47話 範囲『治す』
翌日。快適な旅路を経てニンフィの町に戻った。
「ミネルヴァさんの魔法の絨毯は速すぎて振り落とされそうだったので、安全運転でお願いします」とお願いしたのが功を奏したのだろう。
速すぎて、の部分で勝ち誇っていたあたり、初対面で魔法を無効化されたのが腹に据えかねていたのだろう。
……不可抗力だったとはいえ、申し訳ないことをしたなと思う。
ニンフィに辿り着いた俺は、早速ライオネルさんの元に向かった。
俺も、亜人解放戦線と一緒に戦いたいという意思を伝えた。
「そうかァ、お前さんが味方に加わってくれるなら助かるぜェ。ミネルヴァたちの過去を聞いて同情でもしたのかァ?」
「何とも思わなかったと言えば嘘になりますけど、元々勇者と戦うのは俺の使命です」
「使命だァ?」
「異世界から勇者を召喚するのは、世界の法において重罪らしいです。俺は世界の法と理を司る女神様の使徒なので、それを裁くのが使命なんです」
「なるほどなァ、だからエドワード王子を殺したのかァ」
「そうです」
「つまり、俺たちとお前さんは利害が一致してるってことかァ。なら一層信頼できるなァ。ジタロー、俺たちはお前さんを歓迎するぜェ」
ライオネルさんに差し出された手を握り返す。軽く触れただけなのに、ライオネルさんが凄まじい怪力の持ち主だと言うことが感じ取れた。
この人が味方になってくれるなら、俺としても頼もしいな。
「早速で悪ぃが、今から前線に向かうこたァ出来るか?」
「……今から、ですか?」
「あァ。前線には怪我人がわんさかいる。お前さんが早く着けば間に合う命もあるんじゃねェかと思っちまうんだ」
「そう言うことなら、解りました」
「すまねェな」
「気にしないでください。……ゆっくり行って、手遅れになった人を目の当たりにする方が辛いですから」
「……本当に、聖人君子みたいなこと言うなァ」
ライオネルさんは感心したように唸る。
「平和ボケしてるだけです」
平和な日本で生まれ、フィクションの戦争しか知らないような俺だから、リアルな惨状を見せられれば相応にショックを受ける可能性が高い。
急いで行ったという事実があれば、少なくとも「もっと早く着いていれば」なんて後悔はせずに済むだろう。
という自分の精神衛生の為だけだったので、そんなに感心されると気まずい。
「ガハハッ、お前さんのは優しいってェんだよ」
楽しそうに笑って、バシバシと俺の背中を叩く。なんか、ライオネルさんにも俺のことを勘違いされてるような気がした。
「てェわけで、早速前線に向かうことになった。今回はジタローを早く送り届けることが目的だから、絨毯に乗れる人数までにする」
「絨毯なら私は確定ね」
「ジタロー様が行くなら私も当然行くわ」
「ミューも行くのです。……里のみんなの仇、討ちたいのです」
「俺が居た方が話が早ェだろうし、俺も行く」
「リーダーもですか!? ……誰がこの町を守るんですか?」
「アンドレ、俺の不在の間は頼むぜ。何、カイマンの首を土産にすぐ帰ってくる」
「お、俺ですか!?」
「頼む」
「ダンナが行くなら、オレも行く! ダンナの『治す』があれば、全力を使い放題だからな!」
ライオネルさんが兎獣人のアンドレさんの肩に手を置いた傍らで、ファルが元気よく挙手をした。計6人。ライオネルさんとファルは大柄だから、絨毯に乗れる人数はこれが限界だろう。
「凛とメリーナは……」
「私たちは、この町で後方支援を頑張ります」
「どの道、ワタシもリン様も戦闘じゃ大したお役に立てないデース」
まあ、俺としても凄惨な光景が予想される戦場に日本で女子高生をしていた凜や、非戦闘員のメリーナを一緒に連れて行きたくはない。
それに、凜が作った銃をニンフィの人たちに配ったら、襲撃されても返り討ちに出来そうだしそう言う意味でも二人はここに残す方が良いだろう。
というわけで、戦闘にミネルヴァさんその後ろにミュー、俺、ニケ、ファル、ライオネルさんの順番で絨毯に座った。
「ミネルヴァさん、今回も安全運転でお願いしますよ?」
「いィや、かっ飛ばせ」
「了解!
ミネルヴァさんは魔法の絨毯を宙に浮かせて一気に加速した。凄まじい速度で絨毯が進んでいくけど、不思議とどっしりとした安定感がある。
ライオネルさんが最後尾をがっちり支えていて、ファルがその大きな腕でミュー、俺、ニケを固定してくれてるからだ。
後ろに引っ張られる力を感じるけど、安定感のお陰で恐怖はない。
ただ、後ろに体重が掛かる影響で背中がニケの胸と密着して感触が幸せだった。
ニケ、初めて会った時はガリガリだったけど最近は瘦せ型ではあるもののちょっとずつ肉付きが良くなっていて、胸も大きくなった気がする。
なんてセクハラじみたことを考えながら幸せ感触に身を委ねること2時間弱。
煤とか泥とかで汚くなっている、小さな砦の前に辿り着いた。
「ライオネルさん、それにミネルヴァさんも!」
砦に辿り着くと、両腕が茶色い翼になっていて脚も猛禽類みたいな鋭い鉤爪になっている亜人、有翼人? がバサバサと滑空するように降りてきた。脚は一本しかなかった。
「応援に駆けつけてくれたんですかい?」
「まァ、そんなところだ」
「猫獣人二人……いや、精霊の気配も感じるから、そこの二人がミネルヴァさんの言っていた娘さん二人ですかい? ……ってなると、無事生きて再会できたのか! ああ良かった。ミネルヴァさん、奪ってきた酒が残ってるんで後で酌み交わしながら聞かせてくだせえ」
「それでそっちは竜人族、あとは……人間?」
俺たちを見るや否やテンション高めにまくしたてて来た猛禽類っぽい有翼人は、俺の姿を見るや否や目を細めて一気に警戒する。
「ああ、こいつは――」
「口で言うよりも、一度実践した方が早そうですね。『治す』」
俺が手を伸ばしてそう唱えると、有翼人の脚は二本になっていた。
「あ、脚が……」
「こいつァ、エドワード殺しの英雄ジタローだ。カイマン王子と戦う俺たちに協力してくれることになった」
「なるほど。貴方があのジタロー殿……」
「とりあえず、怪我人の元へ案内してください。死んでさえいなければ治せるんで、重傷者優先でお願いします」
「わ、解りました。すぐに案内しやす。……いや、ちょっと失礼しやす」
そう言って有翼人は、俺の両肩の上に乗ってその脚で掴み上げた。
バサバサバサッ、と羽を動かして俺を連れて行く。
「ジタロー様!?」
ニケが心配そうに俺の名前を呼ぶ。俺は大丈夫だと手を振った。足が地面から浮いて、空を移動する。うっかり落ちないように強い力で掴まれてる肩が痛くないのは、絶妙な力加減だからなのか、法服の防御力のお陰なのか。
あっと言う間に砦の上空を飛び越えて、泥で汚れたテントまで案内された。
「おい、生理食塩水を早く用意しろ! クソ、血も足りねえ!」
「縫合してる時間はない、傷口を焼け!」
「うわぁぁあああ! 痛い、苦しいよ。俺、死にたくねえよぉ!」
「
「先生、もう今日だけでポーション5本飲んでます。これ以上は身体への負担が」
「クソ、こいつはもうだめだ。お看取りしろ!」
案内されたテントの中は、一言で言うなら修羅場だった。
敷かれたシーツとも言えない粗悪な布に並べ転がされた重症患者たち。手足を失っていたり、顔が真っ青だったり、腸が飛び出たり、顔が半分焼け爛れていたり……。
それを治すために奔走している、医者? 看護師? ヒーラーの人たちは目の下にドス黒い隈を作りながら、しゃがれた声を必死に搾り上げて、この死に体の人たちを生かそうと必死に奔走している。
見たことがないほどの重症患者たち、死にたくないと叫び、苦しみ、恨み言を言ったり、諦めたように目を瞑ったり。
目の前に広がるショッキングでグロテスクな光景と、このテント内に噎せ返るように漂う血や汚物の悪臭に吐き気がする。
「なんだ? 新しい患者か?」
患者を治すのに奔走するヒーラーの人たちは、俺の方を見もしない。
そんな暇がないのだ。俺は、吐きそうなのを堪えながら、一番近くにいる人に手を翳す。
「『治す』」
「ぅ、ぁぁぁっ、温かい」
腹が裂かれ、大量の血と臓物が飛び出していて下手すりゃ死んでそうだったけど、俺が『治す』を施すと声を上げた。これなら助けられる。
傷口がぶくぶくと泡を立て、ゆっくりと治っていく。みんながみんな重症だ。
四肢欠損なんて当たり前。急所が焼けただれていたり、斬られたりしていて、今にも死にそうな人たちがここに集まっている。
それが40人近く。……全員を治すのに、時間は間に合うのだろうか?
目の前の重傷者たちは、一分一秒を争うほどに死に近いように見える。
一人治すのに大体30秒弱。……誰から治せば、最も多くの人を助けられるだろうか? トリアージ。なんか患者の優先度に応じて札を貼るみたいなものがあるというのをなんかのドラマで見たことがある気がするけど、そう言うのが欲しい。
いや、あったとしてもこの40人の札をチェックして優先度を判別して、なんて技術俺にはない。
もっとこう、そう、例えばこのテント内の患者を一回の『治す』で纏めて治すことが出来れば、全員を同時に『治す』ことが出来るなら、優先度とか関係ないのに!
一人目を治し終えた俺は、二人目に『治す』を施す。
そこで異変が起こった。
「おい、患者の傷口が泡を噴き出した!」
「どうなっている? う、腕が生えて来てる!」
「傷口が再生してるぞ!」
「な、なんか、三日徹夜してるのに身体が軽いです!」
このテント内にいた重傷者の全て――いや、治療に従事していたヒーラーの人たち含めて全員に『治す』が発動したのだ。
俺が願ったから? 強く思うことで、能力が進化したのか……?
30秒後。このテント内からは、怪我人がいなくなっていた。
「うぉおお、助かった! 助かったのか!?」
「治った! 死ぬかと思ったけど、治ったぞ!」
「先生、こっちも完治してます!」
いつ死ぬとも解らない大怪我が完治した、重傷者たちも、それを治すために必死に奔走していたヒーラーたちも大喜びの様子だった。
そして、そんな彼らの視線はやがて俺に向けられた――
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