あれ人間の聖職者だったのか……」

「俺たちを態々治したってことは、味方ってことで良いんだよな?」

「そうだろ!」


「そのジタロー様。私は亜人解放戦線、衛生部長のトーレンスと申します。まずは、この場にいました重傷者37名を、奇跡のような力で全快させてくださったこと、この場を代表してお礼を言わせてください。ありがとうございました」


「い、いえ。感謝するなら俺ではなく、アストレア様にお願いします」


「うぉおお! ジタロー様! 俺からも礼を言わせてくれ! ありがとう!」

「ありがとうございます! ジタロー様のお陰で、また戦えます!」

「ライオネルさん、どうやってこんな人連れてこれたんだよ!」

「あの王子殺しが仲間になってくれるなんて心強いぜ!」

「ありがとうございます。生きるのを諦めるところでした」

「こんな広範囲の、四肢欠損を一瞬で治せる魔法なんて聞いたことがありません。一体どんな魔法を使ったんですか!?」

「うっひょ! 身体が軽いぜ! 三日三晩寝てないのが嘘みてーだ!」

「アストレア様って、どこの国の女神様ですか? それだけの回復の力、よっぽどの地位の聖職者であらせられるんですよね?」

「人間で聖職者なのに、こんなに謙虚で優しい人初めて見たぜ!」

「ジタロー様、これから仲間になってくれるんでしょ? よろしくね」

「あ、あの、よ、良かったらあとで私に回復魔法のコツを教えてくれませんか?」


 額に宝石のある耳長のトーレンスさんが俺にお礼を言ったのを皮切りに、治した人たちや治療に専念してたヒーラーの人たちが寄って集ってお礼を言ったり質問したりしてくる。


 元気になってくれたのは良かったけど、俺は某馬小屋の前で生まれた皇子じゃないからそんないっぺんに言われても聞き取れないよ?


「えっと、あの」


「ちょっとお前ェら、そんないっぺんに押し寄せるとジタローが困ってるだろうがァ」


 押し寄せる人だかりにあっぷあっぷしていると、ライオネルさんが間に入って落ち着かせてくれる。


「怪我人は、ここにいる人たちだけですか? 俺の『治す』は死んでさえいなければ治せます。まだ可能性があるなら、俺を案内してほしいんですけど」


 ここに入った時、ヒーラーの人たちが「お看取りしろ」とか言ってたのが聞こえた。全員を治すには労力とか、魔力的なリソースが持たないから助からない可能性の高い怪我人は死体安置所とかに連れて行ってる可能性がある。


 そこに行って全員が助けられるとは思わないけど、まだ間に合う人がいるかもしれない。


 そう言うと、トーレンスさんが目を見開く。


「その、あれほどの大規模な回復魔法を使って、魔力とかは大丈夫なのでしょうか?」


「問題ないです。それよりも、いるのであれば早く案内してほしいです」


「わ、解った。みんな、道を開けてくれ」


 トーレンスさんが言うと、俺の周りに集っていた人たちがさぁっと引いて道を開けてくれる。そしてトーレンスさんは奥の部屋に俺を案内した。


 その光景は控え目に行って地獄だった。

 暗くてその光景がはっきりと見えないのだけ救いだったけど、流れる血によって地面はドス黒く染まり、血と臓物の腐った臭いで胃の中がひっくり返りそうなほどの強烈な悪臭が漂っている。


 蠅が集っているのか、耳がおかしくなりそうなほどの羽音が響いていた。


「範囲『治す』ッ!!」


 俺は手を上に挙げ、近づきながら早々に治すを発動した。


 こんな酷い状態でも一秒の差で助かる命があるかもしれないからってのもあるけどそれ以上に、この羽虫が飛び回る悍ましい死屍累々の山に近づきたくないと思ってしまったからだ。


 『治す』の光が、死屍累々の山を淡い緑に照らし始める。


 俺から山まで約3mほどの距離。これくらいであれば範囲に入るらしい。

 『治す』を発動した瞬間、噎せ返るような悪臭が少しずつマシになっていく。蠅の羽音が大きくなった。


旋風エルウィンドッ!」


 俺を案内してくれていたトーレンスさんが風を巻き起こして、こちらに飛び掛かってくる蠅の群れから守ってくれる。


「ううっ……。暗い」

「な、なんだ……。俺は、助かった、のか?」

「軽い、身体が。ここが、死後の世界なのか?」


 やがて死体の山から、少しずつ声が聞こえるようになった。


 3人だけ、起き上がる。欠損した四肢を治すと急激に眠くなったりすることがあるらしいから、起き上がってない人の中にも寝息を立てている人はいるかもしれない。


「おおっ、まるで奇跡だ。ジタロー様、その、魔力の方は大丈夫なのですか?」


「え? ええ。全然大丈夫です」


「なんとっ! 貴方様はもしや、神の使徒ではなく神そのものが下界に降りて来たのでは!?」


「いやいやいや! そんなことないですから! 畏れ多いのでやめてください!」


 トーレンスさんがとんでもないことを言い出したので、慌てて訂正する。


「と、トーレンスさん。俺たち、生きてる?」


「こちらの、ジタロー様が助けてくれた。彼は、我ら亜人解放戦線の仲間になる……いや、我らを導いてくれる方になるだろう」


「な、なるほど……よく解んねえけど、アンタが俺たちを助けてくれたってことか?」


「え、ええ、まあ」


「ありがとう! 死んだかと思った。まさか、こうして再び目を覚ませるとは思ってなかった!」


「ありがとうございます。……焼けただれた皮膚も、元に戻してくれて」


 ぞろぞろと、人が後ろから着いてくる。


「ミザリー、ロータス。信じられねえ、治ってやがる」

「奇跡だ! 神の遣いだ!!」

「おおおっ、ジタロー様、アンタ本当に聖者様だ!」

「悪魔のようなカイマンの軍勢に絶望してたけど、俺たちにもとうとう救いの手を差し伸べてくれる神様が!」

「ありがとう! ロータスは私の恋人だったんです! まさか、助けてくれるなんて!」


 ヒーラーの女性が涙ながらに感謝を述べてくる。……恋人のロータスが、重傷で治せないから見捨てるという判断をしたときの彼女の心の痛みは計り知れない。

 治せてよかったと心から思う。


「いえ」


「本当にありがとうございます」

「……おい! 起き上がってはねえけど、息を吹き返してる奴もいるぞ! お前ら、運ぶの手伝ってくれ!」


 安置所の方に行っていた獣人の男が声を上げる。


「本当か!」


 俺に集ってた人たちが安置所の方に駆けて行った。


「リズベット! ……クソ、息してねえ。でも、綺麗になってやがる」

「ケレス! こっちは寝息を立ててるわ! 誰か運ぶの手伝って!」


 綺麗な女性をお姫様抱っこで抱えた男が、俺の元へ歩み寄ってくる。


「リズベットは、俺の恋人だったんだ。……魔法攻撃から俺を庇って、焼け爛れててよぅ。でも見てくれ。こんな綺麗なんだ。……目を開けてはくれねえけどよ。こいつを綺麗な姿であの世に送ってやることが出来る。本当に、ありがとよ」


 男は、涙ながらにお礼を言ってから外に出ていく。


 ……間に合わなくって治せなかった。ある程度予想していたし、それを後悔しないために俺は最速でこの砦まで来た。だから、申し訳ないとは思わない。

 だけど個人の感情として、助けられなかったことを責められる覚悟はしていた。

 でも、感謝されてしまった。


 その後も、眠っている人や死んでしまった人が運び出されて行く。


 死んでしまった人を抱いて運ぶ人たち全員から、感謝の言葉だけが述べられた。

 助けられなかった人を責めてくる人は一人もいなかった。


「ジタロー様。死んでしまった者たちの尊厳を取り戻す為に、回復魔法を使ってくださるなんて。本当に素晴らしいお方。ですが、本当に魔力は大丈夫なのですか?」


「魔力は、大丈夫です」


 俺の『治す』は、特にコストが必要ないのかいくら使っても疲れるとか使用限界を感じるようなことはない。


 だから、死体を治したのは別に優しさとかではなく、生きてるとか死んでるとか判別せずにまとめて治した方が楽だったからくらいの理由でしかない。


「……なるほど。いや、そんな高潔で慈悲深い心を持つジタロー様だから、それほどまでの回復魔法を使えるのでしょうね」


 トーレンスさんが、涙を流して感動してくる。


 いや、本当にそういうんじゃない。

 俺は、誰かの大切な人だったかもしれない人たちが死んでるかもしれない死体の山を前にして、可哀想とかそんな状況を作り出したカイマン王子とやらへの怒りよりもグロいとか臭いとか気持ち悪いみたいな感情の方が先に来たような身勝手で薄情な奴なのだ。


 回復も、転生した時になんか手に入ってたチートスキルってだけだ。


 別に俺は日本にいた時から特別優しい人間ではなかったと思うし、この世界でも、使い放題の『治す』を使いまくってる以外は、特別親切ってわけでもない普通の男だと思う。


 だから、そんな崇拝するような目を向けられても困ってしまう。


「ライオネル。私は今日、運命の出会いをしました。……私はこのジタロー様にお仕えしたい。どうか、私が亜人解放戦線を脱退することをお許しください」


 トーレンスさんはそんなことを言い出した。

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