52話 カイマン革命 その1
「私たちが壁に風穴を開けて、経路を開くわ! ミュー!」
「任せるのです!」
「『増魔の書』『合魔の書』「
ミューとミネルヴァさんによって放たれた一発の小さな隕石が、カイマンの街を囲む頑強な防壁に大破壊をもたらした。轟音と共に、衝撃波が肌を揺らす。
拳骨大のサイズに見えたのに、凄まじい威力だ。
暫く待つともくもくと上がっていた土煙が晴れて、ボロボロに崩れた壁の瓦礫と、パニックになって逃げ惑うカイマンの市民の姿が見えた。
「お前らァ、人間を恨む気持ちは解るが、一般市民には極力手を出すなァ。俺たちは極悪非道のカイマンのクソとは品位が違うことを見せつけてやれ!」
「「「「解りました!」」」」
「ライオネルさん。でも向こうから攻撃を仕掛けてきた場合はどうしますか?」
「そん時は仕方ねェ。ボコって気絶させてやれ」
「「「「うぉおおお!」」」」
あくまでも一般市民は殺さないスタンスらしい。
穏やかに暮らしていた精霊人の里が、老若男女問わず虐殺された話をニケから聞かされていたし、解放戦線の人たちを見る感じ非戦闘員出身も少なくなさそうだから、復讐として虐殺が始まる可能性も危惧していた。
この国の人たちの差別を見せられて来たからある程度までは仕方ないとは思うことにしようと思っていたけど、それでも俺にだって良心はある。
だから、ライオネルさんの無暗に復讐しないスタンスは俺の精神衛生的に、かなり助かるものだった。
「あの! 皆さんは可能な限り、カイマンの街にいる亜人奴隷を一か所に集めるように動いてください!」
「! そうか! ジタロー様がいるから、この街にいる同胞たちも!」
「うぉおお! 俄然やる気が湧いて来た! 一人でも多くの同胞を救うんだ!」
「行くぞォ!」
「「「「「「「「「「「「「うぉおおおおお!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」
ライオネルさんが先頭を走り、解放戦線の戦士たちが後に続いていく。
俺たちも瓦礫の山を踏み越えて、カイマンの街へ乗り込んでいった。
「「「きゃー! 亜人が襲い掛かって来るわー!」」」
「死にたくなけりゃ、俺たちの前から失せやがれ!」
「お前ら、囚われてる同胞を探せ!」
「クソッたれの街をぶっ壊せ!」
急な襲撃にパニックになり逃げ惑うカイマンの住人たちと、武器を振り回して次々目につく家屋を破壊していく解放戦線の戦士たち。
「ジタロー様! こっち来てください、お願いします!」
声の方に走ると、既に10人ほどの鎖に繋がれた亜人の人たちを見つける。
「範囲『治す』……『断罪の剣』」
襲い掛かってくる命令を入れられる前に『絶対服従紋』を解除し、それから『断罪の剣』を顕現させて亜人たちを縛る鎖を断ち切った。
『断罪の剣』は銀色だった。鉄でできた鎖が紙切れのように簡単に千切れる。
「うぉおお、自由だ!」
「鎖からも、紋からも解放された!」
「斬鉄じゃねえか……」
「ジタロー様、剣まで一流なのかよ」
「この剣もアストレア様から授かったもので、俺の実力じゃないですよ」
「ジタロー様、相変わらず謙虚だ」
「俺たちもジタロー様が信奉するあすとれあ? 様に祈りを捧げるぞ!」
「そうだな」
「「「「ありがとうございます、ジタロー様! アストレア様!」」」」
彼らが祈ってくれたお陰か、銀色の剣が一瞬だけ金に光ったような気がした。
どんどん助けて行こう!
俺たちは街を駆け抜け、次々に亜人奴隷の『絶対服従紋』を解除し、拘束を断罪の剣で断ち切って解放していった。
◇
カイマン王子が幼い頃に、高熱が原因で失ってしまった左目の代わりとして埋め込まれているそれは、目を閉じ魔力を込めることで街の様子を映し出すことが出来る魔道具だ。
普段は、反社会勢力の早期発見や亜人の隠れ里を探し当てるのに有効活用されているそれは今、大惨事を映し出していた。
カイマンの街は、どこよりも多く亜人の里を襲撃し、拉致し、奴隷とすることで莫大な経済効果を上げていた街。
あまりに大量に捉えた亜人奴隷は最早この街の人口を超すんじゃないかと言うほどに数が多く、一世帯に一つの亜人奴隷が福祉として配られる程度に余っていた。
それでも『絶対服従紋』によって縛られている亜人奴隷は反抗することはない。
どれだけ尊厳を貶め、痛めつけ、辱めるような真似をしようと、神の加護が乗せられた服従紋の効力に逆らって反逆するなど不可能。……のはずだった。
なのに。『絶対服従紋』で縛られているはずの亜人奴隷たちが暴れ回り、次から次へと街を破壊して回っては、新しく亜人奴隷を助け出し一か所に集められていく。
そして一か所に集められた亜人奴隷たちは『何か』をきっかけとして、また暴れ始めるようになる。
今まで、虐げられ尊厳を貶められていた分を取り戻すように。
その光景は、正しく悪夢だった。
「……絶対服従紋が、解除されているのか? ……あ、ありえない。いや、でもそれしか考えられない。クソッ、クソッ!」
「うっ、痛い。痛い」
カイマン王子は苛立たしげに、ホワイトエキドナを蹴りつける。ホワイトエキドナの悲鳴を聞いても一向に怒りが収まらない。
「おい! 勇者たちはまだ来ないのか!」
「い、今、呼びに行ってるところです!」
「チッ。あいつら、自分がどれだけのコストを掛けられて召喚されたのか解ってるのか? 召喚されて以降も、女だ良い飯だの用意して金ばかり掛かる――」
「よぉ、カイマン。それ、新しい奴隷か? 結構可愛いな。あとでちょっと味見させてくれよ。ヒヒヒヒ」
「カイマン殿下も、それを自慢するために僕らを呼び出したわけじゃないでしょう。用件は察しがついてますけどね」
「タクト、カイ! 来てくれたか。例の亜人解放戦線が、エドワードを殺したジタロータニガワと共に襲撃してきた。そして、何故かこの街にいる奴隷たちの『絶対服従紋』が無効化もしくは解除されてる。……おまけに満身創痍だったはずの亜人共も怪我が治ってた。恐らくそれがやつのスキルだ」
「つまり、俺たちでそいつらをぶっ殺せってことだな?」
「僕らと同郷の転生者も来ているってことですよ?」
「ジタローって名前からして男だろ? なら殺せばいい話だ。女で見た目が良いなら捕まえて教育してやることも吝かじゃないけどな!」
じゅるりと、タクトが下品に舌舐めずりをする。
「カイは同郷の者と戦うのは怖いか?」
「そうとは言っていません。ただ、タクトはこれで情に熱い奴なので躊躇しないか心配になっただけです」
「は? カイ、お前がビビってただけだって素直に言えよ!」
「二人とも止めないか。こんな時に」
タクトとカイは少しだけ睨み合ってから、落ち着く。
その隣で、プスプスと炎が燃える音が上がった。
「ホムラも来ていたか」
ホムラ、カイマン王子にそう呼ばれた少女。
小柄で起伏のない体型。顔まで隠れる長い黒髪。長袖の制服と、足首まである紺のロングスカートという極端に露出の少ない恰好をしている彼女は、小さく露出した肌から火傷の痕を覗かせていた。
ホムラは、脱いだら凄い女だ。
別に着やせするタイプで、脱いだらムチムチドチャシコボディが露出するとかいうわけではなく、体型自体は普通に見た目通りに起伏がなくぺったんこで、痩せていて心配になるくらいに肉が付いていない。
凄いのは、肌。彼女の肌には無数の火傷の痕がある。
腕や足、背中には煙草の火を押し付けられたような、所謂根性焼きの痕。
顔は、熱した油を引っ掻けられたような火傷の痕がある。
最近は治まってきているが、少し前までは体中に青い痣もあったり、腕や太ももには自傷痕もいっぱいある。
ホムラは、日本にいた時父親から酷い虐待を受けていた。
実の父は誰か解らず、母が17歳の時にホムラは生まれた。そしてホムラが3歳になった頃に母が結婚し、新しい男が父親になった。
その父親がクズだった。
ギャンブルが趣味で、負けると暴力的になるような典型的なクズ。いつも酒浸りで無職で、その暴力の殆どは母親に向けられていた。
だけど、ホムラが5歳を超えると手を出してくるようになる。
小学生のうちは暴力が主だった。
だけど高学年になり、性徴が始まると性的な虐待もなされるようになる。
体中に無数に着いた火傷の痕や殴られた痣などを隠すために極端に露出の少ない恰好をしていた。
ホムラが異世界に召喚されたのは、1年前。
プスプスと根性焼きの痕から、消えない炎が漏れ出る。その炎はホムラの肌をも焼き、火傷の痕を広げていった。使う度に、ホムラの全身に激痛が走る。使い続けていればいずれホムラ自身も焼かれ死ぬだろう。
でも、ホムラとしてはそれでよかった。
望まれずに生まれ、疎まれ続けた人生。
虐待され、傷跡を隠すために夏でも露出の少ない恰好をしていたら同級生にも虐められ、この世界では『絶対服従紋』で操られ、数多くの亜人の住処を焼かされた。
辛いことしかない。なら、いっそ死んでしまいたい……。
カイマン王子は城にいる全ての騎士と、タクト、カイ、ホムラの三人の勇者を引き連れて、ジタローや亜人解放戦線の面々が集まる街の中央広場に降りていた。
「タクト、カイ。一番警戒すべきは未知のスキルを持つ異世界人だ。最優先で殺してくれ。ホムラも『命令』だ、異世界人と亜人共を消えない炎で焼き殺せ!」
「何をされても僕の『反射』があれば怖くないです」
「先手必勝! 『縮地』ッ!」
カイがあらゆる攻撃に備えて構え、タクトは先手必勝を言わんばかりにジタローに距離を詰める。ホムラは激痛に耐えながら、身体から消えない灼熱を出す。
ジタローは片手を上げた。
「範囲『治す』」
ジタローの眼前に迫ったタクトが剣を振り下ろす。ニケが身を挺して庇う。
ニケの腕が斬り落とされるけど、『治す』の効果によってあっと言う間に治る。
そしてホムラも、全身に走るのた打ち回りたくなるような激痛から解放される。
ホムラは制服の袖を捲る。……根性焼きで、乙女のそれとは思えない有様になっていた肌が、年相応の白く綺麗なものになっていた。
顔を触れる。母に「お前さえいなければ」と言われて掛けられケロイド上になっていた痕が、消えていた。
「おい、ホムラ『命令』だ。今すぐ、クズどもを焼け!」
炎が消えている。カイマン王子の命令に、身体が無理やり操られることもない。
ホムラは確信した。
これは全てジタローがやってくれたのだと。見ればジタローは少し独特だが、教会の神父様のような恰好をしているように見えた。
……彼は、ホムラを救うためにやってきた聖者様だ。
ホムラはジタローの側に歩いて近づく。
ニケとファルが警戒する中で、ホムラはジタローの足元に跪いた。
「救いの聖者様……」
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